朦朧とする意識の中、前方のトラックから、背の高い男性が降りてきて、こちらに歩いてくるのが目に入りました。パニックな頭が判断した答えは、「殺される」ということ(笑)。今では笑い話ですが、寝ている状態で、車の後ろ半分がなくなる事故の直後は、頭が正常に働くわけがありません。僕たちを殺すために、男はトラックを降りて、こちらに歩いてきているのだとしか思えませんでした。せめて妻を守らなければと本能のまま、その殺し屋と戦うつもりで、車を出ました。出た瞬間、両足がかつてない痛みを訴えてきて、立つ力もなく、その場にへたり込んでしまいます。すると、こちらに歩いてきた殺し屋が、僕を支えながら「大丈夫か?ごめん、居眠り運転をしてしまった…」と。
居眠り運転していた食品メーカーの大型トラックが、僕たちの車両に後ろから追撃。その衝撃で、横道に吹き飛ばされた僕たちの車両を超えて、トラックは前方5メートルまで走ったことを後で知りました。
車を見ると、後ろ半分がありません。ほんの5分ほど前まで寝ていた後部座席がまるまる潰されていた。
で、トラックの運転手の彼も自分の過失を認めている。もちろん立派な交通事故なので、警察に電話をします。身体中が痛みを訴える中、警察の到着を、妻と、ドライバーと3人で、真夜中の国境近くのハイウェイで待ち続けます。1時間経っても、2時間経っても警察は来ない。何度もサンディエゴ警察に電話します。電話口の婦警から聞かれるのは死亡者の数。死人は出ていないと答えると「じゃあ待っててよ!」の一点張り。なぜか逆ギレ。しかも、なにか食べながらしゃべってるし(間違いなく、アホなアメリカ人みんな大好きポテトチップスだろうけれど、どうせ)。
結局、警察より先に、ドライバーが電話した自分のところの食品会社の上司が到着しました。
「代わりに、自分がこの場に残るから、彼を行かせてくれないか。彼は運送の仕事が残っていて…」と、その上司の提案を受け入れます。そこから何時間経っても、警察は来ない。
結局、妻も全身打撲からか高熱が出てきて、もう諦めることに。連絡先と車のナンバーだけを控えて、その上司も解放し、半分なくなってる車のまま運転して、ホテルまで帰りました。
今振り返っても、正常な判断ではありません。
事故の直後だから冷静な判断ができませんでした。車が大破する交通事故に遭った。先方も全面的に過失を認めている。車は保険でカバーできるけれど、どんなに少なく見積もっても日本円で数百万円は取れた。この国だと数千万円も全然珍しくありません。ヘタしたらミリオンかも。でも、正直言って、その時は、そこまで頭が回らなかったし、そこまでの気力もなかった。
もし、あの時、すぐにでも警察がきていれば。間違いなく事態は変わっていたと思います。
あとで、LAの知り合いに聞いたのですが、「死なない限りは、交通事故ごときで、LAPD(ロサンゼルス警察)は来ないよ」とのこと。なんのための警察なの??「偶然、近くにパトロール中のパトカーがあれば別だけど、そんなことごときで警察が来るわけないじゃない」と笑われました。車が大破する事故で警察が何度電話しても来ない。日本だと一面のニュースになるはずです。車が半分なくなるくらいじゃ、そんなことごとき、に入るそうです。そう、アメリカ人って、警察ですら、これくらいテキトー…。翌朝、エマージェンシー(緊急)で行った病院でも、3時間待たされました。