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限りなくクーデターに近い告発。日産ゴーン会長の不可解な逮捕劇

経営危機に陥っていた日産の再建を任されるや、類まれなる豪腕ぶりを遺憾なく発揮し見事同社を立ち直らせたカルロス・ゴーン氏の逮捕劇ですが、各所からその不可解さを指摘する声が挙がっています。米国在住の作家・冷泉彰彦さんも、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で「3つの不自然な点」を挙げるとともに、日仏両政府の意思が働いたとする大胆な仮説を記しています。

カルロス・ゴーン会長の逮捕劇に関する仮説

今回のカルロス・ゴーン会長の逮捕劇ですが、極めて不自然な点が多々あります。まず50億円相当の役員報酬について「不記載」というのが容疑だとされています。要するに「カネが動いた」ということが当面の罪ではなく、カネの動きについて「役員報酬として、株主に開示する有価証券報告書に記載する金額に入れなかったから逮捕するというのです。

勿論、これは一種の別件逮捕であって、そのカネが不正に払われたことは「背任罪」として日産からの告発が出て来るのを待って捜査されるのかもしれません。また、その50億について「脱税」の問題も出てくるかもしれません。ですが、「背任」や「脱税」ではなく「有価証券報告書への虚偽表示」ということで、まず身柄を確保に行ったというのは、やはり不自然です。

この件に関しては、日産の西川社長は検察当局に対して、以前から相談し、捜査協力をして来て、その上で事実関係の把握も出来ている、19日深夜の会見でそのように語っています。ということは、一部の内部通報者が検察に駆け込んだのではなく、トップ2人を外した日産の組織がかなりの期間検察当局に協力していた、つまりゴーン、ケリー両名の検察への告発は、西川氏以下の組織的な行動だったということのようです。

もしかしたら、実務クラスにしても、役員クラスにしても「司法取引」に合意して協力しているのかもしれません。

西川氏はクーデターではないと言っています。つまり経営権の奪取が目的ではなく違法行為の除去が目的だというのですが、それは「言葉のアヤ」というもので、実態は限りなくクーデターに近いと言わざるを得ません。

もう一つ不自然なのは、ルノー・日産Gのトップであるゴーン氏の報酬に関しては、グループ全体として管理されているはずだということです。少なくとも、日産のトップに報酬がいくら払われているのかは、45%の大株主であるルノーの管理下にあるはずです。いくらルノーのトップをゴーン氏が兼任しているからと言って、日産からコッソリ余分に役員報酬を得るなどという勝手なことはできないはずです。

少なくとも、ルノーの子会社である日産が、そのルノーのトップを兼ねている自分たちのトップを日本法に基づいてコンプライアンス違反として告発するというのは不自然です。この種の大きな金額の違反があるのであれば、少なくともルノー、日産、三菱自のグループ全体の問題であり、また問題もグループ全体にわたっているはずだからです。

その全体を調べないで、悪者扱いするというのは、純粋に国内法で動いている捜査当局についてはまだ理解できますが、同じくルノー・日産Gの一部であるグループの日本現地法人が勝手に組織的に内部告発するというのは不思議です。企業グループとしての統制ガバナンスとして不自然です。

そう考えると、日産のトップである前に、ルノーのトップであるゴーン氏を、フランス政府ではなく、日本の捜査当局が一方的に逮捕したというのも、極めて異例です。その国を代表する企業のトップというのは、その国の国益を代表していますから、まともな国であれば物理的にも法的にも保護するはずです。ですから、一方的に、日本がこうした捜査を行うということは、日仏の外交関係へ重大な影響があるはずです。

更に奇妙なのは、検察も日産も「多くを語らない」ということです。巨大な上場企業でスキャンダルが起きるということは、株価の下落を招きかねません。本稿の時点でも、ルノー株も日産株も暴落しています。ということは、巨大な時価総額が消えることになります。

ということは、両社の金融面での信用力低下など、日仏経済に大きな影響があるはずです。にも関わらず、別件操作に近い逮捕劇を展開して、司法当局も、また日産の残った幹部も多くを語らないという中では、どんどん株は下がる可能性があります。どうして、そのようなことが許されているのか、これも奇妙な印象があります。

改めて整理すると、最初の「有価証券報告書への虚偽記載」というのは、別件捜査と言いますか、突破口のようなものだとして理解するにしても、その他の点については疑問だらけということが指摘できます。少なくとも、

という疑問点は消えません。

では、この連立方程式には答えはあるのでしょうか?

