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中国のSF映画『流転の地球』が本国で「大ヒット」した裏事情

中国制作のSF映画『流転の地球』(原題:流浪地球)が、中国で大ヒット。ストーリーでお得意の「パクり」を指摘される部分はあるものの諸外国の評価もそこそこだと伝えられています。メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』の著者で台湾出身の評論家・黄文雄さんは、実利主義的にして現実主義の中国人がSF映画に熱狂するのは、習近平政権以後の変化だと解説しています。日本でもネットフリックスで鑑賞可能なこの映画、梅雨の季節のお伴にいかがですか?

※ 本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2018年12月30日年末特別号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。

【中国】習近平政権で中国人がSFに熱中

「さまよえる地球」大ヒットSF大作映画が描く中国流の未来とは?

少し前ですが、春節の中国で大ヒットした中国映画があります。『流転の地球』(原題:流浪地球)という宇宙モノです。原作は、中国の人気SF作家・劉慈欣の2000年の小説『流浪地球』です。原作は数々のアワードを獲得し、日本でも『さまよえる地球』というタイトルで、2008年に早川書房の『S-Fマガジン』で日本語訳が掲載されました。

中国映画としては異色の宇宙を舞台にした映画で、ストーリーは太陽の爆発が迫り、人々は地球ごと太陽系の外に脱出を試みるというもの。製作費は3.2億元(約53億円)、公開からわずか1週間で23億元(約383億円)の興行収入を実現したとも言われています。

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予告編は以下のサイトで見ることができます。
ネット時代になってから、中国でもテレビドラマシリーズではなく、映画が将来有望なマーケットとして注目されてきました。ただ、映画製作には巨額の資金が必要です。そこで、映画製作費が安くあげられるタイに製作集団が集中しているという話もあります。

この映画の本編はネットフリックスが配信権を獲得したほか、アメリカなどでの上映もあったようですが、日本での公開はまだ聞きません。SF映画のカギを握る3D技術の多くは中国自前のものだというのも、大きな宣伝要素でした。中国で大ヒットしているだけあって、アメリカなどの諸外国の評価もそこそこで、「中国映画産業、ついに宇宙競争に参入」(ニューヨーク・タイムズ)との好意的な報道もありました。

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ただ、ストーリー展開が過去の欧米の作品に似ている点があることも指摘されていますが、それでも中国的要素がふんだんに盛り込まれた本作は、世界でも総じて好意的に受け入れられています。
本作については日本でも多くの評論がなされていますが、中でもヒットの要因となったのは「中華思想」を代表する「家」の概念だという意見が多くみられます。

習近平のお得意のフレーズである「人類運命共同体」をまさに地で行く物語であり、地球を人類の大きな家とみなして、主人公の宇宙飛行士たちは海外の人材と協力しあって「家」のために死闘を尽くす。そんな中国人の愛国心をくすぐるストーリーと、宇宙を舞台に中国人のヒーローが大活躍する爽快さがヒットの秘訣だそうです。

本作を中国共産党のプロパガンダ的映画とみる声もありますが、そこは戦後の中国ではないので、あからさまに政治的要素を見せつけたりはしないようです。しかし、元日本テレビ中国総局長で現在は在北京ジャーナリストとして活躍している宮崎紀秀氏によると、なかなか深読みのしがいのある映画だったようです。以下に彼の報道を一部引用しましょう。

「『さまよえる地球』に描かれた未来世界では、主人公の中国人宇宙飛行士の片腕で、親友として登場するのが、ロシア人の宇宙飛行士である。中国と二人三脚で世界を救おうとする最大のパートナーは、アメリカでも日本でもなく、ロシアなのである。

映画は、現在の国連のような主権国の連合体が、太陽系脱出計画を主導している想定。その中で、中国人の主人公たちが活躍し、彼らの呼びかけに世界の人が協力するという展開になるが、実は、一連の奮闘劇の中で、アメリカの影が全くといっていいほど、無い。」

「さまよえる地球」大ヒットSF大作映画が描く中国流の未来とは?

ネットフリックスで『流転の地球』という邦題で配信されています。梅雨の時期、雨で外に出られない週末にでもお楽しみください。

中国も、これまでの「反日」や政治色の強い映画ではもう受けないと学んだのか、今回はSF映画で勝負に出たようですね。中国の伝統的な価値観からすれば、歴史が「大説(君子が国家や政治に対する志を書いた書物)」にあたり、フィクションは「小説(日常の出来事に関する意見、または虚構・空想の話を書いた書物)」にあたります。

「大説」は、漢の時代には孔子の説教である「勧善懲悪」や仁義道徳、その後、司馬遷の『史記』が宮廷の「正史」「正論」となりました。

民衆のものは、モンゴル人の王朝である元王朝の時代からです。元曲や演劇など、大衆文化が代表的です。そして元朝以後は、大衆小説が続々と出てきました。『三国志演義』など歴史小説や音楽が活気を得たのも「元曲」が流行してからです。民謡、音楽、舞踏などの大衆文化、今でいえばポップカルチャーが民間で流行したのは元王朝だったのです。

時代は変わって改革開放の初めころになると、ドラマのテレビシリーズが人気を集め始めました。それは、政府のプロパガンダ的映像からの「解放」を意味していました。改革開放時代は、誰もが中国は自由化や民主化に向かっているという、期待を込めた感覚を持っていました。

しかし、それも天安門事件によって崩壊してしまい、その後は抗日ドラマがテレビで横行するようになったわけです。とはいえ、最近では、主人公が数百人の日本軍を一瞬で倒したり、日本兵を二つに裂くといった荒唐無稽な内容のものが増えたため、「抗日神劇」と揶揄されるまでになりました。

あまりに荒唐無稽な内容であるため、習近平政権は、こうした過剰な演出でどう考えても創作である抗日ドラマを規制するようになったのです。

今回ご紹介した『流転の地球』は、西洋、ことにハリウッドの影響が強く、内容も一部パクリがあるともいわれていますが、それでも中国では空前の大ヒットとなったということは注目に値します。

そもそも伝統的中国人の心性は、実利主義的にして現実主義です。それなのにSF映画に人気が集まるのは、習近平政権以後の変化だと私は感じています。

厳しい言論・思想統制が敷かれているため、現実にありそうな物語や歴史物語に思想を込めることは非常に危険です。これまでは抗日ドラマにフィクションを散りばめて、ある意味で「抗日戦争」を茶化していたわけです。

日中戦争は中国共産党軍と日本軍が戦ったわけではありません。あくまで、日本軍と戦ったのは国民党軍であって、共産党軍はひたすら逃げ回っていたのです。にもかかわらず、現在、中国共産党は抗日戦争の主体は自分たちで、日本に勝利したのも中国共産党だと喧伝しています。

そういう意味では、荒唐無稽な抗日ドラマは、彼らの「戦功」を台無しにするだけですから、規制しているわけです。そこで造り手側は抗日戦争からSFという最初から荒唐無稽な空想世界に舞台を移したことで、それが民衆の心を掴んだという一面もあると思われます。

もちろん最初は当たり障りのない内容でしょうが、やがて政治的なメッセージも込めたSFも登場する可能性もあります。SFに仮託すれば自由や自主独立を求めるといったテーマも可能でしょう。もともと、中国の国歌からして「奴隷になりたくない人民よ、立ち上がれ」と言っているわけですから。
このように、SF映画が中国で大ヒットしたということは、今後の中国の動向を占う意味でも注目に値することだと、私は思っています。

image by: 『电影流浪地球』公式微博

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