連投の球児を「美しい」と称える、スポーツ後進国ニッポンの実態

 

野球を楽しむという気風の欠如

高野連も、今大会からタイブレーク制度を甲子園に適用するようになった。これは、延長戦の末に引き分け再試合となるのを防ぐために、延長に入ると人為的に走者を塁上に置いてスタートさせるという制度で、選手の健康面への配慮というよりも、大会の日程運営上の面倒を避けるという側面のほうが強い。

それよりも、「選手ファーストで米国並みに投球回数や球数を制限することなどを本格的に検討しなければならないはずだが、それがなかなか進まないのは、野球に限らずこの国のスポーツの軍国主義的歪曲という根源的な問題があるからである。日本では明治以来、欧米から受容した「スポーツ」がすべからく学校「体育」として始まった。玉木正之は『続・スポーツ解体新書』(ザイテンブックス、10年刊)で書いていた。

明治時代文明開化で欧米の文物が一気に日本に流れ込んだとき、その受け入れの窓口となったのは大学だった。スポーツも例外ではない。

 

まず大学生が、欧米から伝播したスポーツと取り組んだ。そして彼らが教師となり、全国の高等学校、中学校へと野球を広げた。残念ながら、そこで、ボタンの掛け違いが起こった。「スポーツ体育と混同されてしまったのだ。

 

教育機関で行われる身体運動は、すべて「体育」である。「知育」「徳育」と並び、若者や子供たちの身体を鍛える「体育」は、もちろん教育に欠かせない。その心身を鍛える「体育」のひとつの手段として「スポーツ競技」が用いられることは多い。

 

「体育」は教育の一環として指導者から命じられ、心身を成長させるために強制的にやらされるものである。一方「スポーツ」は、誰からも強制されず、自ら好んで自主的に取り組むものだ。

 

そして高度な技量を身につけたスポーツマンは、入場料を取って観客に「見せる」こともできるようになり、必然的にプロになる。

 

以上のシンプルな原理を頭に入れておきさえすれば、高校野球甲子園大会に露呈している矛盾や問題点がすべて理解できる。要するに高校野球は体育を行うべき高等学校という教育機関で「スポーツを行っているのだ……。

もっと端的に言えば、「体育の基本は軍事教練である。明治国家がこれからアジアの帝国にのし上がろうとするについて、若者を、国家意識に目覚めた、心身頑強で集団行動の訓練を身につけた愛国戦士を育成しようとするのは当然で、その一環としての体育も、気を付け、前へ倣え、右向け右、回れ右など命令一下、機敏に一糸乱れず行動できるようにすることから始まった。やがて鉄棒・跳び箱、徒競走などで鍛えるのだが、そればっかりでは飽きてしまうので、次第に野球をはじめ欧米的な集団的ボールゲームが導入されるようになった。しかし、それはあくまでもゲームを楽しむものではなくて、苦しませるための鍛錬手段だった。

戦前の早稲田大学野球部の神話的指導者=飛田穂洲が「野球の神髄は練習にあり」と言ったとかで、炎天下「死の千本ノック」に耐えることが美しいとされる嗜虐的な野球観が醸されてきたのだが、これこそ過去150 年のスポーツ後進国=日本の属性である。しかしスポーツは本来市民が余暇に家族や近隣の仲間と共に楽しむもので、そうならなければこの国も成熟市民社会には到達しない。

昨今のレスリング、アメフト、ボクシング、体操など噴出するパワハラ問題の根源はここにある。それに対して「体育からスポーツへの100 年目の大転換」という理念を掲げて、実際にベンチャービジネスとして「Jリーグ」を立ち上げて世に突きつけたのが、川淵三郎=Jリーグ初代チェアマンである。

その川淵は最近、『黙ってられるか』(新潮新書、18年8月刊)を上梓した。サッカー界改革の体験を元にバスケットなど他の分野にもその100 年目の大転換を及ぼそうという意欲が表れていて面白い。余談ながら、川淵が本田圭祐を人材として高く評価していて、「将来、本田が日本サッカー協会の会長になったら面白いだろうなと思う。いや、彼はもっとスケールの大きなことを考えているのかもしれない」とまで言っているのには大いに驚き、本田ファンとして深く賛同した。

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※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年9月3日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分税込864円)。

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