MAG2 NEWS MENU

なぜ日本には老舗が多く残り、韓国は三代も続く店がないのか?

創業100年以上の老舗企業が10万社を超えるという日本と、「三代続く店はない」と言われる韓国。両者の違いはどこにあるのでしょうか。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』では、日本を老舗企業大国に導いたとも言える江戸時代中期の思想家・石田梅岩(いしだ ばいがん)の「石門心学」を紐解きつつ考察しています。

日本の商人道の源流 ~ 石田梅岩『都鄙(とひ)問答』

テキサス州のある日系企業数社を訪ねたが、今回の旅は不思議なほど、韓国企業との因縁に出くわした。

まず飛行機に乗ると、毎回、「サムソンのGalaxy Note7はリコールされており、機内では絶対に電源を入れないで下さい」とのアナウンスがあった。リチウム電池が発火や爆発するという事故が相次いでおり、米国内だけで100万台のリコール騒ぎになっている。

全米の飛行機の乗客数は一日100万人以上。こんなアナウンスが100日も続けば、のべ1億人の乗客が聞くことになり、その悪影響は想像を絶する。

最初に訪問した日系企業では、世界7位の海運大手、韓国の韓進海運が経営破綻して、日本からの部品が届かず、大混乱していた。海外の船主などの債権者が韓進の船舶を差し押さえる恐れがあるため、入港すらできない港が多い。

こうして世界の海をさまよう韓進の貨物船に積まれたコンテナ数は約40万個、積み荷の価値は1兆4,000億円、荷主は8,300社に上るという。そもそも自社の船舶を差し押さえから護るために、顧客の貨物を積んだまま港にも入らない、とは、顧客無視も甚だしい。これではたとえ再建されても、多くの荷主は戻ってこない。

次に訪問した日系企業はメキシコで製造工場を持っており、近隣に韓国系のライバル企業が進出するというので、従業員が引っこ抜かれないかと戦々恐々としていた。その韓国系企業ははじめのうちこそ高給を餌に人を集めていたが、給料がきちんと支払われない、という噂が広まって、今や採用に苦労しているという。

品質、倒産、給与遅配など、問題はそれぞれ違うが、事業の基盤は顧客や従業員からの信用信頼である。どうも韓国の多くの企業には、この点が分かっていないのではないか、と思わざるを得ない。

日本的経営の源流、石田梅岩

韓国には「三代続く店はない」と言われているそうで、せいぜい創業80年ほどの会社がいくつかあるに過ぎない。顧客からの信用を犠牲にして、企業が永続するはずもない。

逆に我が国は世界に群を抜く「老舗企業大国」だ。100年以上続いている企業が、個人商店などを含めると10万社以上あると推定されている。なかには西暦578年に設立された創業1,400年の建築会社「金剛組」を筆頭に、1,000年以上も事業を継続している超長寿企業も少なくない。

こういう老舗企業、長寿企業の多くが大切にしているのが、「暖簾(のれん)」という言葉で代表される信用重視の姿勢だ。日本的経営の特徴を一語で表すとしたら、この「信用」だろう。

顧客の信用を大切にする日本的経営の源流の一つが、石田梅岩の石門心学である。梅岩は江戸時代中期に生きた思想家、と言っても、百姓の家に生まれ、11歳で丁稚奉公を始めて以来、京都の呉服屋の番頭格にまで出世しながらも、神道や儒教・仏教の本を懐に入れて、仕事の暇に商人の道を考えた実学の人である。

45歳にして、自分の考えを多くの人に伝えたいと、呉服屋の奉公を退き、無料の講席を開いた。やがて京都の商家の間で評判を呼び、大阪にまで呼ばれるようになった。

梅岩の講席で、聴衆との問答をまとめた一書が『都鄙問答(とひもんどう)」である。梅岩の思想については、本講座 NO.406「石田梅岩 ~『誠実・勤勉・正直』日本的経営の始祖」でまとめたが、今回、『都鄙問答』の読みやすい現代語訳が、致知出版社の「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」から出たので、特に日本的経営に関する部分を中心に紹介したい。

商人の儲けは武士の俸禄と同じ

ある講席で、「大体、商人には強欲な者が多く日頃から利を貪るのを仕事だと思っている」という意見が、ある学者から出た。当時の商人は「士農工商」の4階級で一番下におかれ、武士の生き方を説く学者の間では、こういう偏見が広まっていたのだろう。そして、商人自身も、そういう偏見の中で、自分の職業に誇りを持てなかったのではないか。

