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3月14日が全て。国民が新型コロナの警戒を緩めた安倍首相の言葉

日を追うごとに新型コロナウイルスの感染者数が増え続ける日本列島。すでにイタリアなどでは医療崩壊が起き深刻な状況に陥っていますが、日本は感染爆発を抑え、長期に渡るウイルスとの戦いに対処することは可能なのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、さまざまな専門家の意見を引きながら、これから政府が最も力を入れるべきことを考察しています。

制圧困難な新型コロナとの長期戦に現政府は対処できるのか

新型コロナウイルスの感染拡大をうけて、2月29日、安倍首相は記者会見でこのような声明を読み上げた。

「全国的なスポーツ、文化イベントについては、中止、延期…全国すべての小学校、中学校、高等学校、特別支援学校について、来週月曜日から春休みに入るまで、臨時休業を行うよう要請いたしました」

京都大学の山中伸弥教授は3月28日、自身の情報発信サイトを更新し、「日本は2月末の安倍首相の号令により多くの国に先駆けてスタートダッシュを切りました」と評価したうえで、以下のように続けた。

「しかし最近、急速にペースダウンしています。このままでは、感染が一気に広がり、医療崩壊や社会混乱が生じる恐れがあります」

自粛のあとの気のゆるみ。そのきっかけは、安倍首相の3月14日の記者会見ではなかっただろうか。

「瀬戸際との専門家の見解が示されてから2週間余りが経過しました。爆発的な感染拡大には進んでおらず、一定程度、持ちこたえているのではないかという評価です。…大変な御協力を頂いた全ての国民の皆様に心より感謝申し上げます。(中略)児童生徒の皆さんも…屋外に出て運動の機会も作ってください。今後、予定されている卒業式についても…是非、実施していただきたいと考えています」

国家のトップの発言は、論理よりイメージとして残りやすい。2週間ガマンしたからもう大丈夫、と誤解した国民に安心感が広がった。東京都に緊張が走ったのは、それから11日ばかり過ぎた3月25日のことである。

1日の公表感染者数が41人に急増し、小池都知事は緊急の記者会見を開いた。「今の状況を感染爆発の重大局面ととらえこの認識を共有したい」と述べ、週末は不要不急の外出を控えるよう呼びかけた。

安倍首相は国民の気分を引き締めなおす必要に迫られた。「この戦いは長期戦を覚悟していただく必要がある」(3月28日記者会見)。

「黒」を「白」と言ってはばからない安倍首相にしては、珍しく率直な発言である。長期戦とはどのくらいか。半年か、1年か、それともそれ以上の年月がかかるのか。安倍首相は言う。

「いつこのコロナとの戦いが終わるのか、終息するのか、現時点で答えられる世界の首脳は一人もいないんだろうと…私もそうです」

いつ終わるかわからない戦い。ならば、3月24日に「概ね、1年間の延期」でバッハIOC会長と合意し、その後、来年7月23日開催と決まった東京オリンピックは、本当にできる確証がないことになる。

なぜなら、その発言に続いて「オリンピックを開催するためには、日本だけがそういう状況になっていればいいということではなくて、まさに、世界がそういう状況になっていかなければならないわけであります」と、語っているからだ。

つまり、世界中で、新型コロナウイルスの流行が終わらなければ、東京オリンピックは開けないと言っているのだ。

この約束は、かなり危うい。「治療薬とワクチンの開発に全力をあげる」と、まだできてもいないものに期待するのはいいが、間に合う保証は全くない。すでに開発が始まっているワクチンが使えるようになるまでに、18か月近くもかかるというではないか。

諸般の事情はかまわず、より確実に東京オリンピックの開催にこぎつけたいなら、2年先でもよかったはずだが、そうはしなかった。そこに何ら勝算がなかったとしたら、かつての対米戦争や、原発乱造を思わせる暴挙であろう。

安倍政権のことだ、「中止」による政治的ダメージを避け、「延期」という担保を手に入れたかっただけかもしれないが、バッハ会長との電話会談の時点で、世界が新型コロナウイルスによって先の見えない事態に陥っている認識はあったはずである。

このウイルスが厄介なのは、日本が感染爆発をずっと抑えることができても、それだけ終息が先に延びてゆく可能性があるということだ。3月27日の朝日新聞デジタル「論座」に掲載されたインタビュー記事において、桜山豊夫医師が詳しく語っている。

