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【第5回】俺たちは死を前に後悔するか?春日武彦✕穂村弘「お試しがあればいいのに」

「死ぬまでに行きたい絶景スポット」「死ぬまでに見たい最高の映画」など、人はタイムリミットや死ぬまでに後悔しない生き方を意識することで今の生活が輝き出すとも言われています。これまで「俺たちはどう死ぬか」をテーマに語ってきた今シリーズ、第5回は老いてもなお「まだ死ねない」と思い続ける人間たちの葛藤について。精神科医の春日武彦氏と歌人の穂村弘氏によると「死んでも死にきれない」感情には「自己肯定感」が隠されているのではないかと伝えています。

春日武彦✕穂村弘「俺たちはどう死ぬのか? 」

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死にも「お試し」があればいいのに

春日 前回さ、自殺をするつもりだった人が、直前になって躊躇するけど、でも後に引けなくなって死んじゃう、みたいな作品を紹介したじゃない?

穂村 吉村昭の「星への旅」ね。集団自殺をする寸前に「やっぱイヤだなぁ」ってなるけど、死ぬ気満々の人にジリジリ迫られたり、後に引けなくなったりして、なし崩し的に死んでいくという小説。あれはイヤな話だったな。

春日 ああいうことは、自殺に限らず、けっこうあると思うんだよね。

穂村 もう死んでもいいやと思っていた人が、いざその段になったら「ああ、やっぱりまだ死にたくない!」ってなる、みたいなの。
春日 そうそう。日本ではまだだけど、今後もし安楽死法みたいなのが成立してさ、そういった最期を自分から選んだとしても、直前で「やっぱタンマ!」みたいになるヤツって少なくない気がするのよ。

穂村 僕の場合、そういう状況になったら、「イヤだけど、ここまで準備させといて、今からナシっていうのも申し訳ないな……」とか思って悶々としながら、流れに飲まれて死んでしまいそう(苦笑)。パソコンだと、ゴミ箱の中身を捨てる時に「完全に消去してもよろしいですか?」って聞いてくれるけど、死ぬ時もそういうふうにちゃんと確認してくれたらいいのにね。あるいは、死んでも1回まではキャンセルできるみたいなルールにするとかさ。そしたら、お試しで3ヶ月ぐらい死んでみるのとかもいいかも。

春日 で、「なんか思ってたのと違うからやめます」とか言ってね

穂村 まわりの皆がどのくらい悲しんでくれてるかとか、自分の死後の様子を見てから本当の遺言書を書いたりできるしね。ちょっとうっとりしながら、「僕が死んだら誰が泣いてくれるかな」みたいなことを考えてしまうね。

春日 それ、ほとんどリストカットする人の思考だよ。

穂村 そうなの? お試し的な?

春日 まわりがどのくらい反応してくれるかを見ているわけだよね。だから、わざわざ写真に撮って送りつけてきたりするわけ。

穂村 そういうこともあるんだ……。お医者さんって、そういう時どうリアクションをするのが正しい姿なの?

春日 まあ、心配はするよね。相手がそれを求めているということもあるし。ただ、あまり心配しすぎても調子に乗ってしまって良くない面もあるから、そこはさじ加減が必要だけど。で、その行為が「あなたらしくないよ」ということを伝えつつ、そっちに行かないよう、患者に合わせていろいろ言葉をかけていく感じかな。本当は「あなたらしい」行為なんだけど、あえて「あなたらしくないよ」って言い方でアプローチしていくのが精神科医の戦略でさ(苦笑)。

年をとってから突然化けるパターンってある?

穂村 死ぬ前にする後悔といえば、「⚫︎⚫︎するまでは死ねない」みたいな考え方があるよね。⚫︎⚫︎を見るまでは、とか、⚫︎⚫︎を食べるまでは、みたいなの。

春日 「死ぬまでに行きたい絶景スポット」とか「死ぬまでに見たい最高の映画」みたいな企画は、枚挙にいとまがないもんね。なんだろうな、俺の場合はさ、自分に対して何1つ自信を持てないところが問題なんだよ。それがなくならない限り、ずっと「まだ死ねない!」と思い続けるのかもしれない。俺はまだ本気出してないぞ、って(笑)。とっておきの、まだ出していないネタとかもあるしさぁ。あと、年取って突然化けるパターンもあるわけじゃん。

穂村 年取ってから傑作をものにする作家とかいるもんね。あるいはアメリカのSF作家ロバート・シルヴァーバーグみたいに、病気で失速した後、復活して名作をバンバン書いて「ニュー・シルヴァーバーグ」と呼ばれるようになったり。あれはそんなに年取ってからの話ではないけど。先生も、これからそういうモードが来そうな予感がある?

