人前で話すあらゆるシーンに役立つプロの技を伝えてくれるメルマガ『話し方を磨く刺激的なひと言』の著者で、アナウンサー歴30年の熊谷章洋さんによる「話し方の表現力を上げる5つのアプローチ」シリーズ。言い換えることで「話す時の語彙」を豊かにする方法を具体的に教えてくれます。今回は、聞き手の価値観を否定しかねない「嫌い」という気持ちを穏便に伝える方法と、相手の「好きの押し売り」を上手に断る方法を伝授します。
ネガティブワードを使わないための言い換え
話す時の語彙力を高める方法について、シリーズでお伝えしています。前回の記事の中で、ネガティブな言葉をできるだけ使わないことについて、ちょっとだけ触れました。今回は、どうすればネガティブワードを使わずに、他の表現に言い換えられるか?というテーマに特化して考えてみましょう。
前回の記事の中で挙げたのは…嫌い、いやだ、気持ち悪い、反対、苦労した、大変だ、疲れた、合わない、不幸だ、不運だ、ついてない…日常で使いがちですよね。
このようなネガティブな言葉を別の言葉で言い換えようとする時の、イメージのスイッチの切り替えが、脳に良い働きを与えるのだとお伝えしましたが、もっと現実的な効果としては、それを聞いた人に与える印象の違いですよね。
「ものは言いよう」と言われる通り、その言葉でなくてはいけない状況、使う言葉の正解が一つしかない時なんて、滅多にないんです。他の表現があり得るのに、その表現をしてしまうのも、すべて、自分自身が決めていること。
いや、その都度、言葉を選んでいるならまだしも、習慣、惰性によって、使う言葉のバリエーションがネガティブに偏っているとしたら、かなり良くない傾向だと思います。
そもそも話す時の語彙というのは、自分が使いやすいシンプルな表現に、収斂しやすい傾向にあります。これまでもお伝えしてきたように、例えば、使い慣れた「すごい」に「超」を付けるだけのほうが、楽なんですよね。
それと同様に、否定的な言動も、表現の工夫をせずに、嫌いだ、いやだ、気持ち悪い…で済ませてしまっていると、それを聞く側からしても露骨に感じますし、自分自身の脳や思考回路、思考習慣にも、なんらかの影響を与えてしまう、もしくはそういうネガティブな思考習慣があるからこそ、その言葉を選んでしまう…のかもしれませんよね。
同じ「脳に定着させる」なら、人にも自分にも優しい表現を、選びませんか?ほんのちょっとだけ、知恵は絞りますが、「そんな言い方もできるのか!」という気づきがあると、自分の話し言葉として定着しやすくなりますから、なーんだ、そんなことか。と頭ごなしに否定しないで、まずは飲み込んでみてくださいね。
では、前述のネガティブワードを、意味から考えて、言い換えの知恵を絞ってみましょう。
「嫌い」
その人の嗜好性を、最もシンプルかつダイレクトに、表現できる言葉です。
自分の嗜好性を表明するのには便利ですが、自分とは違う嗜好性を持つ人の価値観を否定することにつながり、聞き手の人数が多ければ多いほど、悪影響が広がります。最悪なのは、「あれが好きなんて、バカだよ」などと、それが好きな人の人格を否定する表現を付け足してしまうこと。
好き嫌いは個人の自由ですから、嫌う自由ももちろんありますが、それが好きな人の価値観まで否定するのは、日常の人間関係においては、やりすぎだと思います。
ただ、衝撃的な表現ですから、わざと炎上するには、効果があるかもしれません。
“〇〇が好きだというバカ”
この〇〇に、好きな人が多い誰か・何かの名前を入れてみると、いかに炎上できるかがお分かりいただけると思います。
また「嫌い」という単語は、そのものごとをざっくり全否定してしまう傾向があります。例えば、“メロンが嫌い”と発言したとして、聞き手がメロン好きの場合だけではなく、メロンを丹精込めて育てている農家さんまで、傷つきますよね。“あの子が嫌い”と言われたら、その子のご家族もがっかりされるでしょう。つまり「嫌い」は、それに携わるすべての人を敵に回す恐れがある表現なのですね。
では、言い換えてみましょう。コツは、
- それが好きな人の価値観をまず認めること
- それが「嫌い」なのは自分に限った価値観であること
- 感情ではなく、事実を
- どこが、どう、どうして、を明確に
- 好きになるには、それがどうなればいいのか?
