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GSOMIA破棄で加速する米の韓国切り。始まった国際情勢の大変調

数々の国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんが渡欧し、独自ルートで情報収集して感じたのは、欧州各国が今回のGSOMIA破棄がもたらす影響に大きな懸念を抱いているということでした。島田さんは、自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、欧州各国の懸念を生む中東情勢とアメリカの思惑を詳しく解説。北東アジア情勢と欧州・中東情勢の密接な関わりに意識を高め、変調に備える必要性を訴えています。

中東情勢と北東アジアの混乱の密接なリンク

今週は久しぶりに欧州に来ています。今回の訪問中にすでにいろいろな話を聞きましたが、各国が抱いている懸念は『国際情勢は大きく変動しており、すでに制御不可能な状況に陥っているのではないか』という内容です。

米中貿易戦争による国際経済の悪化、Hard Brexitを演出するジョンソン首相の“劇場型政治”がもたらす欧州経済への打撃という経済的な懸念については、すでに織り込み済みとのことで、ニュースで伝えられるほどの騒ぎはないといえそうですが、安全保障上の懸念については、深刻に捉えているようです。

その源は、『イラン情勢への対応と中東地域の不安定化要因』と『GSOMIA破棄で一気に高まった北東アジア地域のパワーバランスの変化』が織りなす欧州安全保障体制への影響です。

イランへの対応については、すでに述べたように、イラン核合意を大きな成果ととらえ、その合意が生み出した欧州各国とイランとの新しい経済的な協力とビジネスチャンスの創出もあり、イラン核合意を維持したいと考える欧州各国と、その合意から一方的に離脱し、新たなディールを目指すトランプ大統領のアメリカによる対イラン強硬姿勢、そして再度、対米強硬路線が復活しているイランの行方というマルチに絡み合った現状が存在します。

イランとしては、まだ有効的な関係を保ち、アメリカの有志連合への呼びかけにも応えない欧州各国(英国は除く)への期待もあり、独仏とは友好な関係の維持に努めています。ゆえに独仏のタンカーなどへの“働きかけ”(威嚇行為)は行っていません。

独仏、そして一部では英国も、どれほど影響力があるかどうか疑問ではありつつも、トランプ大統領とアメリカに対して、あまりイランを刺激しないほうがいいと、対応について熟慮を促しています。

イギリスのトランプとさえ言われるボリス・ジョンソン首相も、対イラン問題については、武力的な攻撃を踏みとどまるようトランプ大統領に促しています。その代わりに、英国は米国が呼びかける有志連合に参加することで、アメリカによるイラン攻撃を避けたいとの思惑があるようです。

トランプ大統領自身、あまり武力介入を望みませんし、政権の公約に在外の米軍のコミットメントを下げたいとの意向があることも幸いし、口先では何度も「イランへの武力行使も辞さない」と発言し、実際に6月のグローバルホークの撃墜時には「攻撃命令を10分前に撤回した」と明かして、「やるときはやる」というメッセージを送っています。

しかし、大統領選挙を前に、国内でさほど大きな支持を得ていないイラン問題で波風を立てるのは賢明でないと考えているのか、イラン問題については“現状維持”もしくは、奇跡的にロウハニ大統領との直接対話を行って、“緊張緩和へのきっかけを探っている”というパフォーマンスを行うかのどちらかを選択する見込みです。(注:9月5日に得た情報によると国連総会の機会を活かし、9月25日に直接対話を行うべく、イランと調整中とのこと)。

とはいえ、トランプ政権内には、常に「イラン攻撃」を支持する対イラン強硬派(ポンペオ国務長官とボルトン補佐官など)がいますので、支持率を操作するための起爆剤的な空爆を行う可能性はゼロではないでしょうが、イランへの攻撃がもたらす負のバックラッシュのほうが大きいこともトランプ大統領は理解しているようです。欧州各国では、アメリカによる対イラン攻撃は、当面ないというのが見解のようです。

しかし、一抹の不安があるとすれば、アメリカを怒らせているトルコのロシア大接近です。最近は、エルドアン大統領とプーチン大統領が“共同での兵器の開発”に合意したというニュースもあり、先日のS400導入の決定と合わせて、アメリカ政府を怒らせる原因を作っています。

