現在、Jリーグは春に始まり、秋に終わる春秋制を採用しています。しかし、サッカーの本場ヨーロッパに合わせた秋春制への移行は長年議論されています。 メルマガ『セニョール佐藤のアングル~世界の中の日本サッカー~』でセニョール佐藤さんは、今回の熊本地震の影響を強く受けている「ロアッソ熊本」の現状から、「秋春制への移行はすべきでない」と考えているようです。それはなぜか、詳しく見ていきましょう。
サッカーは誰のもの ~秋春制を考える~
まず、平成28年熊本地震で亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げますとともに、被災された皆さま、そのご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。
東日本大震災の記憶も新しい中、今度は九州を襲った大地震に、僕は言葉を失った。
多くの人が尊い命を奪われ、未だ行方不明者もいるという。
そして多くの人々が避難生活を強いられているという報道を見るにつけ、人間の無力さを痛感する。
しかし、そんな中でも日本中の人たちが「何か自分にできることはないだろうか」と真剣に模索する姿は、この国の力強さの象徴であるようにも感じている。
阪神・淡路大震災、東日本大震災と、この20数年の間に、僕たちは未曾有の危機に直面した。
しかし、人々が手を取り合い、気持ちを一にすることで、それを乗り越えてきた。
時間はかかるかもしれないが、今回も力強く立ち上がってくれるだろうと、僕は確信している。
熊本・大分の皆さん。
皆さんは一人ではありません。
日本中の人が皆さんを応援しています。
当然のことではあるが、今回の震災はサッカー界にも影響を与えた。
Jリーグクラブの中で最も影響を受けているのはロアッソ熊本だ。
聞くところによると、多くの選手が避難所生活や県外への避難を余儀なくされており、練習再開の目処も立っていないという。
加えてホームスタジアムである「うまかな・よかなスタジアム」は、救援物資の集積拠点や警察官らの宿泊所となっており、当分の間は使用できない見込みだという。
僕とは旧知の間柄である原博美Jリーグ副理事長が熊本に入り、善後策を協議しているようだ。
一時的な本拠地移転など幾つかの案を提示しているが、現時点では解決策は見出せていない。
サッカー界としては、募金やボランティア活動も大事だが、それ以上に、誰もが安心してサッカー観戦を楽しめる環境整備に全力を注いでもらいたい。
今回のロアッソ熊本に関する報道を見ている中で、僕はシーズンのあり方について考えた。
今季のロアッソ熊本は、なかなかに好調だ。
地震発生前の時点でJ2リーグの5位につけていた。
当面の間、試合を行うことは出来ないだろうが、少しでも不利の少ない形になれば良いと思う。
不謹慎な言い方かもしれないが、J2リーグが1ステージ制であったことは幸いだったかもしれない。
スケジュールの遅れは、1年間の中で帳尻を合わせることは可能だと思う。
もしこれがJ1リーグのように2ステージ制であったならば、スケジュール調整は不可能だっただろう。
どんな形であれ、ロアッソ熊本にとっては厳し過ぎる現実ではあるが、カレンダーだけの話とすれば、そういうことになる。
これを契機に、シーズンのあり方について考えさせられた。
今、Jリーグでは再び「秋春制」を巡る議論が起きている。
再びと書いたのは、この問題は過去に何度か浮上しては、その都度否決されてきた歴史があるからだ。
かつて鬼武健二氏がチェアマンの頃、「「Jリーグで秋春制は不可能」と結論付けたにも関わらず、この話は亡霊のように浮上してきた。
2013年には、シーズン移行を前提に積雪地クラブの環境整備などの準備を進めると決議されたが、現実的な解決策が見出せないまま、今に至っている。
日本サッカーリーグ時代、秋春制を実施したことがある。
1985年度からの7シーズンだったと記憶している。
当時、僕は読売クラブ(現東京ヴェルディ)の運営委員として、試合運営に携わっていた。
その時には、それほどの混乱はなかった。
その理由は簡単だ。
寒冷地にはチームがなかったためだ。
最北のチームは住友金属(現鹿島アントラーズ)だった。
関東地方の方は理解できると思うが、茨城県の寒風は厳しいものがあるが、積雪となると、然程のものではない。
そうした条件が整っていたからこそ、秋春制を採用できたのだ。
