原発を巡る発言のブレが注目された経団連の中西宏明会長ですが、「ブレ」を見せているのは会長だけではないようです。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、中西会長が示した原発に関する議論の必要性に応じる形で「一般公開の討論」を求めた小泉元首相が率いる団体に対し、その開催を渋る経団連の久保田政一事務総長の反応を紹介するとともに、経団連がこのような状況に陥っている理由を詳述しています。
経団連がガチンコ公開討論を渋る理由
原子力発電所をめぐる中西宏明経団連会長の発言が今年1月1日と同15日で真反対の方向にぶれたのは、当メルマガ1月24日号「経団連会長の原発『大ブレ発言』で判った廃炉ビジネス時代の到来」で取り上げた通りである。
全員が反対するものをエネルギー業者やベンダーが無理やりつくるということは、民主国家ではない。
(年頭会見)
原発の再稼働を積極的に推進するべきだ。原子力技術を人類のために有効に使うべきだ。
(1月15日定例会見)
だが、どちらの発言にも共通していたのは、開かれた議論、討論の呼びかけだった。
どうするか真剣に一般公開の討論をするべきだと思う。
(年頭会見)
説得は電力会社だけでできるものではなく、広く議論することが必要だ。
(1月15日定例会見)
どうするかの討論と、説得のための議論。目的の違いがはあるようだが、意見を戦わせるというのなら、誰も異存はあるまい。ましてや、財界トップが公式の場で発した言葉である。
それなら是非と、中西会長に「一般公開の討論」を求める団体が現れた。小泉純一郎元首相が顧問として参加する「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(原自連)だ。
年頭の中西発言を受け、原自連が一般公開の討論会開催を経団連に申し入れたのは1月11日だった。
具体的には、経団連の中西会長ら幹部と、原自連の小泉氏を含むメンバーが、経団連会館大ホールに集まって、一般市民の見ている前で、原発や自然エネルギーについて大いに議論しようということである。
中西会長の意見に全面的に賛成します。万機公論に決すべしというのは民主主義の基本です。討論会をしましよう。
そう提案する原自連のメンバーと面談した経団連の久保田政一事務総長の反応は複雑だった。
いやあ、ちょっとニュアンスが違うのかな。
会長発言が、原発反対と勘違いされている。
おやおや、雲行きが怪しい。「後日、改めて返事します」と久保田事務総長が言うので、その場は引き取ったが、わずか4日後に中西会長が「原発再稼働をすべきだ」と豹変してしまった。
「なんじゃこれは」。原自連幹事長の河合弘之弁護士は一瞬、そう思ったという。しかし、二度の中西発言に「一般公開の討論が必要」という考えは共通していると見なし、2月13日に再度、討論会開催の申し入れを行った。
経団連サイドは「エネルギー問題についての考えを、4、5月ごろにはまとめたいのでそれを見てもらいたい」と回答し、申し入れに応じるかどうか明確にしていない。
だが、応じるにしても、考えを固めてから討論するのでは順序がアベコベではないか。
結論ありきで公開討論会を開き、原発推進のための“仕込み質問”をサクラ参加者にさせていた2005年12月25日の玄海原発3号機プルサーマル計画公開討論会を思い出す。
この討論会、賛成の立場から発言した8人のうち7人が、実は一般市民を装った九電関係者だった。
インターネット生中継で、視聴者の賛否メールを募集したら、賛成が反対の2倍近くにおよんだ。実は九電が関係会社の社員らにメール投稿を依頼していたことが後に判明、“やらせ公開討論”であったことがバレてしまった。
またそれより少し前の同年8月19日、「原子力政策大綱案」策定をめぐって内閣府の原子力委員会が福島市で開いた「ご意見を聴く会in福島」でも、東電が参加者の3割ほどにあたる約40人を関連企業などから動員し、核燃料サイクル推進を盛り込んだ大綱案に賛成する“やらせ発言”をさせていた。
中西会長が年頭会見で開催を訴えた「一般公開の討論」は、まさかそのたぐいをイメージしたものではない、と思いたい。