桜山氏は2009年の新型インフルエンザ発生時に東京都福祉保健局技監(医系トップ)として活動した経験がある。

「イタリアはいま山場を迎えている…日本について言えば、感染爆発が起こらなければ、小池知事が言っていた『重大局面』がずっと続いていくことになります。…外国から日本に入国してくる人たちはいます。永続的に外国への渡航を止めることはできません。要するに、日本は感染を抑えているがために、なかなか終息に至らないともいえます。とはいえ、感染爆発を抑えなければ、医療崩壊を招いてしまいます。とても難しい局面なのです」

桜山氏は「感染爆発への悲観論」と「みんなが予防行動を取ることで長い付き合いになるという悲観論」があると指摘する。

厳しい規制で感染拡大は一時的に抑えられるが、規制を緩めたとたん、再び感染拡大が始まるというのだ。いつまで経ってもその繰り返しになる恐れがある。その間に国の経済がボロボロになるのは必至だ。

桜山氏は「この疾患の場合、終息するのは、最終的に集団免疫を獲得していくしかないと思います」と言う。

数理疫学の推測によれば、国民の6割が感染し免疫を獲得することで、人から人への伝染がおこりにくくなるといわれる。それが集団免疫だが、日本人の6割が感染する、いや地球人類の6割が感染する日なんて、いったい、いつのことなんだと、途方に暮れてしまう。ほんとうに、東京でオリンピックができるのだろうか。

集団免疫をつけるといっても、そうそう政策的にコントロールできないことは英国の例をみれば明らかである。

ヤフーニュースに掲載されたイギリス在住の免疫学者、小野昌弘氏の記事によると、ボリス・ジョンソン首相は3月13日の演説で、「集団免疫」に頼る政策を打ち出した。以下は、小野氏の記事の一部だ。

最も異論を呼び起こしたのは、感染症状のあるひとの自主的な自宅隔離以外には社会隔離策がほとんど盛り込まれなかった一方で、英国民の多数がコロナウイルスに感染して英国民として「集団免疫」を獲得することで流行を終結する方針を明らかにしたことであった。

しかし、演説から3日後に発表された政府の科学アドバイザー、ネール・ファーガソン教授(インペリアル・カレッジ・ロンドン感染症疫学研究センター長)の報告書によって、3月23日に、ジョンソン首相は社会隔離策へと方針転換した。

生活必需品以外の店はすべて閉鎖し、市民は食料品・薬等の買い物・散歩、1日1度の運動のときだけ外出できる。一部の例外を除き自宅勤務とし、公共の場での二人以上の集会やイベントも禁止。これらを守らない場合は警察による罰金や介入…などだ。

ジョンソン首相に衝撃を与えた「ファーガソン報告」はこのようなものだった。

集中治療室ベッド数は少なく、今後の数週間で感染が爆発すると、大多数の患者を治療できない。集団免疫が成立するまで全く社会隔離策を取らなかった場合の感染者は40万人を超える。一方で、可能な限り社会隔離策をとって流行の拡大を遅らせたら、3~4万人まで減らしうる。

厳格な社会隔離策で完全に流行を封じ込めた場合、その隔離策を終了して国民を日常生活に戻すと、再び感染爆発することが予想される。

社会的に持続可能な社会隔離策として、集中治療室のキャパシティーを超えない程度の厳格さで社会隔離を行うという政策が考えうる。このためには、およそ2ヶ月封鎖を実行し、1ヶ月休むといったサイクルを長期にわたり繰り返すことが必要になる。

英国と日本では事情が異なるので、この報告をそのまま日本にあてはめることはできないが、日本の対策にも共通する考え方だと思う。規制と緩和を繰り返し、ベッドや人工呼吸器、医療スタッフの許容範囲内におさめることのできるよう、感染ピークの山をできるだけ低く抑えながら、時間をかけて集団免疫力を高め、収束につなげてゆくということだろう。

幸運にも特効薬やワクチンが早い時期に開発されれば、思ったほど長期化しないかもしれないが、楽観しすぎないほうがいい。

山中伸弥教授は情報発信サイトにこう書いている。

「新型コロナウイルスを制圧することはもはや困難です。受け入れるしかないと私は思います。社会崩壊も、医療崩壊も起こらない形で、ゆっくりと受け入れる必要があります」

このような心構えが、世界各国のコンセンサスになれば、東京オリンピックはなんとか開催できるかもしれない。

ただし、ベッド数、人工呼吸器はもちろん、防護服やマスクさえ足りず、病院のスタッフが少なく疲弊している現状を改善しない限り、山中教授の「社会崩壊も、医療崩壊も起こらない形」の実現は不可能だ。

なんとか東京オリンピック開催にたどり着いたとしても、大勢の旅行者が来日したあとに、感染爆発が起こりうる。それでも、医療はゆるぎないという態勢。これから政府が最も力を入れなければならないのは、そこだろう。

image by: 首相官邸

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