有名なのに誰も知らない。ミステリーの女王・山村美紗の凄絶人生

 

ひた隠しにした「病弱」と「夫の存在」

小学生の頃から仮面をつけ、露悪的なまでに自ら山村美紗像をつくりあげたミステリーの女王。ひるがえって「実」の部分には、忘れ去られてしまう恐怖心からか、おそるべき量の文章を書きまくる、病気がちで気弱な女性がいました。

花房「異様な執着心としか言いようがない、すごい仕事量です。一ヵ月に15冊もの新刊を出していたんです。ベッドを椅子にして倒れるように眠り、眼が醒めたら即座に書き始める。そうやって1日20時間も仕事をしていたそうです。執筆中の『女王ではない姿』を身内にすら見られたくなくて部屋には暗証番号付きの鍵をかけ、暗証番号を何度も変えていました。調べるまで、病弱で、たびたび発作を起こしていたなんて知りませんでした。まして発作が起きるたびに数学教師だった夫の山村巍(たかし)さんが注射を打っていただなんて。晩年は命と引き換えながら原稿を書いておられたようです」

「夫の巍さん」……実は山村美紗がひた隠しにしていたのが、夫・山村巍氏(91)の存在でした。山村美紗の葬儀で喪主として人前に登場した巍氏の姿に「あれ、誰?」と往時の出版界は騒然。長年に亘り山村美紗を担当した編集者ですら、夫の存在を知らなかったのです。

山村美紗といえば、セットで語られるのが同じくベストセラー作家の西村京太郎。隣接した豪邸に住み、「家のなかで行き来ができる」。そんな都市伝説もありました。山村・西村の両家が並ぶ場所は住所を告げなくともタクシーで到着できるほど京都の名所と化していました。離れた場所にあるマンションに住む実の夫の存在は隠し、特別な関係を疑われる相手は誇示する。ここもまた山村美紗の謎めいた部分です。そうして調査を進める花房さんが夫の巍氏に初めてコンタクトをとったのは、奇遇にも山村美紗の墓の前でした。

▲大きく「美」と彫られた山村美紗の墓。花房さんはこの墓の前で夫の巍氏と出会った

花房「巍さんはおびただしい量の美紗さんの肖像画を描き残しています。美紗さんが亡くなるまで、巍さんには油画を描く趣味はありませんでした。しかし毎晩、美紗さんが夢枕に現れ『私の絵を描いて』と告げるようになったのだそう。それで巍さんは絵を習うところから始め、のちに膨大な数の美紗さんを描き残していったんです。西村京太郎さんが美紗さんをモデルにして書いたとされる『女流作家』には、夫とは不仲であると記されています。私は『不仲だった妻の肖像画を、なぜ夫はずっと描き続けているの? 本当に不仲だったの?』『京太郎さんは、なぜ不仲だなんて書いたの』と疑問を抱きました。美紗さんのようにたとえるのならば『京都最大のミステリーだ』と思いましたね」

▲山村美紗の死後、夫の巍氏は妻の肖像画を描き始めた。毎晩、美紗が夢枕に現れ『私の絵を描いて』と告げるようになったのだそう

幻の存在だった夫との邂逅は、花房さんにとって調査で得た情報の信ぴょう性をさらに高める、願ってもない機会でした。しかし……。

花房「同時に『私はたいへんなタブーに触れようとしている』という恐怖心も湧いてきました」

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