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AIIBというバスどころか21世紀そのものに乗り遅れてしまった日米の誤算

世界の大国が次々と参加を表明し、予想をはるかに上回る57カ国での船出となるアジアインフラ投資銀行(AIIB)。日米は参加を見送りましたが、ジャーナリストの高野孟さんはこの状況を「両国はAIIBどころか21世紀そのものに乗り遅れた」と厳しい見方をします。

AIIBの「運営が不透明」?とは戯言

『高野孟のTHE JOURNAL』Vol.182より一部抜粋

中国主導の「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」は、大方の予想だけでなく当の中国自身の思惑をも超えて、中東や欧州の多くの国々を含む57カ国を当初メンバーとして、今年中にも発足することが決まった。主要国の中で現段階ではっきりと不参加なのは米国とその属国の日本だけ(カナダは検討中)。「ニューズウィーク」4月14日号の特集が「アメリカの反AIIB工作は失敗に終わった。オバマ政権にとって、これまでで最悪の外交的失敗と呼べるかもしれない」と言っているのはその通りで、要は、米国が自らの衰退と中国の台頭という21世紀的な事態をどう理解し対処したらいいのか頭をうまく整理できないままオロオロ、バタバタしているうちに、米日のみが置いてけぼりを食ったということである。

米国の中には、親中=米中協力、対中=積極的もしくは消極的関与、反中=中国包囲網による共産党独裁解体促進と、大きな意見の分かれがあって、オバマ自身やブレジンスキーはじめ民主党系の外交政策マフィアは対中協力と積極関与の間くらいなのだろうが、キッシンジャーをカリスマとする共和党系外交政策マフィアは消極関与、共和党右派や軍産複合体勢力、それに世界民主化革命を夢みるネオコン残党などは反中・嫌中に徹している。TPPが構想からして間違っていたのは、アジア・太平洋で米国の輸出を倍増させることが目的であればその最大の輸出・投資先となるはずの中国を最初から巻き込むことは必須であるはずなのにそうしなかったことで、それはつまりは、本来は対中協調派であるオバマが反中・嫌中派に引き摺られて中途半端に陥ったためである。今回もまた同じ間違いが繰り返された。

日本の悲劇はもっと深刻で、本来であれば、21世紀の日本はどう生きるべきなのかという自分自身の考えに従って、米国がどうであれ自分の頭で考えて態度を決めなければならないのに、米国の顔色ばかりを窺って、しかも、共和党右派的な反中国路線が米国の主流だという誤った米国観に取り憑かれているために、中国からの熱心なAIIB参加要請を無視し続けてきた。米国にはまだいくつかの戦略的思考の争いがあるけれども、日本には戦略的思考そのものが不在であるという悲喜劇である。

>>次ページ 上海協力機構の15年

AIIBは、中国の最近の思い付きで降って湧いた話ではなく、2001年に中国とロシアが語らって発足させた「上海協力機構(SCO)」、それとほぼ同時にスタートした中国主導の”アジア版ダボス会議”「ボアオ・アジア・フォーラム(BFA)」の15年に及ぶ活動と、その枠組みの下での多国間経済協力の蓄積の中で時間をかけて熟成されてきたものである。

上海協力機構は、1996年に初めて中国、ロシアとキルギス、カザフスタン、タジキスタンの首脳が上海で会合した「上海ファイブ」を母体として、後にウズベキスタンを加えた6カ国を正規加盟国として2001年6月に発足した。直接のきっかけは、旧ソ連邦の崩壊後、ロシア国内ではチェチェン問題、中国国内では新疆ウイグル問題を抱える中、独立を遂げた中央アジア諸国内のイスラム過激主義や民族的な分離主義の危険に共同対処する必要が切迫していたことで、実際、同機構は02年に下部組織として「地域対テロ機構」を設立し、05年には露中、露印の合同軍事演習、また07年には加盟6カ国の大規模合同軍事演習を行うなど、テロ対策に力を注いできた。

