有名なのに誰も知らない。ミステリーの女王・山村美紗の凄絶人生

 

出版界や書店に貢献した流行作家が忘れられてゆく現実

京都を描き続けた先人、山村美紗。出版界に多大な功績を遺した偉人、山村美紗。そんな彼女について知りたいと思い立ったとき、花房さんは寂しい現実に直面します。それは「過去に山村美紗を研究した書籍が一冊も出ていない」こと。確かにWikipediaをひもといても、実績に反比例して人物評に関する記述が本当に少ない。そして2016年に「自分が美紗さんの評伝を残さなければ!」と強く誓う出来事があったのです。

花房「私はその日、新刊のPRのために京都の書店まわりをしていました。美紗さんがちょうど没後20年となる年です。なのにどこの書店もフェアを開催していない。あんなに人気があったのに。京都に、そして京都の書店にもっとも貢献した人のひとりなのに。『作家って、こうして忘れられてゆくのか……』と、しみじみしてしまって」

流行作家の諸行無常を感じ、ハートに火がついた花房さんは、200冊を超える山村美紗の著書をすべて読破。ほか京都から国会図書館へ足繁く通い、知りえた限りの書籍化されていない文章やインタビュー記事、ゆかりある人々のインタビュー記事までも目を通しました。散逸する山村美紗の「私」部分の情報収集は困難を極めたのだそう。

花房「往時のお手伝いさんなど取材に応じてくださる全員にお話をうかがいました。とにかく“謎が多い”人なんです。今でこそ作家がSNSやblogなどで自分のプライベートを明かすのが当たり前です。けれどもインターネットが普及する以前はそうではありませんでした。ましてや美紗さんはとりわけエッセイの仕事が少ない人。自分や自分の家族について多くを書き残していないのです。存在自体がミステリーですよね」

▲「美紗さんは存在自体がミステリー」と語る花房さん。インタビューは山村美紗が好んだサロン喫茶「ぎおん石」で行われた

「見栄っ張りで傲慢な女王だった」という伝説

散り散りになった資料や証言をこつこつと集めるうち、山村美紗の虚と実に彩られた人生が見えてきました。ひとつは「見栄っ張りで傲慢な女王」という側面。

「存在を誇示するように邸宅に100名以上を招く盛大なパーティをたびたび開き、そのつど派手なピンク色のドレスを新調した」

 

「新聞に掲載された文芸誌の広告にある『山村美紗』の文字サイズをわざわざ定規ではかり、他の作家の級数の方が大きければ激怒。担当者に京都まで胡蝶蘭やメロンを持って謝りに来させた」

 

「他の作家が京都を舞台にミステリー小説を書くと、掲載誌の編集長を怒鳴りつけた」

そういった関係者証言が花房さんの元へ集まってきました。まるで「女帝 小池百合子」を彷彿とさせる人物像です。

▲派手好きで、大輪のひまわりをこよなく愛した

しかしながら反面、それらわがままで高飛車な態度もまた山村美紗流の、話題になるための自己演出だった、そんな証言も花房さんは得ています。

花房「美紗さんの人生を顧みるため、先ず年表づくりをはじめました。すると、どうしても公式プロフィールの年齢では辻褄が合わないんです。そうして取材を進めるうちに、公表年齢と実年齢が違うのだと判明しました。媒体によって発表された享年すら異なる。それをきっかけに美紗さんが意識的にフィクションとノンフィクションを使い分けているのがわかってきたんです」

花房さんはなんと山村美紗が日本統治下の韓国・京城で小学生のときに書いた作文「お風呂たき」までも入手しています。しかも調査を進めるうちにその作文の内容が「フィクションである」とわかり、仰天したのだそう。

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