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習近平が台湾と世界に叩きつけた挑戦状。「米中新冷戦」の行方

世界各国が新型コロナウイルスの感染拡大の対応に追われるなか、内外で不穏な動きを活発化させている中国。習近平国家主席の狙いは「One China」と「太平洋進出」という2つの宿願成就にあると元国連紛争調停官で国際交渉人の島田久仁彦さんが、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で解説。この動きに対抗するアメリカとの「新冷戦」は、日本列島が最前線になると分析しています。

ついに世界の緊張の中心になったアジア太平洋地域

『新型コロナウイルス感染拡大は、紛争を凍結させるどころか、逆に誘発してしまった』以前、このコーナーでもこう切り出しました。

新型コロナウイルス感染拡大は、日本でされる報道では感染のスピードが弱まったと言われていますが、世界全体に目を移してみると、まだまだ第1波の最中と思われる地域も多くある一方、予想よりもはるかに早い第2波の到達を疑わせる状況が起きています。

コロナを“克服”したはずの中国の首都・北京郊外では、新型コロナウイルス感染拡大の再拡大の様子が見られますし、アメリカでも11州で感染の再拡大が見られます。それが第1波の続きなのか、それとも第2波なのかはまだ分かりませんが、経済活動が再開されいよいよ夏を迎える北半球で、コロナからの復興の出鼻を挫くかのようにウイルスの拡大が襲い掛かっています。アメリカではついに全世界の感染者数の25%に匹敵する300万人の感染者が確認されていますし、全世界での死者数も55万人に到達しようとしています。

また、ブラジルではボルソナロ大統領自身が感染し、一応無事であるアピールをしていますが、これはブラジルにおけるコロナ封じ込め対策の失敗の象徴であると捉えられています。インドを中心とした南アジアでは第1波の終わりが見えず、大きな成長が見込まれていたはずの経済も、『失われた10年』を経験しそうな感じに陥っています。

新型コロナウイルス感染拡大は、世界中でヒトとモノの動きを止め、実質的に経済を停止させました。その影響は報じられるとおり甚大で、落ち切った需要と移動の自由を元に戻すには早くとも2024年まで待たないといけないという悲観的な観測が大半を占めるようになりました。まさに世界は新型コロナウイルス感染拡大によって停止状態に追い込まれたとも言えます。

しかし、唯一、新型コロナウイルスが止めることが出来なかった、いや、勢いづけてしまったのが、世界各国で見られる“争い”です。トルコが中東・北アフリカで仕掛ける賭け(リビア、シリア、EUやイスラエルを相手にした地中海の権益争いなど)や、ロシアが仕掛けそして止めを刺しに行っているともいわれるウクライナ情勢、インドと中国の長年の国境地帯を巡る領有権問題の再加熱化、急に目覚めたかのように動き出した北朝鮮による威嚇など、例を挙げればキリがない状態ですが、やはり最大の争いと言えば、米中間での多方面での争いの激化だと考えられます。

新型コロナウイルス感染拡大前は、どちらかと言えば、アメリカのトランプ大統領が中国に難癖をつけて対立を煽り、報復関税をはじめとする制裁措置の発動をチラつかせて、中国から妥協を引き出すという手法が続けられていました。今年1月15日に合意された米中貿易合意第1弾(アメリカ産の農産物を中国が購入する)はその典型例です。

しかし、中国発の新型コロナウイルスの世界的なパンデミックは米中間のパワーバランスを大幅に変え、中国に巻き返しと勢力拡大の絶好のチャンスを与えてしまいました。

アメリカや欧州各国、そして日本を含むアジア諸国がコロナウイルスの感染拡大への対応に忙殺されている中、いち早く諸活動を再開させた中国は、One China/One Asiaの計画の本格的な実行を急ぎ、宿願であった太平洋への海洋進出を目指す行動に出ました。度重なる南シナ海での威嚇行為と実効支配の確立に向けた動き、尖閣諸島周辺海域での領海・制海権を確立すべく、空母・遼寧を中心とした攻撃群を沖縄・尖閣海域に差し向け、何度も通過と滞在を繰り返させることで野心を剥き出しにしています。