春日 予感というより、願望かもしれないけどね。結局、ワケの分からないこだわりとか、必要のない不安とか、そういうものが足を引っ張って書けないだけなんだと思うけど。でも達観して、それがふっと取れると、怒涛のように素晴らしい作品を連発できるんじゃないか、みたいな期待はついしてしまう。

穂村 年輪を重ねた分、作品にも深みが出るかも、みたいな考え方もあるもんね。

春日 そう思いたいけどね。パワーはなくなったけど、その分味わいが、とかさ。でも、死に近づくということが、円熟なのか衰えなのか、よく分からないところってあるわけじゃん。で、衰えていく方には絶対なりたくない。

穂村 でも、シビアなことを言うと、現実的には円熟の方ははっきりしないというか、受け手次第なところもあるけど、衰えること自体は間違いがないと思うんだよね。

春日 耳が痛いね(苦笑)。

穂村 「老いる」というのは、死を強く意識するということでもあるよね。それで言うと、老いに限らず自分の死期が近いことを知ることで、作品のクオリティが上がるみたいなこともあるのかな。親しかった人でいうと、一緒に本を作ったこともある漫画家・イラストレーターのフジモトマサルさん(1968〜2015年)がまさにその状態で、病気で死を強く意識していたであろう最後の5年間は、もう作品の完成度がどんどん高まっていってた。

春日 場合によっては、虚無的になって描けなくなるみたいなことだってあり得るのにね。

穂村 そうなんだよ。メンタルが強いというか、話していると、来週はこの映画を見るとか、着たい服の話とかよくしててさ。亡くなる前の週だったかに、電気カミソリを買ってたからね。自分の残り時間が分かってしまったら、僕なんかすべてがユルユルになっちゃって、とても自分の美意識を貫くことはできないと思う。彼みたいに、最後の最後まで意志を強く持って生きるなんてことは、自分にはとても無理だと見てて思ったよ。

自己肯定感があれば、後悔なく死ねる?

穂村 そういえば、作家の高橋源一郎さんが、若い頃より死ぬのが少しずつだけど怖くなくなってきた、と何かで書いてたな。仕事に限らず、たくさん経験を積んだことで、わだかまりとか執着が少しずつ薄れてきた、みたいなことなのかな。こうした心持ちを極められれば、死を前にしても後悔しないかもしれないね。あと、渡部昇一だったかの本には95歳を超えると死ぬのが怖くなくなるらしいからそこを目指すって書いてあった。

春日 でも、俺なんて高橋さんと年齢が同じだけど、全然そんなふうに思えないけどね。だから、この先もどうにかなるという気がまるでしないんだよなぁ。

穂村 それは、いわゆる自己肯定感みたいなものが持てない、ということ?

春日 そうだね。俺が書くものは、誰もが素晴らしく美味しいと思うような「美食」足り得ない、という感覚があって。どちらかというと、ジャンクフードとか珍味みたいな存在だと思ってるからさ。医者だけど文学とかのことにも言及するキッチュな存在としての需要、みたいなのはすごく自覚しているわけ。で、「それでもいいじゃないか」と自分に言い聞かせてきたし、ある程度納得もしてるんだけど、突然それがすごくイヤになる瞬間があるのよ。所詮俺はイロモノで終わるのかよ、って。そうなるともう、死んでも死にきれない、みたいな感情が生まれてくるわけ(笑)。

穂村 自己肯定感みたいなものって、個人差もあるんでしょ?

春日 まあ、そうだね。

穂村 他人は関係なく、自分が良いと思えればそれで良い、というか。短歌の世界で言うと、塚本邦雄(1920〜2005年)なんかは、活動していた当時の感覚では異端としか言えない作風だったけど、むしろそのことによって自己肯定していたようなフシがある。あらゆるジャンルにおいて、世間の大多数が良しと思うことと自分がイコールであることを喜ぶ人もいるけど、彼はそれを強く拒否して、自分こそが、文学のあるべき姿、文学の本当の中心であるという強烈な自負があったと思うんだ。だから「負数の王」って言われてたよ。

春日 俺もそこまで超然とできたらいいんだけどね。

穂村 現代においては韻文はそもそもマイナーだからね。でも、翻って自分のこととして考えると、もっと個人的な形での「自分さえ良ければそれでいい」なんだよね。前回言ったみたいに、理想の個人図書館とか、自分の中で完結する、安らかでノイズのない場所をイメージできさえすればいい。その程度のものなんだよね。

春日 俺の場合は、自己肯定っていうのもあるんだけど、母親というのが未だに大きな存在でさ、自分が書いたものを彼女に褒めてもらえるかどうか、というのも大きいんだよね。もう死んでるから、現実にそれは不可能なんだけどさ。

穂村 褒めてくれるのは、他の人じゃ駄目なの?

