インドを1年半かけて歩いた男が、唯一警察に通報したチキンカレー事件

Dmitry Kalinovsky/Shutterstock
 

一度、かすかに消え行く意識で思わず叫んだことがあった。松尾芭蕉じゃないが、長らく旅をしていると「客死」とか「野垂れ死に(のたれじに)」という言葉が甘美な香りを放つようになるものだが、このときは、

「ああなんてこった。これは野垂れ死にじゃない。野グソ垂れ死にじゃー!」

インド亜大陸を歩く。毎日暑くてかなわん。最高気温は摂氏49度!

インド亜大陸を歩く。毎日暑くてかなわん。最高気温は摂氏49度!

そして辛さと並ぶもうひとつの問題、食事中の視線。

どうも田舎住まいのインド人にはヒマ人が多すぎる。入店とともに客も店員もまん丸まなこでいっせいにこっちを見る。

「なんだ見かけないヤツ。それも笹っ葉で切ったような細い目。ネパーリか?」

彼らの顔には一様にそんな疑問符が浮かんでいる。ちなみに「ネパーリ」はネパール人のこと。多くはインドの北隣の母国からの出稼ぎ労働者で、インドでは一格下に見られている。

そしてインド人は子どもも大人も好奇心旺盛だし、だれかをジロジロ注視することが失礼な行為だとおもっていない。だから僕の右手一本でのヘタクソなカレーの食べっぷりをジーッと眺め、おもむろにテーブルの前へやってきて、「ネパーリ?」と尋ねる。

「ネヒン、ジャパニ(いや、日本人)」

と正直に答えてしまうと大変だ。

リアルな日本人は初めて見るという田舎のインド人がほとんどで、客やら店員やら近所のヒマ人やらがわんさか集まってきて僕のテーブルを取り囲む。衆人環視の中でカレーを頬張ることになるのだが、そんな状況下でにこやかに、あるいは不思議なものでも見るような視線で僕を眺め、そのうち決まってカタコトの英語や筆談で質問攻めにしてくる。

「どうして日本は原爆を落とされて半世紀しか経たないのに、経済大国になれたんだ?」

「雪は降るか?」

「総理大臣の名前は?」

「ソニー、トヨタ、ホンダ、スズキ、パナソニック、トーシバ、ヒタチ。みんなすごい会社じゃないか。どうしてそんなに有名な会社になれたんだ?」

「本当に生魚をかじるのか?」

「故郷はどこ?」

「パキスタンとインドとどっちが好きだ?」

「日本にはヒンズー教徒とイスラム教徒のどっちが多く住んでいる?」

「お酒は飲める?」

「家族は何人いるんだ?」

「インドから日本まで飛行機で何時間かかる? 往復いくら?」

「日本で働きたいから住所を教えてくれないか?」

「アメリカに原爆を落とされたのに、なんで日本はアメリカと仲良しなんだ?」

などなど、ほとんど小学校低学年レベルの剥き出し好奇心でオールラウンドの質問を次から次に浴びせかけてくる。

print
いま読まれてます

  • インドを1年半かけて歩いた男が、唯一警察に通報したチキンカレー事件
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け