トルコもロシアもイランの後ろ盾としても有名ですから、アメリカによるイランへの攻撃がないとしても、ロシアの中東地域への進出の阻止と、トルコのこれ以上の勢力拡大を牽制する狙いから、アメリカが軍事・外交の両面から“何か”を行う可能性があります。

イランへの対応の軟化の兆しは、アメリカがイエメン問題の解決の仲介の任を担うことを発表したことです。フーシー派(イランがサポート)と暫定政府(サウジアラビアがサポート)との間の停戦を意図して、アメリカが、イランとサウジアラビアも交えた会合を指揮しようとしています。

これは、イエメン問題を沈静化させることで、アメリカの地域でのプレゼンスを高め、イランと間接的に手を結ぶきっかけを演出することで、ロシアとトルコの思惑を封じ込める狙いがあると思われます。イエメンでのアメリカの動きについては、直接的な言明はないですが、欧州各国も全面的にサポートするようです。

ただ、この“狙い”も今のところ機能していないようです。その証に9月4日には、イランのロウハニ大統領が核開発の第3段階として、すべての制限を撤廃する指示を国内関係機関に通達しました。実際にこれで急に何かが起き、イラン国内の核開発のレベルが上げられる訳ではないですが、明らかにアメリカおよび欧州各国への不満の表明と捉えることができるでしょう。

アメリカとイランの間の直接的なチャンネルが閉じられる中、先日のフランス・マクロン大統領による“仲介”が功を奏したのでしょうか。先述のように、9月25日にニューヨークでトランプーロウハニ会談を行うべく、両国間で調整中とのことですので、何かのbreakthroughを期待したくなりますが、アメリカとイランの衝突は、コミュニケーション、そして意図伝達の難しさを痛感する事案です。

ここまで見ると、「やはりイラン情勢は混乱の極みなのだ」という結論に思われるかもしれませんが、日韓の間で起こった『韓国からのGSOMIAの一方的破棄』と、それに起因するアメリカの憤怒から生じる北東アジアでの混乱が、実は欧州をも巻き込んだ世界的な安全保障上の懸念の増大へとつながる可能性が出てきました。

それは、今後、『アメリカ軍事的プレゼンスのシフトチェンジ』が起こり、それが欧州の安全保障体制にそれなりの影響が出てくる可能性です。すでに述べたように、イラン問題が長引くことは、必ずしもアメリカ国内のトランプ大統領とその政権への支持率向上には繋がらないとの分析結果があるため、来年の大統領選挙までは、トランプ大統領はイラン問題の劇的な変化は狙いに行かず、おそらく緊張を保ったまま、現状維持をするのではないかとの思惑です。

「今月末の国連総会時に、トランプ大統領とロウハニ大統領が電撃会談をして、緊張緩和につなげるのではないか」との希望的観測も出ていますが(これは先週号で、マクロンの打った大ホームランと表現しましたし、9月25日に開催する方向で調整中とのことですが)、イランの最高指導者ハーマネイ師の態度に少々軟化の兆しが見られるものの、大きな変化をもたらすような合意をする権限を、まだロウハニ大統領に与えていないだろうと思われるため、希望は持ちたいと思いますが、仮に会談が実施されたとしても、何か具体的な結果を生み出すのは期待薄ではないかと私は考えています。

ゆえに、現状維持もしくは、「今後、対話を継続する」という一見前向きな方向性を付けつつ、実際には何一つ進展はない、という現在の米中貿易戦争のような様相を呈するのだと思われます。

しかし、トランプ大統領としては、何か成果を欲していることは確かで、そのために「韓国切りを加速するように動き、アメリカ軍の軍事的なプレゼンスを北東アジア寄りにシフトさせる」という動きが感じられます。

在韓米軍の引き上げも視野に入れた対応を具体的に検討している中、韓国無き北東アジア地域のパワーバランスの維持のために、日本と協力しつつ、アメリカの軍事的なプレゼンスを重くするという動きです。

