菅首相はトークも危機管理もキャラもダメ。宰相が絶望的な日本の不幸

reizei20210126
 

主要新聞社の世論調査でも軒並み40%を下回るなど、菅首相の支持率低下が止まりません。自民党内では圧倒的な強さで総裁選を制した菅氏ですが、国民の心を繋ぎ止められなかった理由はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、菅首相が抱える3つの問題点を指摘。さらに「前任者」の方がまだキャラが立っていたという感覚が広がっている現状を「危険なこと」と断言しています。

問題は総理大臣の作り方にあるのでは?

菅総理の人気が低下しています。まあ「仮定の質問には答えない」とか「お答えは差し控えます」「見守って行きたい」では、どんどん燃料を投下しているようなもので、炎上上等という覚悟というよりも、もっと投げやりな感じもあります。

問題は、ご本人は別に投げやりでもなく、「答えを差し控えて見守って」行くのが正しいと思っているのですから、これは絶望的です。とにかく問題は総理大臣というのが選ばれるだけでなく、その候補も含めて「どうやって総理大臣を作って行くのか」ということまで考えないとダメだと思うのです。

今回は3つ問題提起をしたいと思います。

1つは、まずパブリックスピーチ力の底上げという問題です。現代の日本語というのは、非常に特殊な言語になっていて、プライベートな空間、つまり自分と相手との間に「密」な共通理解があって、その暗黙の共通情報については既知のものとして言語化しないわけです。

その上で、コンテキストに依存した、つまり「高コンテキスト」な状態を維持しながら、非常に省略を利かせた会話をするわけです。そうすることによって、初めて極めて高度なコミュニケーションが成立します。

政治家というのは、そのような「あうんの呼吸」による密室言語のプロであるわけです。だからこそ総理総裁にまで上り詰めたわけですが、坂の上には「雲」ではなく、上り詰めた坂の上に立った瞬間に、全国民の注目を浴びて、全国民に向けて語りかけないといけないわけです。

この落差というのは猛烈です。それこそ人形劇の人形使いが、一瞬のうちにヒナ壇に座らされて、アドリブでお笑いマシンガントークをさせられる、そのぐらいの落差があるわけです。いや、落差はもっと大きいかもしれません。

総理になる直前までは

「例の件は、その線で」
「いや、和歌山の御仁がうるさいのでその線は」
「いや、そっちは何とかする」
「結構です。ではそういうことで」

的なコミュニケーションをやっていて、それが上手なので総理になったわけですが、総理になった途端に「さあ全国民に向けて喋ってください」と言われても困るわけです。

ちなみに、官房長官の会見というのは、あれは台本のある話芸ですし、望月ナントカ記者との掛け合い漫才もネタですから、本当のガチンコではなかったわけで、総理に要求されるスキルというのは、全く次元が違うわけです。

これは政治家の問題だけではありません。日本の結婚式の式辞とか、社長の訓示というのは、だいたい平凡で退屈と相場が決まっています。これも、パブリックスピーチ力の文化がないので、台本に則って適当に喋っているからです。恐ろしいのは教育者でもそうだということで、無理して管理職になった校長教頭のために朝礼でのスピーチのネタ本なども出回っているぐらいです。とにかく、政治家だけでなく、社会全体におけるパブリックスピーチ力の底上げをしなくてはなりません。

print
いま読まれてます

  • 菅首相はトークも危機管理もキャラもダメ。宰相が絶望的な日本の不幸
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け