わかりません。

ですが、一つだけ話として、筋が通る仮説を描くことはできます。

それは、

という仮説です。これに加えて、日本の日産本社は、自分たちの正義感からというよりも、この大きなストーリーの中で振舞っているという考え方です。

まずフランス政府ですが、元々はルノーというのは公営企業でした。前史はともかくとして、第二次大戦が終わった1945年から1990年にかけての45年間は、そもそも「株式会社」ですらなく「国営ルノー公団」だったのです。そして民営化後もルノー株の大株主となっており、現在でも15%を保有して議決権も持っています。

そのフランス政府としては、ルノーという企業が「グローバリズムを前提とした最適解経営」を行うよりは、フランスの国益を重視して欲しいという立場を取っている、特に現在のマクロン政権はそのような姿勢であると報じられています。

例えば、フランス政府としては、国内向けの車はフランス国内で製造して、雇用創出をして欲しいと考えているのに、ゴーン体制はグループ経営の最適解を求めて、もっと製造コストの安い国で(例えばEU内の東欧など)製造を進めているわけで、そこに対立が生じている可能性はあります。

また、日本の側としては、巨額の負債を抱え、高コスト体質を改善できずに危機を迎えていた日産を立て直したゴーン体制への評価はあるにしても、どこかでゴーン体制からの脱却、つまり日産と三菱自動車については、外資系企業として外国人が経営するのではない形を模索しているということは考えられます。

勿論、現在の日本には官民ともに資金的な余裕はないので、日産と三菱自動車を自国の資本が過半数になるまで買っていくということは基本的に不可能です。ですから、完全に外資から離脱することは難しいわけですが、仮の話として、フランス政府との間に「あまりにも純粋にグローバル最適解の経営を行う」ゴーン体制を「終わらせよう」ということで、何らかの事前調整があったという推測は成り立つと思われます。

株が下がってもいいという覚悟で強制捜査が行われていることに関しては、もしかしたらグループを再編するには株が安いほうが好都合ということがあるのかもしれません。例えば、日産株が大きく下げて、ルノーの下げが小さければ、それだけ日産株をルノーが買い増しすることは可能になります。

その延長で、間接的にフランス政府の影響力が日産に及ぶようになっても仕方がないと、日本サイドが腹をくくった可能性もあるかもしれません。一方で、ルノー株の下げが大きければ、日産はルノーの支配を弱めることも可能になります。ただ、仮にそうなった場合に、株価が下がるということを株主が許すはずはありませんから、法律面で慎重な進め方が必要と思います。

それ以上のストーリーを描くのは困難ですが、ゴーン氏逮捕というニュースを受けて、フランスのマクロン大統領は「注視していく」と言い、ルメール経済・財務大臣は、「ルノーの安定と雇用を優先する」と語ったと報じられています。

もしかしたら、フランス政府としては「三社連合への影響力を強めようという意思を持っているのかもしれません。仮にそうであっても、それをある程度は理解した上で、日本側としては、「ゴーン体制排除」のためにはフランスとの連携を選択した可能性もあります。

では、両国の世論はどうかという要素ですが、フランスの場合は「高額報酬批判+グローバリズム批判」という世論のセンチメントは強いと思います。マクロン大統領という人は、一種の「中道ポピュリズム」を求心力にしようというタイプの政治家ですから、「ゴーン体制」を終わらせるということは、政治的にはプラスということは考えられます。

一方で、日本の場合には検査員資格問題で恭順姿勢を見せない日産に対するイメージの低下という問題もくすぶっています。その上で、今回の高額報酬問題について一旦それが違法だということになれば、延々と批判報道が続くことが考えられます。そうなれば、検察としても政権としても政治的にプラスの効果はあると思います。

一方で、大きな不安定要素として考えておかねばならないのは、カルロス・ゴーンという人は物凄い知的能力と精神力を持ったタフな人物だということです。ある意味で、「この程度のこと」で「くじける」とも思えないし、徹底抗戦に出た場合に、相当に手を焼くことは考えられます。

もう一つ不安なのは、今回の「虚偽記載」だけでしたら日本の国内法による実務マターですが、ルノー三社連合の混乱が長引くようですと、株主対策や訴訟リスク金融面での影響などが国際的に出て来るという問題です。

そのような多国籍にわたる「法務、金融、税務、経営戦略」を上手くハンドリングしながら、最終的にグループの再編成を目指すのであれば、それは日本の司法当局や、フランスの経済財政当局のノウハウでは難しいと思います。多分、米英系の一流の投資銀行が出て来ないと実務的に前へ進めない話ではないかと思うのです。

今、世界の自動車産業は大きな岐路に立っています。EV化と自動運転という2つの変革の波が襲っているからです。この点から考えると、本来であれば、このような「ドタバタ劇」などは、やっている暇はないと思うのですが、それはともかく、以上の仮説と今回の逮捕劇については、次の3通りの可能性があります。

1つは、ゴーン体制が「目先の金もうけに走って、「EV化と自動運転化への投資が足りない」、そこで、フランス政府にしても、日本サイドにしても危機感を持ったという可能性です。

2つ目は、とりあえず今回の問題は「EV化と自動運転化の問題とは無関係という可能性です。

3つ目は、仮に今回の動きの背景に、国内雇用や国内資本を優先する、一種の「経済ナショナリズム的なパフォーマンス」を志向する動機が強く、グループの再編はそのために進み、「EV化と自動運転化についてはむしろ投資ペースが後退するという可能性です。

この3つについては、今後の事件の展開によって、そのどのストーリーかが明らかになって行くと思いますが、少なくとも3つ目ではないことを祈りたい
と思います。

image by: shutterstock

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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