MAG2 NEWS MENU

名ばかりの「美しい調和」。米とEUの板挟みで苦悩の安倍首相

大きな破綻もなく閉幕した、G20大阪サミット。安倍首相も議長としての役割を無事果たしたようにも見えますが、ドイツの有力紙が「G19+1」と揶揄したように、欧米諸国とアメリカとの間の「深い溝」に悩まされていたようです。元全国紙社会部記者の新 恭さんは今回、自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』でその真相を探るとともに、「首相はもっと強いリーダーシップを発揮できなかったのか」という不満を記しています。

G20大阪サミットで議長役、安倍氏を最も悩ませたこと

大阪での「G20」サミットは、「G19 + 1」サミットとなった。ドイツの主要紙、南ドイツ新聞はそう書いた。

プラス1とは米国のことである。サミットの首脳宣言はまとまったが、米国のみ協調できないテーマがあった。地球温暖化対策だ。

2020年に始まるパリ協定からトランプ大統領は2017年6月に離脱した。「非常に不公平だ」というのがその理由である。

温暖化ガスを「2025年までに05年比で26~28%削減する」とオバマ前政権が表明していた国別目標は、白紙に戻された。世界第2位のCO2排出国が抜ける影響や責任など、トランプ氏にとってはどこ吹く風だ。

安倍首相を議長としてまとめられたG20大阪サミットの首脳宣言。地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に関する記述はこうなった。

*ブエノスアイレスにおいてパリ協定の不可逆性を確認し、それを実施することを決定した署名国は、完全な実行へのコミットメントを再確認する。

 

*米国はパリ協定から脱退するとの決定を再確認する。

昨年のG20ブエノスアイレス宣言とほぼ同じである。米国のパリ協定脱退を確認するが、他の19か国は目標達成をめざすという。

これについて「パリ協定」を主導するフランスのマクロン大統領は最悪の事態は避けられた」と語った。どういうことか。

マクロン氏はブエノスアイレス宣言より後退する恐れを抱いていたのだ。議長の安倍首相がトランプ氏に忖度して、パリ協定実行に向けた文章のトーンを弱めるのではないかと。

6月27日の共同通信の配信記事にはこうある。

フランスのマクロン大統領は26日、フランス大使館で演説し、大阪市で開かれるG20サミットの首脳宣言について「パリ協定について触れず、野心的な目標を擁護できないなら」署名しない可能性を表明した。マクロン氏はこの点について「レッドライン(越えてはならない一線)」と言及。大統領府当局者は記者団に、昨年や一昨年の首脳宣言に盛り込まれた内容より後退することは「受け入れられない」と説明した。

どうやら、マクロン氏が来日した時点で、首脳宣言文原案には、ブエノスアイレス宣言の「署名国はパリ協定が不可逆的であることを再確認し完全な実施を約束する」といった表現が含まれていなかったらしい。米国を孤立させないよう配慮した可能性があると共同の記事は指摘している。

原案の内容を知ったマクロン氏が「レッドライン発言をしたため、欧米メディアでかなり大きく報道された。たとえばワシントンポスト6月28日WEB版の記事。要約するとこんな内容だ。

安倍首相は「美しい調和」を掲げて会議を始めたが、蜜月関係のトランプ大統領が同じ場所にいるので、叶わぬ目標かもしれない。国際舞台の裏で、地球温暖化、プラスチックゴミの海洋汚染など、環境問題が深刻化している。マクロン大統領が、気候変動問題のレッドラインより後退したら共同声明に署名することを拒否すると述べたため、金曜日の夜、役人たちは何ら成功の保証もなく、一方でヨーロッパ、他方で米国を満足させるための文章を練っていた。G20の議長を務めることは日本の指導者にとって大変な仕事だ。世界のリーダーシップを発揮する役割を守りつつ、最も重要な同盟国を納得させる仕事をしなければならない。

トランプ大統領の自国本位主義と、フランスが主導する多国間の枠組み「パリ協定」にはさまれて、議長国の安倍首相と事務方が苦労するさまを、皮肉まじりの薬味をきかせて書いている。

米メディアによると、大阪サミット初日の午後、ヨーロッパの指導者たちは、トランプ氏が気候変動対策にどれほど反抗的であるかを議論していた。日本の担当者は19か国と米国を区別するのではなく、20か国の何らかの合意を得た方がいいと言い、初日の交渉は流動的なままに終わったようだ。