春日 うん。で、その母親の愛情というのは、いわば「取引」なんだよね。こっちが成果を上げなければ、その分愛情は貰えないというシステムなの。

穂村 いわゆる「無償の愛」じゃないってことね。

春日 そうそう、親子だけど有償なんだよ(笑)。と冗談のように話しているけど、これはけっこう本気で思ってるんだよね。結局、俺は一生母親から逃れられません、って話なのかもしれない。というわけで俺は、今のところ後悔なく死ねる気がまったくしないんだよね。

アンチエイジング時代の「死」

春日 最近の一部の男性週刊誌とか読むとさ、「熟年でもSEX現役」みたいな記事がバンバン載ってたりするし、シニア向けの出会い系アプリとかもあるらしいね。モード的にアンチエイジング全開というか、ベクトルとしては「老いて死を受け入れる」みたいな感じではなくなってきている気がする。

穂村 若い時は、いわゆる「知識」も、海外旅行とか男女交際といった「経験」も圧倒的に少ないわけだよね。だから、飢餓感があるのはわかる。でも、今は寿命が延びたことも関係あるのかもしれないけど、そうした状態が若者の特権ではなくなってきているような感じがあって。昔はもっとナチュラルにお爺ちゃんお婆ちゃんになっていたような気がするんだけど、今はそうじゃないよね。かつては、老人は縁側で日向ぼっこみたいなイメージがあったけど、今は恋愛もすれば、別に海外旅行だって何歳になったって行けちゃうわけだしさ。あと昔は、今みたいに老人になってから持ち物が増えていくようなことはなかったと思うんだ。

春日 深沢七郎(1914〜87年)の短編小説に「楢山節考」(新潮文庫『楢山節考』収録)という姥捨山の話があるけど、あれに出てくるお婆ちゃんも、もうじき山に行くっていうので、物をどんどん少なくしていたよね。歯が生えてるのも恥ずかしい、みたいなことまで言ってて、すっごいミニマリストなの。で、石臼かじって前歯を折ったりして、もう壮絶。

穂村 それは凄いね。逆に、現代では歯がすごく大事にされているよね。歯が多いほどボケにくいとか、「老人はむしろ肉を食え」みたいなことが盛んに言われているし。でも、アンチエイジングという言葉や概念もだいぶ浸透したけど、やっぱり根本的には無理のある話だよね。

春日 やっぱりセックスしたいのかねぇ。俺、若い頃は、年寄りはセックスしないもんだと思ってたもん。でも老人ホームとかでも、嫉妬から殺し合いみたいなのに発展したりすることもあるみたいだし、やっぱり老いてなお盛んってことなのかな。だいたいさ、今回の新型コロナウイルスの影響で、マスクやらトイレットペーパーが品薄になったことがあったけど、あれって老人たちが率先して早朝から行列に並んでは買い占めてたわけだよね。その是非はともかく、昔はそういうのはもっと若い人たちの役割だったと思うんだけど。

穂村 昔取った杵柄だよ。さすがに戦後の買い出しって層はいないだろうけど、オイルショックん時はトイレットペーパー買いに走ったんだぞ、みたいな。あれを見ていると、サバイバル力すごいなって思うよ。

春日 「終活」って言葉が一般的になったのって、ここ10年くらいだと思うんだけど、老人が元気だし欲望も尽きないからこそ、そうやって「老い」を、そう遠くない「死」というものをわざわざ実感する契機を作らなければならなくなった、みたいなことも言えるかもしれないね。

(第6回に続く)

春日武彦✕穂村弘対談
第1回:俺たちはどう死ぬのか?春日武彦✕穂村弘が語る「ニンゲンの晩年」論
第2回:「あ、俺死ぬかも」と思った経験ある? 春日武彦✕穂村弘対談
第3回:こんな死に方はいやだ…有名人の意外な「最期」春日武彦✕穂村弘対談
第4回:死ぬくらいなら逃げてもいい。春日武彦✕穂村弘が語る「逃げ癖」への疑念

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春日武彦(かすが・たけひこ)
1951年生。産婦人科医を経て精神科医に。現在も臨床に携わりながら執筆活動を続ける。著書に『幸福論』(講談社現代新書)、『精神科医は腹の底で何を考えているか』(幻冬舎)、『無意味なものと不気味なもの』(文藝春秋)、『鬱屈精神科医、占いにすがる』(太田出版)、『私家版 精神医学事典』(河出書房新社)、『老いへの不安』(中公文庫)、『様子を見ましょう、死が訪れるまで』(幻冬舎)、『猫と偶然』(作品社)など多数。
穂村弘(ほむら・ひろし)
1962年北海道生まれ。歌人。90年、『シンジケート』でデビュー。現代短歌を代表する歌人として、エッセイや評論、絵本など幅広く活躍。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、連作「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』、エッセイに『世界音痴』『現実入門』『絶叫委員会』など多数。
ニコ・ニコルソン
宮城県出身。マンガ家。2008年『上京さん』(ソニー・マガジンズ)でデビュー。『ナガサレール イエタテール』(第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品)、『でんぐばんぐ』(以上、太田出版)、『わたしのお婆ちゃん』(講談社)、『婆ボケはじめ、犬を飼う』(ぶんか社)、『根本敬ゲルニカ計画』(美術出版社)、『アルキメデスのお風呂』(KADOKAWA)、『マンガ 認知症』 (佐藤眞一との共著・ちくま新書) など多数。

漫画&イラストレーション:ニコ・ニコルソン
構成:辻本力
編集:穂原俊二
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