市長と被害側は面談
八尾市の大松市長には、私から本件に関して意見をさせてもらった。何をおいても、被害女児の支援をして欲しい、これが私からのお願いだ。一部は水面下で行ったことだ。
これに対し、無視をしてもよいものの、大松市長は応じてくれた。本当は、再調査委員会の報告の前にでも被害側との面談を持ってもらいたかったが、報告後、市長と副市長は被害側に申し入れをして、面談の機会を設けている。
再調査委員会の報告直後の話であったので、何かが決まったわけではないが、市長側が被害側と直接話をする機会を持ったことは一歩前進と言えるだろう。
今後、市として、そして市長がその責任者として、どのように本件と関わり、いじめ問題とどう関わるか注目したい。
誰も責任は取らない
本件においては教育者の問題がいくつも指摘された。行政機関の判断も然り、本来信頼すべき機関が誤った判断をして、より被害を深くして、問題を修復できないまでにしてしまった罪はあまりに大きいと言わざるを得ない。
そして、これは記者会見となり、ニュースとなって全国に放送されたわけだ(関西ローカルだけかもしれないが…)。
本件に関わっていない一般の方がこのニュースを受け取ったとき、「そうか、こんな酷い事があったのか」と一件落着のように思えるかもしれない。
しかし、よく考えてみて欲しい。被害女児は救われたのだろうか、現段階ではやっと2年も経って、大部分のいじめが認められたの過ぎないのだ。救われたわけではない、未だに苦しみ、深く負ってしまった心の傷は癒えることはないのだ。
もう1つ、貴方に子供がいるとして、その子が通う学校にこのレベルの教師が責任者として来たらどう思うだろう。確かに人は更生する、そして、その機会がある。ただし、その前には何らかの相当な処分があって然るべきではなかろうか。
今後、こうした処分は検討されるのだろうが(それすら疑わしいところはある)公の存在が無責任であってはならない。
今のところ、誰も責任は取っていない。少なからず、謝罪をすべきであろうと思う(それで済むことではないことは当然であるが)。
最後に被害女児には、11月に取り上げさせてもらってから、少しだけ勇気を持ってもらえたように思う。私のような者が存在するだけで、ちょっとだけでも心が動いたのであれば、私も「伝説の探偵」もその意義があったのではないかと思う。