原案に「パリ協定の完全実施」の文言が盛り込まれていなかったために、かなり議論が紛糾したさまがうかがえる。

ヨーロッパではこのところ、温暖化対策の強化を求める若者のデモが広がり、温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロに減らす長期目標の議論が行われている。

5月下旬の欧州議会選挙で環境重視の会派が躍進したこともあり、ユンケル欧州委員会委員長は「気候変動についての強い声明」が必要だと指摘。ブエノスアイレス宣言の後退を受け入れることはできないと記者団に語っていた。

安倍首相とそのシェルパ(補佐役)は、トランプ氏に最大限の配慮をしようとしたが、マクロン氏やユンケル氏ら欧州首脳の強い意思を無視することはできなかったのだろう。結局のところ前回とほぼ同じにすることでお茶を濁した。安倍首相はあやうく、パリ協定さえトランプ追従の犠牲にするところだった

地球温暖化防止の市民活動をしている「気候ネットワーク」は浅岡美恵代表名で、次のような手厳しい内容の声明を発表した。

安倍総理は、議長国として、気候危機の解決に向けたリーダーシップを発揮すると強調していた。ところが、実際は、米トランプ政権に配慮し、内容を骨抜きにして全体合意を図ろうと最初から妥協の姿勢で臨んだ。会議の途中では、アメリカとEUの文言を巡る対立で合意が危ぶまれる場面もあった。…今回のサミットにおいて、安倍総理は、気候・エネルギー分野におけるリーダーシップを全く果たせなかったという非難を免れないだろう。

トランプの機嫌を損なわないことばかりに腐心する安倍首相には、サミット直前にトランプ氏から突きつけられた日本に対する無理解”も強いプレッシャーとなっていた。

トランプ大統領が「日米安全保障条約は不平等だ」と不満を示した件。これについて、NYタイムズは無知な意見」と断じ、概ね以下のような内容の記事を掲載した。

トランプ大統領はG-20サミットのため日本へ向かう前、FOXビジネスネットワークのインタビューで日米安全保障条約について語った。「もし日本が攻撃されれば、米国は第三次世界大戦を戦う。…しかし、米国が攻撃されても日本は私たちを助ける必要はない。日本人は米国への攻撃をソニー製のテレビで見ていればいい」。

 

トランプ氏のコメントは戦略的、歴史的無知を示している。安全保障条約は主に米国によって決定された。…日本は、米国に軍隊を駐留させる独占権を与えた。…日本はソ連と中国の共産主義に対する防波堤となった。

日本人にとっては当たり前のことだが、アメリカに日米安保についての知識を持ちあわせている人がどれだけいるだろうか。いかにトランプ氏でもNYタイムズの指摘する事実を知らぬとは思えないが、どちらにせよ、知らぬ人の被害者意識を煽って支持拡大につなげることができれば、それで満足なのだろう。

日米安保の破棄をちらつかせるようなトランプ発言が、参院選後の日米貿易交渉を有利に進めるための脅しの一つなのは確かだろう。G20サミットの直前に飛び出しただけに、よけい首脳宣言文の取りまとめにのぞむ安倍首相の心理を揺さぶったに違いない。

もちろん、今回のG20サミットの意義を否定するつもりはない。EUとの協議のなかで安倍首相が提案した「大阪トラック」のように、今回のサミットを起点として議論がスタートする課題もある。個人のプライバシーや企業の知的財産を守りつつ自由にデータを流通させるための国際的なルールづくりをめざす新しい交渉枠組みが「大阪トラック」で、当然、取り組まなくてはならないテーマだ。

ただ、議長国として、もっと強いリーダーシップを発揮できなかったのかという不満は残る。トランプ氏に対してだけではない。習近平氏に対してもだ。

ロンドン、ニューヨークに次ぐ世界3位の金融センターである香港の大規模デモはG20参加国にとっても無関心ではいられないはずである。

香港の市民は大阪のサミットで中国政府に圧力をかけてほしいと訴えていた。中国が内政干渉と反発するのを承知の上で、安倍首相は議長として、香港の自由人権を守る必要性をアピールすべきではなかっただろうか。

image by: 首相官邸

新恭(あらたきょう)この著者の記事一覧

記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 国家権力&メディア一刀両断 』

【著者】 新恭(あらたきょう) 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週 木曜日(祝祭日・年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け