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菅総理「矢継ぎ早の指示」に盲点。官僚たちの反乱が命取りになる訳

9月16日に就任するや、さまざまな問題解決に向けスピード感を意識した動きを見せ続ける菅義偉新総理。そんな首相が政権運営の旗印として掲げる「縦割り行政の打破」ですが、その厚い壁に穴を開けることは可能なのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、そもそも縦割り行政の弊害を打破するために構想された内閣人事局を、官房長官時代の菅氏が官僚を意のままに操る「武器」として用いた事実を改めて紹介するとともに、新総理に人がついてこないであろう理由を考察しています。

早々の指示連発で実務派宰相の本領…なのだろうか?

就任早々、菅義偉首相は矢継ぎ早に指示を出した。河野太郎・行革担当相には「縦割り打破で規制改革」、平井卓也・デジタル担当相には「デジタル庁新設」、田村憲久・厚労相には「不妊治療への保険適用」を、といった具合だ。

もちろん、国民受けする持ちネタ、携帯料金大幅値下げへの期待感に再び火をつけることも、さらさら怠りない。

スピーディーな采配、その意気やよしだが、考えてみれば、7年8か月も安倍官邸の番頭として政治全般に目を配ってきたのだ。目先、なにが具体的に必要か、日本で一番知っている立場のはずである。安倍前首相を差し置いてまでとはいわないが、今になって号令をかけている諸政策のなかには、官房長官として、できたことがいくつもあるだろう。

なにしろ、安倍前首相は「3本の矢」だの「女性活躍」だの「1億総活躍社会」だのと抽象的なスローガンを並べ、“やってる感”の演出に憂き身をやつしてきたのだ。その足らざるところを、効果的な具体策で埋め合わせできたはずだ。

官庁の縦割り打破。大いにやらなければならないことで、菅首相の最も得意とする分野だが、これも、長い官房長官在任中に、もっと進められたのではないか。

もちろん、水害対策に、国交省管轄の多目的ダムだけでなく、経産省管轄の水力発電所、農水省管轄の農業用ダムも利用するようにしたのは、菅官房長官の功績であろう。省庁に横ぐしを刺して行政を効率化するという、この十数年来言われ続けてきた改革の実践例の一つだ。これ以外にもあるのかもしれないが、菅首相の口からこぼれ出るのは、もっぱらこの手柄話である。

さて、菅首相発案「縦割り110番」の開設を仰せつかった河野大臣は、「こんなのすぐやれる」と自分のサイトに「行政改革目安箱」をつくり、どうだとばかりに、フットワークの軽さを見せつけた。広く意見を募集したのはいいが、あっという間に4,000件もの声が押し寄せ、読み切れないため一時ストップを余儀なくされた。

たしかにこれも一つのアイデアで、国民を巻き込んで意識を高めるといえば聞こえがいいが、なかにはパフォーマンスと受け取るつむじ曲がりもいておかしくない。

もともと、内閣人事局は、縦割り行政の弊害を打破するために構想されたものである。

2009年5月、麻生政権下の内閣官房行政改革推進室が出した「行政改革~これまでの取組み」という資料に、以下の記述がある。

縦割り行政の弊害を排除し、幹部職員等について適切な人事管理を徹底するため幹部人事の一元管理を導入。これとともに、政府全体を通ずる国家公務員の人事管理について説明責任を負う「内閣人事局」を内閣官房に設置

官邸が、幹部官僚人事を掌握することによって、省庁の垣根をこえた行政を進めやすくするのが目的である。この目的を理解し、省益より国益を重視しているとおぼしき官僚を重用し、会議体をつくるなどしていれば、今よりはるかに改革は進んでいたはずだ。

ところが、2014年5月30日、実際に安倍政権が設けた内閣人事局は、もっぱら幹部官僚の人事を牛耳ることに力点が置かれた。さっそく、菅官房長官が新たな武器を行使したのは、その翌年のことだ。

