「物価が下がれば年金も下がる」を理解しない世代が次世代を潰す

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年金の受取額というのは物価の影響を受けながら毎年変動していくものです。ところが過去、その額の下げ時を誤り、国が年金を払いすぎてきたという苦い経験があります。なぜそのような事態が起きてしまったのでしょうか。今回の無料メルマガ『年金アドバイザーが教える!楽しく学ぶ公的年金講座』で著者のhirokiさんが詳しく解説しています。

年金を払い過ぎてきた過去とその背景の復習

年金というのは毎年、物価や賃金の伸びの影響を受けながら毎年の金額が変動していくものです。このやり方は昭和48年の年金改正から始まりました(物価スライド制)。この時に毎年物価の変動を翌年の年金額に反映する事になりました。その物価スライドを導入するまでは、ほぼ5年ごとの年金改正の時に年金額を見直しながら、その改めて再計算した年金額に見合う保険料額を決めていました。

しかし、昭和30年から40年代というのは非常に景気が良い時代で、毎年平均10%ほどの経済成長率を達成していた年でした。なんで戦後の日本が急に景気回復に向かったかというと、昭和25年から始まった朝鮮戦争(昭和28年休戦)が原因です^^;。北朝鮮が韓国を統一したくていきなり韓国を攻めてきた。それによって始まった日本の好景気を特需景気ともいいます。原因は簡単で、米軍の基地や米軍に対する補給施設、米軍用の工場となった日本がアメリカからの注文を受けて不況から脱出。北朝鮮の侵攻を食い止めるために米軍が出動した。まだあれから何十年も経ちましたが朝鮮戦争は続いてはいるんですよ。とりあえず休んでるだけで。

あと昭和40年代の景気を良くしたのは昭和40年から始まったベトナム戦争。アメリカがベトナムへの攻撃を開始し始めて、アメリカから日本への物資の買い物が凄く増えて景気良くなっちゃった。ベトナム特需とも呼ばれる。まあ…近い国の戦争で景気が良くなるというのも変な感じですけどね…。

そんな中、昭和35年に池田勇人内閣の時に所得倍増計画という目標が掲げられ、今後10年で所得を倍増します!っていう事があった。その目標は10年足らずで達成された。つまり、所得が10万だったなら10年後には20万円になってるという事ですね。給料ではなく所得という表現なのは、自営業者を配慮した表現だった。今じゃ考えられないような事があったわけです。そのくらい景気が良かった。

急激に賃金が伸びていくから、年金額も老後の所得保障としての役割を果たすためにあまり現役世代の賃金と年金額に差が出ないように急激に年金額を引き上げていった。で、毎回改正しながら年金額を見直すというのも手間がかかるので、昭和48年の改正で物価スライド制が導入されて、毎年物価の変動に合わせて翌年の年金額を変更するという事になった。

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