こうすることで膠着する北朝鮮とのディールメイキングに対しても圧力をかけることができますし、中国やロシアに対するにらみを利かせる効果もあります。韓国の日米韓同盟からの離脱によって引き起こされる大きなパワーバランスの変化と混乱を望まないアメリカとしては、考えうる策であると考えます。

ただ、この軍事的なプレゼンスのシフトは、欧州そして中東地域に及ぶ安全保障体制の変化も意味します。1991年の湾岸戦争以降、トルコにあるNATO軍基地は、中東地域に睨みを利かせる位置付けを得、その後のフセイン政権打倒作戦、アフガニスタン対応、イランへのプレッシャーといった数段階での重しとなって、それが欧州全域の安定のための“重し”としても機能してきました。

ただ、アメリカ政府が計画する米軍のプレゼンスのシフトは、このパワーバランスの変化を確実にもたらします。実際に、今回の有志連合への参加要請もその一環ですし、トランプ大統領が就任以降、ドイツをはじめとする欧州の同盟国に対して表明している「NATOを通じた防衛体制へのコミットメントの増加」(軍事的にも、NATO分担金という経済的な面でも)という要請も、米軍の国際展開の大幅なシフトチェンジを想起させる動きかと思われます。それが、今回のGSOMIA破棄問題で、一気に加速したのではないかと思われます。

これまでにNATOのストルテンベルク事務総長をはじめ、欧州各国も自らの安全保障体制の強化(アメリカ離れ)について発言していますが、これまでのようにのらりくらりと対応するわけにはいかなくなってきています。フランス政府からは早くも、一度は消えた欧州諸国で組織する『欧州防衛軍構想』がドイツをはじめとする国々に再提案されているという情報も入ってきました。

以前、この構想が持ち出された際には(確か今年初め?)、トランプ大統領はアイデアをこき下ろしましたが、もしかしたら今回は、Twitterでのつぶやきはあるでしょうが、「欧州のことは、欧州自身で面倒を見るべき」と、自らの米軍の国際展開の縮小と見直しという公約に絡めて、前向きに評価するかもしれません。

パッと見は、前向きな動きにも見え、新しい国際秩序の構築へ繋がると評価されるかもしれませんが、この構想が進むにつれ、ただでさえ苦しいEUの財政をさらに圧迫することになりますし、欧州防衛軍構想で主翼の一端を担うはずの英国も、今はそのEUからの離脱云々を議論して混乱する中、あまり見通しの明るい計画とは考えにくいのが現状でしょう。

しかし、確実にアメリカは、欧州・中東地域への“睨み”は利かせたままだとしても、戦力的なコミットメントは北東アジアへのシフトを図るのではないかと思われます。このプッシュ要因になっているのが、先述のトルコの(アメリカの目から見て)過剰なロシアへの傾倒です。

これまで欧州・中東地域への睨みとしてトルコのNATO軍基地は作用し、またその存在が、トルコを地域における大国で、バランサーとしての地位に復帰させた一要因だと考えられますが、トルコのエルドアン大統領が仕掛けるギャンブルへの答えとして、無くすことはしないにせよ、この基地へのアメリカのコミットメントレベルを下げ、その穴埋めを欧州各国に求めるというシナリオは大いにありうるでしょう。

ただ、絶対的な“重し”としての米軍のプレゼンスをすぐに欧州各国が埋めることは難しく、この力の空白が、これまで閉じられていた紛争のパンドラの箱を開けるきっかけになるのかもしれません。そうなると、欧州が最も恐れ、国内の混乱をさらに加速させる、「中東地域からの難民問題が再加熱」します。

今回、欧州に来て、いろいろな話を聞き、意見交換する中、私自身、アジアの情勢と欧州・中東地域の情勢は密接につながり、微妙でデリケートなバランスの下で何とか均衡が保たれているのだということを痛感しました。

これまで仮定も盛り込みつつお話をしてきましたが、国際情勢は確実に大きなシフトを経験する方向に向かっているようです。雪崩を打ったように、情勢が各地で大きく動くのがいつになるのかは読めませんが、私たちはその大変動に対応すべく、十分に備えができているでしょうか?今一度、しっかりと考える必要があると考えます。

image by: The White House from Washington, DC [Public domain], via Wikimedia Commons

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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