当時の総務省自治税務局長、平嶋彰英氏(現・立教大学特任教授)は事務次官候補と目された人材だが、2015年7月、自治大学校の校長に異動を命じられた。

異例の左遷人事。その原因は、菅官房長官を怒らせたことだという。2014年の夏以降、自治税務局長として平嶋氏は菅長官のもとをたびたび訪れ、「ふるさと納税」について意見を具申した。「ふるさと納税」は言うまでもなく、第一次安倍政権下で総務大臣をつとめた菅氏の自賛してやまない政策だ。

返礼品が豪華になる一方で金持ちばかりが得をする制度に疑問を感じた平嶋氏は、自治体に返礼品の自粛を求める案を菅官房長官に進言したが、「水をかけるな」と叱られたらしい。

9月19日のアエラ・ドットには、自治大学校に異動する直前の、高市早苗総務相(当時)との会話が以下のように記されている。

「ふるさと納税で菅さんと何がありましたか?」

「去年、菅さんのところに行って怒られて。あの時の件です」

「用事を見つけて行ったらどうですか。会っているとそのうち気がほぐれるものだから」

菅長官の異動方針を知った高市大臣が平嶋氏を案じ、菅長官に会いに行ったらどうかと勧めている場面のようだ。平嶋氏はよほど気骨のある人物とみえ、高市大臣の言うとおりにしなかった。その結果が、左遷である。霞が関にこの件が知れ渡り、高級官僚たちを震え上がらせたのは想像に難くない。

アエラの記者に語ったのであろう、平嶋氏の菅人事に対する見方はこうだ。

「とにかく『軍門に下らない官僚』という例外は許しません。徹底しないとなめられると思っているのでしょう。それでは人は付いてこないと思います」(アエラ・ドット

こうして、菅長官に直言した者は去り、覚えめでたき官僚が重要ポストに多く就くことになった。新内閣に留任した和泉洋人総理補佐官、北村滋国家安全保障局長はその代表格であろう。

第二次安倍政権発足時に菅官房長官の秘書官をつとめ今では警察庁次長に出世している中村格氏も、菅人事の恩恵にあずかった一人だ。レイプ疑惑で元TBSワシントン支局長、山口敬之氏を逮捕する寸前に逮捕状執行をとりやめさせた一件は、警察の信用を貶めた。

山口氏は安倍首相のヨイショ本を書き、菅長官がTBS退職後の就職の面倒までみた人物。この一件には北村氏も関与している疑いがある。

加計学園の獣医学部新設計画では、和泉洋人首相補佐官が動いた。前文部科学事務次官、前川喜平氏を2016年9月から10月にかけ何度か官邸へ呼び出し、「総理は自分の口から言えないので」と、獣医学部新設を早く認可するよう促した。

前川氏は、獣医学部新設について「安倍首相のご意向」と書かれた文科省の文書を本物と証言して官邸の怒りを買った。「前文科次官、出会い系バーに出入り」という三流週刊誌なみの記事を読売新聞に書かれたが、これも北村氏や中村氏ら菅長官の息のかかった警察官僚が関与していたと見られている。

官僚天国を終わらせ、政治主導にするという課題に、民主党政権は稚拙なやり方で取り組んだために失敗した。安倍政権では官僚の人事を握り信賞必罰を徹底することで、形だけはある程度実現したが、ホンモノの政治主導といえるかどうかは評価が分かれるところだ。

平嶋氏の言うように「軍門に下らない官僚は許さない」という姿勢で、政治と官僚組織の間に本物の信頼関係が生まれるとは思えない。恐怖感を植えつけて官僚を意のままに動かそうとしても、官僚組織から生まれるアイデアは、例えばアベノマスクのような愚策であろう。

デジタル化の遅れが指摘されて久しいが、安倍政権は何ら手を打ってこなかった。平井卓也デジタル相の言う「デジタル敗戦」に至るまで放置していた責任は安倍前首相と菅現首相にあるが、報復人事を怖れ、忖度と保身に明け暮れる官僚組織に、デジタル化推進のエンジンが不在であったことも大きな原因だ。

具体性のある政策を閣僚に指示して、勢いよくスタートダッシュを切ったように見える菅政権。されど、官僚のやる気を引き出す政策も同時に進めない限り、やがて息切れするだろう。

image by: 首相官邸

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