やなせたかしさん作曲、「僕らはみんな生きている」で始まる「手のひらを太陽に」は多くの子供たちに愛されてきました。現在の学校はこの歌詞とかけ離れ、「生きること」がないがしろにされているようにも見受けられます。教育の現場で頻発する「いじめ」を見つめ続けてきた無料メルマガ『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』では、子どもたちに命の大切さを伝えようとする教師の取り組みを紹介しています。
道徳の授業から ~生命の根源を見つめて~
中学3年生の道徳の授業で取り組んだ様子を紹介します。
授業で使用したのは、道徳の副読本『中学道徳3 明日をひらく』(東京書籍)に掲載されている「あなたはすごい力で生まれてきた」(文:小澤牧子)という作品です。授業のねらいは、「生きる力の尊さを自覚し、かけがえのない自他の生命を尊重しようとする心情を養う。」としました。
1.教材「あなたはすごい力で生まれてきた」の内容
以下に要約します。
出産は、母親と赤んぼうの二者の共同作業である。「痛い」ということはだれでも聞いているだろう。あなたは、少しずつ、呼吸をはかりながら、動いたりとまったりして、外の世界へ安全に出ようとし、そして無事に出てきた。(産声は、)「やった、やった。」とさけぶ声のようにも思えてくる。母親の乳房に吸いつく勢いもまた、目の覚めるようだ。
生き物に備わった力は、確かで力強い。自分は生まれるべくして生まれ、生まれえなかったたくさんの命の代表として今を生きていると思うことで、自分をはげまし、他の人々とつながって生き続けていこうという勇気を呼び起こすことができるのではないだろうか。
コンクリートのわずかな割れ目から芽を出して、力強く花を咲かせている道ばたのタンポポ。人間も生き物の一員として、その力を自分の中に備えている。あなたが生まれてきたときの、すごい力もそのあらわれのひとつだ。
あなたは自分で生まれてきた。赤ん坊と母親がそれぞれの命を自力で支え合っているのだ。その姿が、命というものの、人が生きていくということの原点を、私たちに示していると思う。
以上の作品をもとに授業をすすめます。
2.授業実践【導入~展開~終末】
それでは、実際に行った授業を展開してみます。まず、授業の始めに、赤ちゃんの人形を持参しました。それは、自分がこの世に誕生したときの姿を思い浮かべられるようにとのことです。さらに、私自身の子供を出産したときの体験を語りました。
- 体内に新しい命が宿ったことを知ったときの喜び
- 命が体の中で次第に成長していく楽しみ
- 毎日、胎児に語りかけ、たくさん会話をし、そして、無事に生まれてこられることを神仏に祈る思い
- 胎児の成長とともに、母胎は体力を消耗して免疫力が下がり、帯状庖疹になってしまったこと
- 高齢出産になるので、医者からはダウン症のリスクが高いと指摘された
- 出産のときは、二日間くらいかけて、やっとの思いで出産できた
- 命のすごさ、尊さ、力強さ、素晴らしさの実感
ここまで話して、教材「あなたはすごい力で生まれてきた」を朗読します。この後で生徒たちの考えを深めさせる時間をとりました。具体的には、心に響いてきたこと(部分)を、それぞれの思いを大切にしながら、感想や意見を述べてもらいます。
クロージングとしては、まず写真を提示します。「コンクリートのわずかな割れ目から芽を出している植物」の写真。「重い石を押し上げて芽を出している植物」の写真。等々を提示しながら、生徒に「命」の力強さを実感してもらいます。
さらに、『自分をえらんで生まれてきたよ』(いんやく りお著 サンマーク出版刊)という書籍から、りお君の言葉を紹介しました。
この本は、理生(りお)くんが片言を話し始めた頃から9歳までにおしゃべりしたことを母親が書き取ったものです。
- 生まれる前、ぼくは、宇宙にいた。流れ星に、乗っていた
- ぽくは、雲の上からいろいろ見て、「ここの家がいい」つて、すぐに決めて、神さまにいいに行った。「一度決めたら変えられないよ。いいんですか」つて、神さまにいわれて、「ここしかない、ここがいいんです」といった
- 指をぐるぐる回したら、目が回るくらいの渦まきができて、それがどんどん細長くなって、米粒みたいになって、ピカツと光って、それで、ママのおなかに入った
- 生まれてくるっていうのは、幸せなんだよ。生きているというのは、大きな奇跡。あたりまえと思っている人も多いけれど、奇跡なんだ。だから、ぼくは早くおとなになって、みんなにそれを伝えたい