そして何よりも世界をショックに陥れたのが、異例のスピードで成立・制定・施行にこぎつけた『香港国家安全維持法』を巡る動きでしょう。中国政府筋によると「コロナウイルスの感染拡大がなければ、香港国家安全維持法は3月に開催された全人代で可決されていたはず」とのことですが、欧米を中心とした各国からの自制要請からの圧力にもかかわらず、それを全く意に介さないかのように5月28日に可決した後、約1か月という異例のスピードでの施行を強行しました。

その内容と、香港に進出する外資系資本の不安材料については多くの場で述べられているのでここでは詳説しませんが、各国とのパワーゲームを一気にエスカレートさせるという賭けを打ってまで、習近平国家主席の中国が香港国家安全維持法と『香港の中国化』を強行した背景には並々ならぬ決意が見え隠れします。その“決意”の内容は、『欧米との決別』と『米国中心の覇権への挑戦』と表現できるでしょう。

適用基準が明確に示されず、中国当局に恣意的に用いられる可能性が高い内容が多いことで、欧米資本や日本の資本は、じわじわと香港から離れ、結果香港は世界の経済の中心TOP3の座から降ろされようとしています。中国共産党幹部にとって、唯一といっていい資本蓄積と外貨調達のハブとなっていた香港の“うまみ”を奪われる可能性が高いにもかかわらず、習近平国家主席は大博打を打ったといえます。

長引く香港民主化運動に決定的なピリオドを打つ意図、9月に予定されている立法府選挙からの民主化勢力の排除、コロナ対策の遅れと失敗で国内から食らっている突き上げの目先を変えるという意図、いろいろと理由は語られていますし、私もこのコーナーで挙げてきましたが、いろいろな情報を整理してみると、「この機会にアジアから欧米勢力を排除したい」という計画が見えてきます。

英国と1997年に合意し、国連にも“条約”として登録した中英合意で定められた「50年間の香港自治と活動の自由の保障」、つまり『一国二制度』という大原則を23年で終焉させることで批判や制裁を覚悟で、One China/One Asiaの完遂に邁進することにしたようです。香港国家安全維持法で香港の一国二制度を実質的になくし、香港民から政治的な関心を強制的に奪うことで、習近平国家主席が掲げるOne Chinaの最終目標である台湾併合に向けた強烈なメッセージと覚悟(determination)を台湾と世界に示し、挑戦状を叩きつけました。

その結果、さまざまな方面からの激しい批判に晒されてもものともせず、新型コロナウイルス感染拡大の影響でまだフルに反抗できないアメリカをはじめとする欧米“列強”や日本の状況を感じ取って、一気呵成に計画(宿願)の実行に乗り出しているといえます。南シナ海での“横暴”にはベトナムがもっとも激しく対立しており、その背後にはアメリカの影が見えますが、そんなことお構いなしに実効支配を政治的・外交的、そして軍事的に拡大しています。

東シナ海でも尖閣諸島を中心に台湾と日本、そしてその背後にいるアメリカを威嚇しつつ、宿願であった太平洋進出の窓口と海路の確保、つまり制海権の確立に乗り出そうとしています。これには日本とアメリカはもちろん、コロナウイルスの感染拡大以降、中国との全面対決に入ったオーストラリアも非難と緊張を強め、各国は香港のみならずウイグル族に対する人権カードを前面に押し出して中国の“野望”を挫こうとしています。一言で言えば『対中人権監視の徹底』です。

その典型例が、米・英・仏・豪・NZで構成される安全保障のための監視体制『Five Eyes』の中国監視強化でしょう。これによりアジア太平洋地域を舞台として、世界的な米中対立の構造がエスカレートしてしまうことを意味し、ついにかつての米ソ冷戦のように、米中対立もグローバルな対立へと変貌することになると予想されます。それに対するアメリカの“決定的な”対応が、『香港民主化法案』の成立と、『米軍のリバランスによるアジア太平洋地域シフトの実施』です。

前者についてはこれまで何度もお話ししてきた『対中経済戦争の決め球』です。この法案をもってして、必要に応じて米国内の中国の資産を凍結できるという措置を保証しています。つまり中国経済の発展のカギを握る米国市場でのプレゼンスに止めを刺すカードをトランプ大統領は手にしたことになります。

後者については、最近発表された内容ですが、欧州防衛と北アフリカ・中東地域の権益保護の中心地となっていたドイツに駐留するアメリカ軍のプレゼンスを一気に30%削減し、同時にトランプ大統領の公約通りに、問題は山積しているにもかかわらず、アフガニスタンとイラクからの米軍の撤退を早める動きが取られることになります。