積雪といえば、僕はこんな体験をした。
国立競技場での読売クラブ対日産自動車(現横浜F・マリノス)の試合が、降雪によって延期となったのだ。
その後は除雪作業が待っていた。
読売クラブの運営委員として、僕は除雪作業の指揮を執るため、3日間自宅に帰れずホテル暮らしとなった。
除雪作業といっても、それはピッチだけに留まらないのだ。
座席、コンコースなども除雪し、お客様の安全を図らなければならない。
苦労の末、開催された試合の観客数は4000人程度だったと記憶している。
当初予定されていた観客数は50000人だったため、僕は少々落ち込んだことを覚えている。
話を戻すと、降雪地帯のクラブにとっては、冬の間はホームゲームが開催できないということになる。
練習だってままならないだろう。
一部では、冬の間は寒冷地のクラブはアウェイゲームを中心にすることで乗り切るという「アイデア」もあるようだが、これは論外だ。
サッカーにおける「ホーム&アウェイ」という基本を忘れてはいけない。
さらにアウェイゲームが続くということは、日常的に行われているファンとの交流も薄れるということなのだ。
プロの試合においては、常にお客様の目線を忘れてはいけない。
本当のファンが望んでいる改革ならば、どんな苦労をしても成し遂げるべきだろう。
しかし、ファンが望んでいない改革は、単なる独りよがりと呼ばれ、やがては支持を失っていく。
Jリーグ誕生に関わった人間の一人として、そんなことだけはして欲しくない。
ジャーナリストの友人と、この「秋春制」について話をしている中で、もう一つ重要な問題が浮かび上がってきた。
それは「学制」の問題だ。
欧米の多くの国は9月から新年度を迎える。
南米は2月が年度初めとなる。
日本では4月だ。
どの国でもスポーツシーズンは、学制と密接に関係している。
その理由は、新人選手の育成に影響を与えるからだ。
もしJリーグを秋春制にした場合、新人選手は半年間試合がないことになる。
サッカー選手として最も大事な時期に公式戦がないというのは問題だろう。
とりわけ大卒の選手にとっては、年齢的な問題がある。
Jリーガーの引退年齢の平均が26歳前後といわれている中で、半年間公式戦がないということは致命的だ。
僕はこれまで多くの新人選手を見てきた。
彼らがプロの世界で公式戦を経験しながら学ぶことは、プロのスピードとフィジカルなのだ。
テクニック的な部分だけであれば、プロに入ってくる時点である程度完成されている。
だからこそ、入団直後が大事なのだ。
そこでプロの水になれることが出来なければ、その後の成長は厳しい。
練習試合や親善試合では、それは身につかない。
生活をかけた真剣勝負だからこそ、本当のプロの厳しさに触れることが出来るのだ。
また「日本人選手が海外へ移籍し易くなる」という点をメリットとして挙げる人もいると聞く。
僕は海外のサッカー関係者に友人が多いが、その一人として、日本人選手を獲得する上で現行の「春秋制」がネックになるということを言った人間はいない。
海外のクラブが見ているのは、飽くまでもその選手の能力だ。
本当に能力の高い選手であれば、海外のクラブは移籍金を払ってでも連れて行こうとするだろう。
さらに選手の側もバカではない。
海外移籍を考えているのであれば、契約を半年にすることだって出来る。
もし、「春秋制」が日本人選手の海外進出を阻んでいると本気で思っている人がいるのならば、もう少し現実を見たほうが良い。
僕はJリーグ誕生に関わった一人として、日本サッカーの発展を誰よりも望んでいる。
日本サッカーが強くなるためであれば、どんな協力も惜しまないつもりだ。
しかし、今の「秋春制」を巡る議論を見ていると、そこからは日本サッカーを強くするという意志が見えてこない。
拙速な議論だけは、厳に慎んでもらいたいと思う。
『セニョール佐藤のアングル~世界の中の日本サッカー~』
著者/セニョール佐藤
日本サッカーのプロ化に尽力、Jリーグ設立に寄与。日本サッカー協会国際委員などの他、日本サッカーリーグ、Jリーグの多数の委員会で活動してきたセニョール佐藤が、日本サッカーについて様々な観点(アングル)からお話します。世界中に広がる独自の人脈から得た「ここだけの話」も登場します。
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