この無遠慮な質問に、梅岩はこう答える。

商人としての正しい道を知らない者は、利を貪ることにのめり込み、かえって家をつぶしてしまう。それに対し、商人としての道を悟れば、欲得ではなく、「仁」を心がけて仕事に励むので、家は栄える。そのようにするのを「学問の徳」としているのである。

学者は、これに「それなら、売る物で利益を出さず、仕入れ値で売れと教えるのか」と反論する。梅岩は答えて「ここに、君主に仕える武士がいるとする。その場合、俸禄を受けずに仕える者がいるだろうか」と反問する。学者は「そんな者がいるわけがない。受けるべくして受ける場合は、欲得とはいわないのではないか」と答える。

ここから、「商人の売買の儲けは、武士の俸禄と同じ。儲けのないのは武士が俸禄を受けずに出仕するようなものだ」と梅岩は主張する。

武士はその働きにより、君主から俸禄を受ける。商人はその働きで、顧客から儲けを得る。武士の俸禄も、商人の儲けも、世の中に提供した価値への対価である、という近代経済学に通ずる考え方に梅岩は到達していた。

御用商人の弁解

働きもない武士が高い俸禄を受け取るのは不当なように、商人にも不当な儲けがありうる。そこに商人として生き方が問われる。この点を梅岩は、次のような具体例で説明する。

さるお屋敷に出入りする御用商人が二人いた。そして、それ以外に新たに出入りを望む商人もいたが、窓口の買物方(かいものかた)の役人の話では「二人の御用商人から買う品物は、値段が、ことのほか高いように思う」とのことで、新しく出入りを願っている商人の絹の値段と比較してみると、金額にかなりの開きがあった。

 

で、その役人は不愉快になり、出入りの御用商人を一人ずつ呼びつけて、こう告げた。「そちらが持参した呉服は、ことのほか高かったから、他の商人のところの値段と照合してみたら、大変な差があった。不届き千万(せんばん)である」

一人の商人は、「初めてこのお屋敷への御出入りをお願い致しました折には、損をしてでもと思っておりましたが、その先々もずっとその値段を続けるのは無理でございます」と弁解した。

この御用商人は、経済的に苦しいかのように装って高利を申し立て、しかも役人を言いくるめようとした罪があるとされ、御用商人としての仕事を召し上げられた。

「正直によって幸を得たお手本」

もう一人の商人は、「不届き千万」と役人から言われて、こう答えた。

仰せ、ごもっともでございます。私ども、去年までは父が存命で御用達に関わっておりましたが、亡くなってしまい、代わって私がお役目を仰せ付けられましたのですが、不調法なもので、勝手がよくわからず困惑しております関係で、仕入れ下手ということもあり、仕入れ先が高値で売ったかもしれず、とても不安に存じております。

 

しかもこちらのお屋敷が調達なさった呉服を高い値段でお届けしてしまったことは、これまで受けたお殿様の御恩を忘れた所業と申すしかありません。今しばらくは、お殿様から頂戴しております扶持米(ふちまい、俸禄)で生活をし、今後一、二年のうちに家屋敷の道具などを処分して借金を返済したうえで、お屋敷の御用を務めさせていただけたらと存じます。

この言い分は次のように判断された。

もう一人の御用商人は、正直な言い分であったのに加えて、その商人が貧乏になったのは亡父の奢った暮らしが原因で、本人の罪ではなかった。

 

それなのに、亡父の罪を自分がかぶるという孝行な心やお殿様への忠義心などが見られたことから、後々も世のために役立つと判断され、役人が昔の借金にも耳を傾けて助力し、「これまでどおりの御用向きをせよ」と命じられた。

 

これぞまさしく、正直によって幸を得たお手本。そうなったのは、「三つの徳がある」とみなされたからだ。一つは、お殿様から受けた深い御恩を忘れず、高い値段をつけなかった誠実さ。一つは、父の贅沢を隠そうとした孝の心。一つは、役人を言いくるめようとしなかった正直さ。これら「三つの徳」がめぐりめぐって自身の幸せにつながったのである。