これらの地域に駐留していたアメリカ軍勢力を近々一気にアジア・太平洋地域(ハワイ、グアム、アラスカ、日本、豪州など)に配備して、その規模は少なくとも数千人から多くて数万人規模のリバランスになるとのことです。このリバランス構想は、トランプ大統領が忌み嫌うオバマ政権下でも囁かれていた内容なのですが、実現できなかったオバマ政権を尻目に、トランプ大統領が実行に移すという別の戦いにもなっています。

米軍のアジア・太平洋地域へのシフト、特にチャイナ・シフトが進められる中、日本もこの方針にいろいろと影響されそうです。その筆頭が、最近、突如計画の見直しから撤回へと進んだイージス・アショアの配備計画です。通常であればトランプ大統領や米軍から激しいクレームが来そうな動きですが、意外なことにアメリカは状況を注視すると言及した以外は静観を保っています。そして、ペンダゴン筋から聞いた内容を踏まえてみると、その謎が解き明かされてきます。

国会でも「日本が敵基地攻撃能力を持つことは憲法第9条に反しない」との主張が再開されることになりましたが、いままで日本の軍事化の急展開を良しとしてこなかったアメリカも、中国の覇権国としてのプレゼンスの強化と、太平洋への野心、そして脅威と緊張が高まり、韓国が同盟グループから離脱してRed Teamに入ってしまった状況を受け、アメリカも「イージス・アショアのビジネスよりも、アジア・太平洋地域の安全保障とアメリカのプレゼンスの確保に向け、代わりに敵基地攻撃能力強化での協力に変えたほうが理に適う」と見ているようだとのことです。

日本の国会議論、特に憲法第9条に関する議論を見ていると本件が実現化するまでに相当の時間がかかるかと思いますが、これまで動かなかった大きな岩がごろんと動いたことで、その流れは止められないかと考えます。

結果どうなるか。かつての米ソ冷戦では、双方の対立の最先端は東ヨーロッパだったといえます。北緯38度線の南北朝鮮分断線もその最前線と言えますが、どちらかと言えば、こちらは中国共産党と米国の同盟勢力との対立の分岐点と捉えられてきました。それが今、南北朝鮮が中国サイドのred team化したことを受け、米中両国によって“戦われる”新冷戦下では、恐らく『日本列島が両勢力(2大覇権国)の衝突の壁』となるのではないかと思われます。

現実には起こりづらいと思いますが、有事には私たちの上を核ミサイルが飛び交うような状況も皆無ではないかもしれません。まあ、妄想だと批判されるかもしれませんが。しかし、そうなった場合の日本としての対応を真面目に検討し準備しておかなくてはならないような状況にはなってしまったといえるかと思います。このアメリカのアジアシフトは、11月の大統領選挙でトランプ大統領が再選されても、バイデン氏が新大統領に選出されても、変わることはないでしょう。

これまで中国の太平洋への進出を阻んできたのが、この日本列島であり、オホーツク海におけるロシアの制海権の存在、津軽海峡と関門海峡を“閉じる”日本の海上自衛隊の潜水艦、そして尖閣諸島周辺海域での日本(そして在日米軍)の実質的なコントロールでした。

1つ目から3つ目についてはなかなか変化することは考えられませんので、中国サイドはもっとも広く、またコントロールが十分に及んでいないと考えらえる沖縄・石垣海域に位置する尖閣諸島の実効支配を確立できれば、宿願の太平洋への窓口が確保されるとの戦略があります。それを日米が協力して阻止しようとしているのが現在の状況です。

最近、これまでにないほど、アメリカ政府が尖閣諸島周辺海域での中国の恣意行為に言及し、外交的にも安全保障上も日本側の肩を持ち、必要とあらば同海域での衝突も辞さないとする姿勢を取っている理由が少しは明らかになってくるのではないでしょうか。ついに世界の地政学上の緊張の中心がアジア・太平洋地域に設定されようとしています。その“中心”に位置することになる日本は、この新常態にどう対応していこうと考えるのか。

コロナに悩まされ、大雨による大災害に見舞われ、政治がまともに機能していないような状況ではありますが、日本に迫りくる国際情勢の荒波はもう近くまで押し寄せてきているのではないかと感じています。これが全体ではないですが、私が考えるAfter/with Coronaにおける新しい世界の姿です。

image by:360b / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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