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韓国「脱日本化」の巨大ブーメランを食らった安倍政権の自業自得

昨年夏、韓国へのハイテク素材の輸出規制を強化した日本政府ですが、その影響が思わぬ形で返ってきているようです。ジャーナリストの高野孟さんは今回、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、安倍政権の「大誤算」を紹介するとともに、国益毀損を招いた首相の愚行を厳しく批判しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年1月27日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

半導体材料でたちまち「脱日本化」する韓国──米国を真似て「経済制裁」を振り回そうとして転けた安倍首相

1月21日付朝日新聞の「脱『日本頼み』、韓国急ピッチ」というソウル発の記事は重要である。副題は「半導体材料の輸出規制受け、対策/超高純度フッ化水素『生産能力確保』」。

昨年7月、韓国文在寅政権の慰安婦、徴用工などの問題への態度に苛立ちを募らせた安倍晋三首相は、君側の奸=今井尚哉補佐官の助言を容れて、半導体製造に用いるハイテク素材であるフッ化水素など3品目の韓国に対する輸出を規制する措置をとった。浅はか極まりないことで、直後、私は日刊ゲンダイ8月15日付のコラムで「日本政府が韓国に対する事実上の“報復”として半導体関連の輸出規制に踏み切ったことが、ブーメランのように戻って来て日本自身を傷つけるそのダメージは、一般に想像されるよりはるかに深刻である」と警告しておいたが、その通りになりつつあることが朝日の記事で裏付けられた。

寝た子を起こしてしまった

日本が輸出規制をかけたのは、半導体メモリーの製造に不可欠な「フッ化水素」と「レジスト」、及び有機ELディスプレーの素材となる「フッ化ポリイミド」の3品目で、いずれも日本企業の世界シェアが70%、90%を占める超ハイテク素材である。日本が技術的優位を誇るそれらの輸出を制限すれば、例えばDRAM製造で合わせて世界シェア74%を占めるサムソンとSKハイニックスの2社も、有機ELディスプレーの製造で最先端を走るサムソンとLGの2社も、たちまち困るだろうから、文大統領の鼻面に食らわせるジャブとしてちょうどいいだろうと安倍首相と今井は考えたに違いない。

それは余りに甘い判断で、文政権はそれでひるむどころか、逆に昨年8月、「素材・部品・装備競争力強化対策」を打ち出し、「毎年1兆ウォン(約940億円)の予算を確保し、3品目を含む20品目は1年以内に、80品目は5年以内に国産化や日本以外からの調達に切り替える目標を立てた」。また「サムスン電子は日本への依存度が高い素材や部品約220を選び、調達先を日本以外に切り替える『ジャパンフリー』対策を進める」ことになった。その流れの中で、1月には「米化学大手デュポンが『レジスト』の生産設備を韓国につくることを決めた」(同上朝日)。

韓国はこれまでも、こうしたハイテク素材の国産化に取り組んではきていたが、「素材や部品は利幅も薄く、隣の日本から調達すれば事足りると考えていた。それが今回は、政府も業界も本気で取り組んでいる」と業界関係者は説明する。「寝た子を起こした」とはこのことで、日本が「この3品目でジャブを繰り出して鼻血くらい流させようか」と思ったところが、韓国政府は100品目、サムスン電子は220品目の脱日本化に突き進んでしまった。安倍首相・今井の短見で日本の国益が大きく損なわれることになったのである。

モノづくり日本の強みを投げ捨てる?

21世紀、日本は一体どちらを向いて生きていくのかについて、本誌は繰り返し、太平洋の向こう岸ばかり見ていた20世紀はもう終わり、これからはユーラシアに向かわなければと主張してきた。日韓中の連携を軸として中国とインドが牽引する21世紀ユーラシアの大繁栄に噛み込んで行くことこそ、本当の成長戦略であって、「アベノミクス」のように一国資本主義的に国内だけを覗き込んで鍋底の残り物を漁るようなことをしても、何も起きない。

しかも、日本がユーラシアの旺盛な需要に関わってそこから元気を環流させる実体的な回路は、すでにでき上がっていて、それが日本にまだ多く残っている高度な「モノづくり」の力を頂点とする垂直分業的なサプライチェーンである。日本の輸出の圧倒的大部分はそのような資本財およびそれに準じる工業用素材であることは、日本関税協会の貿易概況の「商品特殊分類別輸出」を見れば明らかである。

2017年の輸出総額78兆2,865億円のうち資本財39兆7,732億円、さらに工業用原料18兆1,523億円を足すと57兆9,254億円で総額の74%に達する。そのすべてがそうであるとは言えないが、多くは日本でしか作れない、もしくは日本のものが一番品質が優れていると高評価を得ているハイテク製品や超精密加工部品や高性能素材などで占められていて、つまり日本は「高度資本財供給国」として世界貿易の中で独自の立場をすでに作り上げている。それは実体的には、日本で作られた高性能素材や部品などを韓国や中国などが輸入し、それを用いて製品の核となる重要中間部品などを生産し、それを中国やベトナムやミャンマーやバングラデシュなどに輸出して大量生産により消費財としてアジア域内や米欧市場に供給する立体的なサプライチェーンとして発展しつつある。ここに生きる道があるということを全く理解していないどころか、それをブチ壊すような愚行に出ているのが安倍政権である。

米国の対中国強硬派も自損行為

今井補佐官がこんなことを思いついたのは、米トランプ政権が盛んに「経済制裁」を振り回し、それをもっぱら外交の武器にしているのを見習おうと思ったのだろう。そのため、昨年9月の人事改造時に国家安全保障局(NSC)の局長が交代したのに乗じて同局内に自分の手先となる「経済班」を新設させた。しかし、上述のように3品目を制裁の道具にして韓国を相手にお試しをやってみたところが、何と320品目の対韓国輸出品目を失う羽目となったのである。

そもそも、この強度に相互依存するグローバル経済にあって、相手国にだけ打撃を与え、自国にも同盟国など他国にも迷惑にならないような、都合のいいピンポイント効果のある経済制裁などあり得ない。トランプ政権内で最も強硬な嫌中派の巣窟である商務省は、米企業が製品をファーウェイに輸出する場合、その製品に組み込まれている米国製の部材やソフトが「25%以下」であれば同省の許可なしに出荷できるとしている現行ルールが抜け穴になっているとして、これを一層厳しくし「10%以下」に改定しようとしている。ところが、米WSジャーナル24日付によると、この改定に反対しているのは、何と、国防総省。その理由は、中国への禁輸を厳しくすればするほど、米企業の売り上げが減り、研究開発への投資余力が失われ、巡り巡って国防上のマイナスが生じるということである。また対中取引のある米企業の多くも、商務省の突出した行動に反対を表明している。

内田樹がAERA2月3日号のコラムで書いているように、近頃米国のメディアには「中国恐怖(China Scare)」という表現が出てくるようになった。これはもう理も非もない嫌中病で、米政府内ではホワイトハウスの一部と商務省がこれに冒されている。ところが、それに対し国防総省のほうがまだ軍事的リアリズムを失っていないのでだいぶ冷静だということなのだろうか。日本政府にはそれほどの「中国恐怖」はないが、「韓国侮蔑(Korea Contempt)」の病は政治中枢にまで感染していて、それゆえこのような国益毀損を招くのである。

image by:  대한민국 청와대- Home | Facebook

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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