野たれ死により社畜がいい。人類の99%以上は「奴隷向き」という現実

2016.07.07
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by まぐまぐ編集部
 

では、なぜ、人間は人間を奴隷とすることを禁じ、他の生物を奴隷化することはオーケーなのかというと、それは、自分が奴隷にされたくないからである。ところが、人間は本当に奴隷化されたくないのだろうか、という議論が、ギリシャ時代からもあったのだという。

奴隷というのは、労働の対価として賃金は貰えなくても、衣食住は与えられている。奴隷が死んでしまったら、奴隷を買ってきた主人は損失を被るので、労働を続けられる健康体を持たせた上で長生きさせるのではないか。千年以上の昔の人類、生きていけることがある程度保証されているというのは、もしかしたら、選ばれた民かもしれない。

もし、奴隷が、主人から解雇されて「勝手に自由に生きてゆけ」と野に放たれたとしたら、それは、奴隷として毎日、仕事と衣食住に囲まれてる人生よりハッピーなのだろうか

そう、つまり、奴隷向きの人間か、主人向きの人間か、というのは、奴隷としての生活の方が命の保証度が高く衣食住も安定しているとしても、奴隷から解放されて野に放たれたいか、いや終身雇用されていたいか、なのだ。ギリシャ時代に、奴隷使用の上に市民生活を成り立たせていたギリシャの支配層たちは「誰からも雇用されず、主人として生きるのは失敗すればのたれ死にだ。そんな生き方を望む人間はごくごく少数で、多くの人間は、奴隷として安定雇用されていたいだろう」と述べていたともいう。

実は、人類の99パーセント以上は、奴隷向きであることが想像できるであろう。そして、人間以外の生物は、人間ほど奴隷向きではない。

また、奴隷支配をしようとする人間(生物)は、実は、その人自身が、奴隷向きなんだそうだ。それは、誰かを支配するという行為は、支配する側も、かなりの自由を失うから、それを進んでやるなんて、ということ。よく言われる例えでは、刑務所の中をみると、人生の多くの部分を刑務所に束縛されて過ごすことになるのは、囚人よりも看守さんたちだ、という言葉だ。

支配するという任務に支配されていることに向いてる人間たちが、支配層になろうとする。なるほど、これが哲学か。

image by: Shutterstock.com

 

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