このようなニュアンスを込めることです。
例えば、人気の、ある音楽グループ「A」が嫌いだとして、話の行きがかり上、好き嫌いを表明せざるを得ない場合。「Aって、いますごい人気ですよね~(好きな人が多いことをまず認める)。曲がハード過ぎて(どこが、どうして)、私は聞かないジャンルなんですけど(聞かないという事実)、もう少しポップな感じになれば、好きになるかも~(どうなったら好きになるか)」…と、このように「嫌い」というワードを使わなくても、また、「苦手」などの類義語に変換しなくても、会話は成立しますよね。
それどころか、「好き」という単語を持ち出すことに成功しました。そうすることで、自分の脳内には、好きなことを思い描くイメージができるわけです。嫌いなところを考えるより、よほど、有意義ですよね。
さらに、この言い回しでは、どこが苦手なのか、遠回しに言及しているわけですが、より、聞き手に受け入れてもらうためには、それが好きな人でさえ、「そこがいいところなんだけど、好き嫌いはあるだろうね~」と納得するようなポイントを挙げるのが、角が立たない言い方だと思います。
この例文で言えば、曲がハードだから、聞きづらいと思う人もいるだろうね、自分はそこが好きなんだけど。と、その音楽グループAが好きな人からも、理解を得やすい要素を挙げて、丁重にお断りしているわけですね。
納豆やパクチーなど、それが嫌いな人も多い食べ物などに当てはめて考えてみると、わかりやすいと思います。
ついでに、もう1点。自分の「嫌い」という感情を、別の言葉で言い換えるだけではなく、相手の「好きの押し売り」を、やんわりお断りする方法についても、お話ししておきましょう。
みなさん、日々、お感じかと思いますが、好き嫌いほど、人間の行動を左右する感情はないでしょう。なかでも好きという気持ちは、ポジティブでかけがえのないものであることは言うまでもありませんが、その情熱が強すぎて、こちらの意図を察知できず、あるいはあえて察知しようとせず、しつこくオススメされることもありますよね。
その際には、ピシャリとお断りできる表現も必要になってきますが、そういうときでも、極力、相手を刺激したくありませんよね。好きという感情や、その好きという感情を否定された怒りは、時として人の理性を失わせるものです。
会話において、しつこいオススメなどを丁重にお断りする、ポイントは2点。
- 相手の勧めてくる物事、それ自体を否定してはダメ
- 自分の時間、お金、労力を理由にする
それ自体を否定するのが危険なことは、前述のとおり。時間、お金、労力というのは、人間にとって、限りある重要な資源だからです。これを理由にされると、他人の入り込む余地が無くなり、ぐうの音も出なくなります。お金がないので、と言われれば、貸します、あげます、とまでは、なかなか言えないですよね。
さらに、やんわりお断りする効果を高める技術としては、
- しつこく勧められているものと別ジャンルの理由で話題を転換する
- 勉強や、病気の治療、努力していることなどの大義名分を入れる
- 相手が知らなそうなテーマで話す
例えば、「今、〇〇の勉強に熱中していて(別ジャンル)、動画で講義を受けているんですけど(努力、大義名分)、××の課題がチョー難しくて、よそごとをしている余裕が全然ないので(時間と労力、限りある資源)、遠慮しておきますねー。それはそうと、××って、こうなんですよ…(相手が知らなそうなテーマ)」などなど。だいぶ、相手の攻勢の矛先も、散らせますよね。
もっとも、相手から悪意が感じられ、それに対して悪意をもって打ち負かしたいときには、相手の勧めてくる物事それ自体の価値を貶めるのが、最大の逆襲になるのですが、なかでも効果的なのは、その最大の価値である要素に対して、「嫌い」と言うことです。
実際にそう言われてみればわかると思いますが、「嫌い」と言われたら、もうどうしようもないですよね。それがその人の価値観なのですから、他人が動かしようもない。反撃する言葉の全てが、負け犬の遠吠えみたいに、空虚と化すのです。
だからこそ、普段はできるだけ言い換えよう。そういう話です。話が振り出しに戻りましたので、今回はこのへんで。
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