その間、正規加盟国6カ国は不変のまま、「オブザーバー」としてモンゴル、インド、パキスタン、イラン、アフガニスタンの5カ国、「対話パートナー」としてスリランカ、トルコ、ベラルーシの3カ国、「客員」としてトルクメニスタン、ASEAN(10カ国)と独立国家共同体(旧ソ連12カ国だが正規加盟国とダブる)の2機関、さらに「加盟申請中」のネパール、バングラデシュ、アゼルバイジャン、アルメニアの4カ国を含めて周辺各国を順次取り込んで、(ASEANを10カ国と数えると)計30カ国によるユーラシア大陸を覆う地域協議機構として発展を遂げてきた。

特に9・11以降、テロ対策に重点を置いてきたのは事実だが、本来は02年採択の憲章が謳うように、

  1. 加盟国間の相互信頼と近隣友好関係の強化
  2. 政治、貿易、経済、科学、技術、文化、教育、エネルギー、運輸、観光、環境保護での効果的な協力の推進
  3. 地域の平和、安全、安定の共同確保
  4. 新たな民主的で公正で合理的なグローバルな政治・経済秩序の促進

を目標に掲げる包括的な地域機構で、20世紀型の米国中心の国際秩序を卒業して、“ユーラシアの世紀”と呼ばれる21世紀にふさわしい新たな国際秩序の形成をめざすものである。

>>次ページ ボアオ・フォーラムの補完的役割

この特に第2項の経済の分野に関して上海機構を補完する役目を果たしてきたのが、2001年2月に中国政府の強いイニシアティブの下で設立された「ボアオ・フォーラム・フォー・アジア」(BFA、日本ではボアオ・アジア・フォーラムと表記)である。アジアと謳っているためロシアやその周辺国は入っていないが、同フォーラムとしてロシアとの対話は続けているようである。ボアオと上海機構とAIIBの参加国については別表参照。

ボアオ(博鰲)は中国・海南島の海浜リゾートがある地名で、年々の会議はそこで開かれる。メンバーは日本を含むアジア25カ国プラス豪州の計26カ国の政府首脳、経営者、学者、NGO 代表などの個人もしくは組織で、現在は福田康夫=元首相が理事長曽培炎=元中国副総理(経済担当)が副理事長を務めている。今年の年次会議は3月26日から4日間開かれ、習近平主席もスピーチした。スポンサー団体には米ビル・ゲイツ財団なども名を連ねている。
BFAホームページ(英語版)

ここでの議論とそれをベースにしたウェブ上の「Boai Review」などを通じての発信はまことに自由闊達なもので、その中では、中国自身の経済動向や南シナ海問題を含めた対外関係、日中・米中関係などと共にアジア・ユーラシアの交通・運輸を中心としたインフラ整備やそのための資金需要を賄う新しい金融機関の構想についても、早くから論じられてきた。

AIIBはまずもって、中国の言う「一帯一路」経済圏構想──ユーラシアを横断する陸上・海上の物流交通路を整えて「21世紀はユーラシアの世紀」と言われるにふさわしいインフラを備えることに向けられるだろう。反中・嫌中派は、そんなことは絵空事だとか、海外土木工事を請け負ったり高速鉄道技術を売り込んだりしようとする中国の商売エゴだとか言ってケチをつけているが、そうではなく、その構想は部分的にはすでにSCO/BFAの枠組みの下での多国間協力プロジェクトとして実行に移され、その問題点を含めてさんざん議論されてきていることなのである。

>>次ページ すでに始まっているADBとのコラボ

例えば、中国輸出入銀行の李若谷総裁(当時)はボアオ・レビュー14年2月11日付の論文「アジアのインフラに対する多チャンネル金融」の中で要旨次のように言っている。

ここには、大事なことがいくつか含まれていて、第1に、中国にせよ他の国にせよ、政府からの無償援助や補助金の形でアジアのインフラ整備を進めようとしても限界があり、政府は今後も政策金融方式で主導的役割を果たすけれども、それを呼び水として各種の商業金融を取り込まなければならない。そのための大枠がAIIBということだろう。