だが、原自連の申し入れに対し「ちょっとニュアンスが違うのかな」と言った久保田事務総長の反応が気になるところだ。
ひょっとしたら、中西会長が前言を翻した背景に、経団連事務局との認識のギャップがあるのかもしれない。
中西会長は英国の原発建設計画を推進しようとし、3,000億円もの大損失を日立に被らせた張本人であり、その意味では原発には“懲り”と“愛着”の両面を抱いているだろう。
年頭会見で述べたように、国民の反対を押し切って原発メーカーや電力会社が無理やりつくるのでは、企業の大きなイメージダウンにつながる。だが、できることならノウハウを積み上げた原子力技術を生かしていきたい。
そういう葛藤のなか、原発をどうするかについては公開討論で決めてほしいという心境に至り、年頭発言につながったのではないだろうか。
時代の変化に対応するのが企業存続の絶対条件だ。海外での原発建設も、国内での原発推進もできないと腹を決めさえすれば、廃炉ビジネスや、自然エネルギー事業にしっかりとシフトチェンジできるだろう。
経団連事務局の面々は“民僚”と呼ばれるように、企業団体の職員でありながら官僚の体質が色濃い。おそらく、中西氏の年頭発言に困惑し、1月15日の会見で修正するよう仕向けたに違いない。政界と同じで、経団連会長の挨拶や会見の原稿、メモを書くのは“民僚”たちだ。
経団連加盟の原発関連企業には経産省を中心として官僚が群がるように天下りし“原子力ムラ”を構成している。
もちろん中西氏が会長をつとめる日立製作所も例外ではない。昨年7月には元経産省事務次官の望月晴文氏が社外取締役ながら取締役会議長に就任した。望月氏は経産省OBのなかでも、とりわけ熱心な原発推進派だ。
当メルマガ2013年6月6日号にその望月氏が登場したことがある。
元文部大臣の有馬朗人氏、元経団連会長の今井敬氏とともに「エネルギー・原子力政策懇談会」なる民間有識者団体をつくり、原発再稼働を求める「提言書」を直接、安倍首相に手渡したのだが、実はこの「提言書」、経産省の官僚が作成していたのだ。
いわば経産省OBと原子力ムラの有識者がグルになって世間に原発再稼働をアピールしたパフォーマンスにすぎなかった。そのメルマガ記事の一節。
経産省事務次官だった望月が原子炉メーカーである日立の社外取締役として天下りし、彼のかつての部下であるエネ庁官僚に原発再稼働の提言を作成させる。この癒着関係は分かりやす過ぎて感動的なほどだ。(中略)実は彼こそが、2001年の省庁再編にともない、あの悪名高き原子力安全・保安院の設立に関わった「生みの親」なのである。
この提言の後、「エネルギー・原子力政策懇談会」なる団体がなんらかの活動をした形跡はない。あくまで、「再稼働キャンペーン」のための急ごしらえの団体だったことがわかる。
日立は、望月氏を取締役会議長という重要ポストに起用して、企業統治改革を進めようとしている。
経団連会長である中西氏は、自社の取締役会と、経団連事務局の両方から経産省的思考のプレッシャーを受けている。自らつくったその罠のなかで、英国原発建設の失敗という苦い経験を生かすことすらできず、もがいているようにも見える。
原自連が申し入れた公開討論会に後ろ向きな経団連事務局は、討論会を開くとしても、中西会長は出席しないという考えを示しているという。
原自連会長、吉原毅氏(城南信用金庫顧問)は言う。
経団連の事務局は経産省から天下りした方々が主導権を握っていて、国の意向を代弁する組織になってしまっている。我々は経営者が中心となった本来の経団連の構成メンバーと一般公開討論をし、国民の方々に聞いていただきたい。
中西氏の言う「一般公開の討論」が、九電や東電の例のような「やらせ討論会」をイメージしているのなら、経団連が原自連の申し入れに応じることは決してないだろう。「特定の団体ではなく、広く一般市民と議論したい」などと、もっともらしい理由をつけて断るに違いない。
本気で国民的議論を広げたいというのであれば、まずは、すでに手を挙げている原自連と公開の場で向き合い、原発ゼロか推進か、異なる意見をぶつけ合うべきではないだろうか。
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