- 生きているというのは、大きな奇跡。みんな、だれでも、たましいはあるたましいは死なない。だからこそ、ぼくたちは、喜びで、大きく生きのこれる
生まれる前の記憶をもっているという子供は、かなりいるようです。ちなみに、ある産婦人科医の先生が、長野県諏訪市・塩尻市の保育園に通う子供を対象にアンケートを実施したところ、胎内記憶は33%、誕生記憶は21%の子供が「ある」ということだったそうです。
授業のしめくくりの言葉は、つぎのような内容で余韻をもって終わりにしました。
「一人の命が生まれてくるというのは、本当に奇跡です。『生まれる前から、両親や自分の人生をよく考え、お母さんのお腹から出るときは、すごい力を発揮してこの世に誕生してくる。』そう考えると、自分が、今ここに生きているのは、決して当たり前のことではなく、この世の神秘、命の尊さ、人との出会いの不思議を感じます。命あるもの全てをあたたかく包み込んでいる何か、大きく、かけがえのない存在さえも感じられます。
そんな中で、私たちは、『生かされている』ことを改めて確認すると、自分が、今、生きていることに感謝したいという思いが心の底から湧き上がってくるように思います。」
3.生徒の感想から(一部省略)
最後に授業後の生徒たちの感想を紹介します。
僕は、自分の力と母の力で生まれてきたことと、それぞれが「生きたい」「生きてほしい」という思いで生まれてきたということから、僕は、生きる力のかたまりなんだと感じました。
私は、この話を読んで、先生の話を聞いて、とっても感動したし、少し泣きそうになりました。私は、生まれた直後、呼吸が止まって、心臓も止まって、すごく大変でした。私は、一歩間違えたら死んでいたかもしれません。
両親に心配をかけ、絶えそうな私の命を、憧れの医師や看護師に救ってもらいました。私は、小児科看護師になりたいと考えています。私は、全ての命を、自分の命をかけて守りたいです。両親やお医者さんが命(時間)を削って私を助けてくれた恩返しに、私は私の命(時間)を使って、子どもたちを助けたいです。
自分が自分の力で生まれたなんて、考えたことがありませんでした。母親が大変だったのは聞いていましたが、それと同じくらい自分も頑張って人生を始めたと思うと、命の力強さを感じます。そして、生まれることができなかった命もたくさんあることを改めて意識させられ、その命のためにも精一杯生きようと思いました。これからも長い人生が続くと思いますが、くじけることなく過ごしていきたいです。
最近は、親とあまり口をきかないのですが、改めて親に感謝しなければいけないなと思いました。今まで親に迷惑をかけてきたので、あと2年か3年後にはプロ注目選手になって、自分の夢であるプロ野球選手になれるように、日々努力して親孝行できるように頑張りたいと思います。
「生きるということ」の大切さやありがたさをとても感じました。生まれてこられなかった人の分まで頑張ろうと強く思いました。15年間生きていること、3年生としてみんなと学校生活が送れているのは、偶然ではなく、なにかどこかでつながる「運命」のようだと思いました。今日という今を大切にして生きることはあたりまえかもしれないけれど、このあたりまえをずっと大切にしていきたいと思いました。
私は、この世に生まれてこれた命を持つものとして、この命を大切にしていきたいと思いました。最近、いじめによって自殺などが多くなってきているので、この世に生まれた者同士のいじめがなくなれば、生まれてこれた命の代表として恥ずかしくないと思います。私は、自分を励まし、他の人々とつながって生き続けていこうという勇気を大事にしていけたらいいなと思いました。
4.授業の振り返りをまとめて
自分の命の始まりを知るということは、今の自分が生きていることの不思議さを改めて考え、この命を生み出してくれた親に思いを巡らすことにつながります。そして、自分の周りで生きている人々の命の尊さに気づき、さらに、これからの自分の人生をどう生きていくかという生き方を確立していくことにもなります。
学校では、道徳という時間を通して、生徒一人一人が、自分の生き方を少しでも見つめる時間となることを祈念してやみません。忙しい日々の中でも、一人の人間の「生」の根源を常にどこかで意識する思いを失わないようにしたいものです。
教師経験者:ミルキー
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