第2に、米国などは「AIIBはADBと対抗するものであってはならず、それと協調すべきだ」などと言っているが、それは実情を知らない者のイチャモンで、すでに中国の政策金融方式とADBとの協力は始まっている。

第3に、ADBだけでなくサウジアラビアが主軸となって1973年に設立され56カ国が株主メンバーである「イスラム開発銀行」とのコラボも実現していることである。同行は、イスラム諸国および非イスラム国内のイスラム社会の経済発展のためだけに金融支援をし、しかもイスラムの原理・法律に従って融資は無利子であるため、単なる利ざや稼ぎのための投融資はせずに、その事業がイスラム社会の福利に資するかどうかという質的な観点から判断して資金を投じるプロジェクト選別型の投融資に徹するという、(我々の常識からすれば)風変わりな銀行である。この中国~中央アジアのハイウェイ構想の場合は、キルギスやウズベキスタンがイスラム国であり同行の株主でもあるということから共同融資に加わったに違いないのだが、ここに、AIIBにサウジ、トルコはじめ中東の主要国が参加したことの大きな意義がある。

イスラム開発銀行はじめイスラム金融勢力は、一時期、マレーシアを拠点としてアジアに融資先を拡大しようとしたが余り大きな進展はなく話題になることが少なかったが、最近はどうもトルコがその莫大なアラブ・マネーの管制塔の役割を狙っているらしく、いまイスタンブールに東京ドーム53個分の敷地に「金融センター」を建設中である。

>>次ページ 初代総裁になる金立群の経歴

米日がAIIBの運営が中国の言いなりになるのではないかとその不透明性を盛んに言い立てているのは滑稽である。まだ組織が出来ていないものが透明であるかどうかと問われても、当事者は答えようがない。その言い方そのものが、どうせ世界の田舎者である独裁国がやることだから怪しいに決まっていると思い込む、旧態依然の差別意識の現れと言えるだろう。

AIIBの初代総裁になると目されている金立群は、北京外国語大学大学院でシェークスピアなど英文学を学んだが、英語だけでなくフランス語も能くする語学の才能を買われて80年に財務部に就職、87年から2年間米ボストン大学大学院で経済学を学び、卒業後直ちに世界銀行の副執行理事となり5年間の任期を全うした。一旦帰国して94年から財務部の世銀との連絡役を務めた後、03年にはアジア開銀の副総裁となり、当時の黒田東彦総裁(現日銀総裁)に仕えた。08年からは中国投資有限責任公司の監査長、13年からは中国国際金融公司の会長の職にあった。

つまりは中国きっての国際金融のプロであり、しかも世銀とアジア開銀の大幹部として計10年間、実務に携わり、その両行の甘いも酸いもすべて噛み分けた人物である。米日政府はまずはこういう有能な事実上の責任者と腹を割って意見交換して見極めれば良よかったのに、それをせずに、遠巻きから「怪しいぞ、危ないぞ」と言うばかりだった。米日はAIIBというバスに乗り遅れたのではなくて、21世紀に乗り遅れたのである。

『高野孟のTHE JOURNAL』Vol.182より一部抜粋

【Vol.182の目次】
1.《INSIDER No.781》
AIIBの「運営が不透明」?とは戯言
──SCO/BFAの15年の実績を知らない米日の暗愚

2.《FLASH No.095》
水素エネルギーと原発再稼働の二兎を追う愚
──日刊ゲンダイ4月16日付から転載

3.《CONFAB No.181》
閑中忙話(2015年04月12日~18日)

4.《SHASIN No.158》付属写真館

著者/高野孟(ジャーナリスト)

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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