インドを1年半かけて歩いた男が、唯一警察に通報したチキンカレー事件

Dmitry Kalinovsky/Shutterstock
 

初日は国境から28キロ歩いてパンジャブ州都のアムリトサルに到着するまで、道行くインド人からよく声をかけられた。言葉は通じないけど身振り手振りから、どうやら道路の左端を歩きなさいと注意されているようである。

インドはイギリスの植民地だったせいで、香港や日本と同じく車は左側通行だ。「車は左、人は右」と教わった日本人ならば、歩行者は道路の右端を歩くものだし、車と歩行者は対面通行するほうが安全だとおもっている。

ところがインドじゃ「車は左、人も左」どころか、「道行くものは、みな左」で、動くヤツは車だろうが人だろうがバイクだろうが自転車だろうが三輪車だろうが全部左側通行、このルールを守らないのは野良牛だけだ。

しかしやってみればわかるが、これは慣れないとかなり怖い。自分の後方から猛スピードで迫りくる車がほんのちょっとふらついて道路の左端に寄れば、歩行者は気づかないうちにはねられてしまう。日本のような対面通行だと前方から来る車の動きを自分の目で確かめられるので、運がよければ衝突を回避できるかもしれない。

そんな僕なりの安全安心感をインド人はまったく理解してくれず、とにかく左端を歩けとうるさい。彼らは無知なガイジンに大切なアドバイスをしているつもりだろうが、僕は今でも対面通行のほうが安全だと断言できる。こればかりは命に関わることなので、郷に入っては郷に従えとはいかないのだ。

最初は「オーケー、オーケー。サンキュー」と笑顔で応じながらも右側通行を貫いていたところ、ついには僕の腕をとって無理やり道路の反対側まで連れていこうとするありがた迷惑なおっさんまで登場したではないか。

「ほっとけ、バーローッ!」

あまりのしつこさにイラついて乱暴に相手の腕を振り払い、そんな上品な日本語を浴びせていた。

野良牛。残飯をあさる神聖な生き物。なんだかなあ。パンジャブ州

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ところで、歩いている途中、ランチするのに小さな村の小さな食堂をよく利用した。こういうところでは一品料理があまりなく、ターリーと呼ばれるカレー定食オンリーのところさえある。

北部では主食は小麦が一般的で、円形や長方形の給食で使うようなステンレスやアルミ製のお盆に、ナンやチャパティなどのパン、具材と辛さと粘度の異なる数種類のカレー、ダル(ひよこ豆)スープ、唐辛子の効いた漬物、ヨーグルトなどが小分けされて載っている。これを生ぬるい水か、追加注文したラッシー(ドリンクヨーグルト)で流しこむように食する。

南部では、お盆がバナナの葉っぱ、主食が山盛りのライスに代わる以外は北部と大差ないが、最後は余ったライスにラッシーをぶっかけて「乳酸菌茶漬け」とでも呼べそうな代物にして平らげてしまう。

使用済みのバナナの葉っぱを店員が窓から投げ捨てるので、外にゴミ箱でも置いてあるのかなと覗いてみたら、ブタが葉っぱごと残飯をムシャムシャ食べ尽くしていた。このまったく生ゴミが出ないエコシステム、究極のリサイクル術として日本でも広めたいところだ。みなさん、一家に一頭、ブタを飼いましょう。

その食事どきの問題がふたつあった。ひとつは辛さ、もうひとつはインド人の視線だ。

インドのカレーはマサラ(乾燥香辛料)の種類と量の混ぜかたで味が千変万化して飽きがこないといわれる。しかし1年4ヶ月間のインド暮らしの経験から断言していい。

「なに食ってもただ単に辛いカレーじゃないか」

と。

僕の舌ベロの味覚神経は辛口・大辛・激辛の差を感じ取った瞬間に麻痺してしまい、マサラの混ぜかげんによる微妙な違いを味わうなんて高尚で繊細な役割を放棄してしまう。

さらに辛さというのはグリコじゃないが、たいがい一食で二度辛いもんだ。これ、徒歩旅行者にとっては致命的でねえ。ランチを終えてしばらく歩くと下腹がギュルギュル鳴り出すことがしょっちゅうで、そんなときは焦って道端の茂みや潅木の陰に駆け込む。だれもいないとおもってしゃがんでいたら、どこからか子どもが家畜の水牛を引っ張って見物にきたこともあった。

また、気温が40℃を超えた炎天下の野グソは命がけだ。それが高さ1メートルほどの低木が疎らに広がる潅木地帯だとかなりヤバイ。潅木の陰は道路を往来する車からの目隠しにはなるが、丈が低いので真上からの直射日光を遮ってはくれない。しゃがんで用をたしていると、徐々に気が遠のいていく。熱中症にやられつつあるわけで、早く用を終えたいのに下った腹はキリが悪い。

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