「何事も嘘があっては失敗する」

この事例から、梅岩は次のように結論を出す。

世間の人は賢いように見えて、実際には「実の道」(物事の本質)まで学んではいないから、自分が犯している過ちが増えているのがわからない。そのあたりのことをよく考えてみれば、何事も嘘があっては失敗するということに気づくはずだ。

 

たとえば、煙草入れ一個、あるいは煙管(きせる)一本買うにしても、それが良品か粗悪品かは見て簡単に判別できるのに、あれやこれやと言い募つのるのは問題のある商人だ。それに対し、ありのままにいうのは良い商人である。人の誠実さ、不誠実さがわかるように、相手もまた、こちらの誠実、不誠実がわかっていることに気づかない。

実の道を外れた不誠実な事例として、梅岩は次のような例をあげる。

染物屋が相手でも、染め違いがあれば、些細なことを大げさに言い立てて値引きさせて支払い、それを手がけた染色職人の悪口をいって痛めつけておきながら、その一方で、注文主の客に対してはきちんと染め代を請求して金を受け取るが、職人にはその金を渡さないこともある。

梅岩は、染物屋に値引きさせて、かつ顧客には正規の値段で売る事で得た利益を「二重の利益として戒めた。呉服屋の番頭格まで努めた梅岩が実際に見聞きした実例だろう。

信用による繁栄と幸福への道

梅岩が目指した商売とは、これとは逆の道だった。

…武士たる者は主君のために命を惜しんでは士(さむらい)とはいわれまい。商人も、そのことがわかれば、自分の道はおのずと明らかになる。自分を養ってくれる顧客(商売相手)を粗末にすることなく、心を尽くせば、十中八、九は先方の心に訴えるはずだ。先方の気持ちに添うような形で商売に精魂込めて日々努めるなら、世渡りする上で何も案じることなどない。

「自分を養ってくれる顧客に心を尽くせば」、その姿勢はかならず相手に伝わる

『大学』(伝六章)に「他人が自分を見る視線は、体の奥にある肺や肝臓を見通すくらい鋭い」(人の己(おのれ)を視ること、其の肺肝を見るが如し)とある。この道理がわかるようになると、言葉をありのままに話すので「正直者だ」と思われ、どんなことも任されるようになり、苦労することなく人の倍も売ることが可能になる。

 

商人は、人から正直だと思われ、互いに「善い人」と感じて心を許し合える間柄にまで発展するのが望ましい。その醍醐味は、学問の力なくしてはわからないだろう。それなのに、「商人には学問はいらない」といって、学問を毛嫌いし、近づこうとしないのはどういうことなのか。

商人が、顧客と心を許し合える間柄にまでなる「醍醐味」とは、まさに100年以上も続くような老舗企業の従業員が味わう幸福だろう。「信用」とは、企業にとっては繁栄の道であり、従業員にとっては幸福の道なのである。我が国には、この「実の道」をわきまえた人や企業が多い。それは、梅岩に代表される多くの人々がこの「実の道」を説いてきたからである。

「身分は士でなくても、心は士に劣らないようにしよう」

我が国の武士道は、名利を捨てて国のために忠義を尽くす、という生き方を理想とした。梅岩は、商人の道もそれと同じだと考えた。

今の時代にも不忠義の士はいる。商人にも「二重の利」を貪むさぼり、訳ありの金を受け取っている者もいるが、そういうことは先祖に対する不孝であり不忠義であると認識し、身分は士でなくても、心は士に劣らないようにしようと思わないといけない。

 

商人の道も士農工の道と異なりはしない。孟子もいっているではないか。「道は一つだけだ」と。士農工商は、いずれも「天の一物」(天がつくった物)である。天の道に二つの道があろうはずがない。

武士道は我が国の倫理観の根底をなした伝統的理想であるが、それを農工商のそれぞれの生きる道に広げたのが、梅岩の思想だった。士農工商の四民は、それぞれ職業は違えど、同じ一つの「天の道」を歩むべきとする思想は、四民平等、国民同胞の基盤となり、その上で江戸の経済発展と、明治以降の近代化が推進されていった。

文責:伊勢雅臣

image by: Wikimedia Commons

 

Japan on the Globe-国際派日本人養成講座
著者/伊勢雅臣
購読者数4万3,000人、創刊18年のメールマガジン『Japan On the Globe 国際派日本人養成講座』発行者。国際社会で日本を背負って活躍できる人材の育成を目指す。
<<登録はこちら>>

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け