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俺を誰だと思っている。菅首相がNHKキャスターに凄んだ「前科」

武田良太総務相の度重なる受信料値下げ要求等々、菅政権のNHKに対する「圧力」が目に余る状況となっています。その裏にはどのような思惑が潜んでいるのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、菅首相が所信表明演説を行った夜に起きたある出来事とその後日譚を詳らかにしつつ、政権の「真の目的」を探っています。

受信料値下げ圧力を利用してNHKの報道に介入する菅首相

携帯料金と同じくNHKの受信料も、値下げに反対する人は誰もいないだろう。

公共の電波を割り当てる大元締めの武田良太総務相は、ことNHKに対して、すこぶる威勢がいい。

「NHKも考え直さなければならない点はたくさんある。余剰金の問題とか。コロナ禍において、家計の負担を減らす受信料の値下げから着手するのが公共放送としてのあるべき姿だ」(11月12日衆院総務委員会)。

頼もしい限りではないか。NHK改革に熱心だった高市早苗前総務相も本腰では踏み込めなかった受信料値下げを、菅首相の後ろ盾で果敢にやり遂げようという心意気とみえた。

それなら、この10月のような月100円足らずというのではなく、ドンと4割くらい値下げをと、期待したのだが、それもつかの間、武田総務相はこんなことを言い出した。12月17日、放送協議会運営委員会での講演。

「コロナを乗り切るまででも良い、自ら何かをやる気持ちがなければNHKは国民から厳しい審判を受ける」

この意味するところは、NHKはコロナが収束するまでの時限措置でもいいから受信料の引き下げを検討せよということらしい。

おやおや、早くもトーンダウンの気配。えらそうに言っても、とどのつまりは中途半端なところでおさめるつもりか。

いやまてよ。筆者の疑い虫が動き始めた。菅政権はどこまで本気で受信料値下げに取り組んでいるのだろうか。値下げ圧力の裏には、何か他の目的があるのではないか。

NHKが問題の多い組織であることは確かだ。たとえば、まるで税金のように国民から受信料を徴収して年間7,300億円を稼ぎ、利益は220億円、余剰金たるや3,700億円もあるというのに、他国と比較して高額な受信料にしがみつく。

しかも、「親方日の丸」の特権経営を許されていながら、子会社、関連会社、公益法人を多数擁するコングロマリットを形成。恒常的に下請け仕事をもらう配下の番組制作会社、出版社、ビデオ販売会社などが、巨利を積み上げている。

その強欲体質を問題視するのは当然のことだが、安倍政権以来の会長人事、経営委員会メンバーの人選をみていると、素直に、国民のためのNHK改革を進めようとしているとは、とても思えない。NHK改革に名を借り、高い受信料、多すぎるチャンネル数、儲けすぎ…洗い出せばきりがない改革課題をつきつけて締め上げることによって、言論を統制していこうとする意思が垣間見えるのである。

言うまでもなく、NHKは政府の広報宣伝機関ではない。国民から受信料を徴収し、市民社会の「公共」を守るために存在する。求められる「公平・中立」とは、あらゆる党派・主義に偏らないとともに、政府にも隷属しないということである。戦前のように国家権力が暴走することのないよう、市民の側から監視する。それこそが放送法に謳う「自律の保障」であろう。

それをいっさい理解しようとせず、政権のいいなりになるよう圧力をかけ続けてきたのが、安倍政権であったし、その中心にいて、恫喝まがいなやり方でマスコミの政府批判を封じ込めてきたのが、現首相、菅義偉氏である。

最近も、NHKの報道番組に出演した菅首相の凄みのある形相に局のスタッフが震えあがる瞬間があった。

10月26日、菅首相が所信表明演説を行った夜に生出演した「ニュースウオッチ9」でのことだ。有馬嘉男キャスターは、型通り、所信表明演説の中身について質問していったが、その当時、最もホットなテーマだった日本学術会議の任命拒否問題に触れないわけにはいかない。菅首相が嫌がることはわかっていたが、報道番組のつとめである。有馬キャスターは慎重に言葉を選んだつもりだった。

「学術会議の問題については、いまの総合的、俯瞰的、そして未来的に考えていくっていうのが、どうもわからない、理解できないと国民は言っているわけですね。それについては、もう少しわかりやすい言葉で、総理自身、説明される必要があるんじゃないですか」

菅首相の顔色が変わった。反政府的発言をしたから6人の任命をしなかったとは、口が裂けても言えないのだ。

「説明できることと、できないことって、あるんじゃないでしょうか。105人の人を学術会議が推薦してきたのを追認しろと言われているわけですから。そうですよね?」と、こぶしで机をたたくような仕草をして、有馬キャスターをにらみつけた。

これだけなら、一時的な苛立ちということで終わる。ところが、そうはいかなかった。「週刊現代」11月14日・21日号に、その翌日の出来事が書かれている。

報道局に一本の電話がかかってきた。

 

「総理、怒っていますよ」

 

「あんなに突っ込むなんて、事前の打ち合わせと違う。どうかと思います」

 

電話の主は、山田真貴子内閣広報官。お叱りを受けたのは、官邸との「窓口役」と言われる原聖樹政治部長だったという。

菅首相が電話するよう指示したのだろう。第一次安倍内閣の総務大臣だったころからNHK改革を唱えてきた菅首相のこと、自分の思い通り、楽に答えられるインタビューでなければ我慢ならないようだ。

有馬キャスターが厳しい質問をぶつけたわけでも何でもない。あの時期、あの質問をしなければ逆にキャスターとしての資質が問われるに違いない。ごくふつうのことを穏やかな口調で聞いただけである。

それでも、菅首相は有馬キャスターを鋭い眼光でにらみつけた。2014年7月の「クロ現」生放送で、集団的自衛権行使容認について国谷裕子キャスターが質問したことに菅氏が激怒し、杉田官房副長官らの圧力で国谷キャスターの降板にまでつなげた剛腕は今も局内で語り草になっている。あたかも、俺を誰だと思っている、おぼえておれ、といわんばかりの形相を、有馬キャスターはどんな心地で見ていたのだろうか。

坂井学官房副長官が12月5日夜、ホテル内の飲食店で、熊谷亮丸内閣官房参与(エコノミスト)に語ったとされる以下の発言は、菅首相の考えを代弁したものであろう。

「所信表明の話を聞きたいといって呼びながら、所信表明にない学術会議について話を聞くなんて、全くガバナンスが効いていない」

これを聞いて思い出すのは、一昨年、かんぽ生命不正販売問題を真っ先に報じたNHKに対し、「ガバナンスが効いていない」と経営委員会に猛抗議して、会長に「厳重注意」をさせた日本郵政の上席副社長(当時)、鈴木康雄氏の傲然たる姿だ。

報道や制作の現場で、キャスターやディレクターが、会長ら経営陣の指図を受けず、表現や言論の自由を全うしようとするのはあたりまえのことである。会長らの介入をガバナンスと称し、それを報道機関に求めるのは心得違いも甚だしい。

もし、坂井副長官が望むように、質問の中身さえ、政治権力に縛られるとなれば、もはや報道機関とはいえない。

NHKは受信料大幅値下げをさっさとやって、遠慮なく菅政権に物申してもらいたい。

image by: 首相官邸

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