インドを1年半かけて歩いた男が、唯一警察に通報したチキンカレー事件

Dmitry Kalinovsky/Shutterstock
 

僕は席を立つと外に出た。道路をまたいで公衆電話の前まで行き、受話器を取りあげる。インドの「110番」が何番なのか知らなかったが、ちゃんと箱型の電話器本体に番号が刻印してあった。「100番」なのだ。一度知ったら忘れようがない番号だ。

僕は迷わず「100番」にコールした。知らないうちに店の従業員が3人もついてきて後方に佇み、僕の一挙手一投足を見守っているではないか。ざまあみろ。

電話がつながった。相手は女性で、ヒンディー語だ。僕はせき込んで英語で事情を説明する。

「今、カレー屋でチキンカレー定食を注文したら、ほかの客のはモモ肉なのに僕のだけ手羽先なんだ。それで料金をまけろと要求したら、ダメだと突っぱねやがって」

と、そこまで説明したところ、相手は「ちょっと待って」と言い置き、別の男性に代わった。英語がわからなかったのだろうか。

僕は再度、この係官に向かって事情を説明しだした。

「今、カレー屋でチキンカレー定食を注文したら、ほかの客のはモモ肉なのに僕のだけ手羽先なんだ。それで料金をまけろと要求したら、ダメだと突っぱねやがって、納得いかないので警察に電話しました」

向こうはときどき「フンフン」とか「ハアー」とかあまり気乗りのしない合いの手を入れながら僕の話を聞き、それから僕の名前やら国籍やらビザの種類やら質問してきた。

「そんなことより、すぐにパトカーをよこしてくれませんか?どうしても納得いきません」

「えーと、店の住所は?なに、知らない?店の名前は?えっ、わからない?それじゃあパトカーっていわれても、無理だねえ」

たしかに僕は怒りに任せて通報したため、自分の入った店の住所はおろか店名も知らなかった。振り向いて店の看板を見ると、ヒンディー文字がのたくっているだけでまったく参考にならない。

受話器を通して伝わってくる係官の冷静さがだんだんと僕の高揚した精神状態に染み入ってきたとみえ、気分が落ち着いてきた。

えーと、オレは今、なにやってるんだ?チキンカレーがモモ肉か手羽先かで店側ともめて警察に緊急通報しているってか?あっちゃー、なんとも小っ恥ずかしい状況ではないか。穴があったら入りたい。とにかく、どうやってこの場を収めようか。

受話器を握りしめたまま不安な気持ちで再度振り向くと、英語のわかる料理人が、マジかよ、こいつ、という恐怖と不安の混ざった視線を送り返してきたものの、ありがたいことに妥協案を出してきた。

「わかったわかった。じゃあ、25ルピー(75円)を20ルピー(60円)にまけるから!」

渡りに船とはこのことだ。

「本当か?本当に20ルピーにまけてくるれるんだな?」

「ああ、本当だ」

「よし、わかった。それなら手羽先のチキンカレーを食べる」

店側との交渉は妥結した。あとは握った受話器をどう置くかである。

「今、店側と話がつきました。サンキュー」

そう伝えて一方的に電話を切った。すぐに僕は店の従業員と肩を並べて店へ戻り、なにごともなかったかのように手羽先チキンカレー定食を完食して、20ルピー払って店を出た。

このようにインドは人を狂わせる国なのである。「暑い・辛い・しつこい」の辟易3点セットで襲い来るインドは手ごわい。冒頭、海外旅行ビギナーは要注意と記した意味がこれでおわかりであろうか。

禁断の鳥葬かとおもいきや、病死した牛をハゲワシに処分させていた

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ちなみにあれから17年が過ぎ、僕は49歳になった。その後も海外へ行っているし、一年の半分しかしいまだに警察への「110番通報」は、ニューデリーでのカレー騒動の1件のみだ。このまま人生を終えてしまうとすると、僕と「110番通報」の関係は悲しすぎる。

 

『あるきすと平田のそれでも終わらない徒歩旅行~地球歩きっぱなし20年~』第5号より一部抜粋

著者/平田裕
富山県生まれ。横浜市立大学卒後、中国専門商社マン、週刊誌記者を経て、ユーラシア大陸を徒歩で旅しようと、1991年ポルトガルのロカ岬を出発、現在一時帰国中。メルマガでは道中でのあり得ないような体験談、近況を綴ったコラムで毎回読者の爆笑を誘っている。
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