開幕まで1ヶ月を切ったものの、先日確認されたウガンダ選手団2人以外にも、来日した関係者4名が新型コロナウイルスに感染していたことが発覚するなど、混乱の兆しが絶えない東京五輪。丸川五輪相は感染対策の一環として、食事会場にアクリル板を設置した上で監視員を配置し、選手や報道陣に会話を控えてもらうとしていますが、果たしてそれは「悪手」とはならないのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、「このアイディアはかなり難しい」として、4つの問題点を指摘。さらに英語を話さない人にしか監視員を任せられない理由を挙げるとともに、その導入が日本にもたらす弊害を記しています。
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五輪の食事会場に「監視員配置して会話禁止」、どう考えても不可能
五輪担当の丸川珠代大臣は5月13日の国会(参議院の内閣委員会)で、東京五輪・パラリンピックの新型コロナウイルス対策として、「選手や大会関係者に求められる行動管理や感染予防策の実効性を高める」ために、「監視員」を設置することを表明したそうです。
通信社等の報道によれば、丸川大臣は「息苦しい思いをすることになるかもしれないが、お互いのコンディションを守ることにつながる」というコメントもしています。尚、同じ報道によれば、選手村や報道関係者の食事会場ではテーブル上にアクリル板を設置し、会話を控えてもらうなどの対策を徹底する方針だそうです。その上で「こうした場所に監視員を配置する」計画だと報じられています。
このアイディアですが、かなり難しいと思います。4つ指摘したいと思います。
1点目は、欧米だけでなく、アジアやアフリカも含めたグローバルな社会では、食事と会話を切り離すことはできないということです。家族やカップルだけでなく、友人や知人同士での食事もそうですし、特にスポーツ選手がチームメイトや、コーチ、スタッフなどと食事をする、あるいは対戦相手と食事をするような場合にも、会話を楽しみ、お互いを知る社交の機会として食事というのは位置づけられています。
例えば、「個食」であるとか、「食事中は私語禁止」といった文化は皆無ですし、そもそも五輪への参加という中で、選手村での交友を広げることは、多くのオリンピアンに取って極めて重要な目的になっています。とにかく、食事中の会話禁止といった「感染対策」については、事前に詳しく説明して徹底的に納得させるにしても、そもそも納得させるということが困難を極めると思います。
一部の地域では、食事の場面というのは食事を共にする人同士のプライバシーだという考え方もあります。宗教的な理由から、食事の様子を撮影されたり、他人に覗かれることへの強い抵抗感を持つ場合もあり、そもそも「監視員」などという発想は成立しないかもしれません。
2点目ですが、アジアはともかく、アメリカやEUでは、コロナ感染拡大を阻止するために、飲食店における「会話禁止」「マスク会食」「アクリル板」といった対策が取られたことはないと思います。少なくともアメリカではほぼ皆無です。
勿論、飲食店の屋内営業を禁止したことはありましたし、州により詳細は異なりますが、屋内営業を許可した場合に、定員の50%とか25%といった規制がされた時期はありました。また、アクリル板については、スーパーマーケットのレジに設置されたことはありました。
ですが、飲食店における「会話禁止」などというのは、そもそも「それでは飲食店に行く意味がない」ことになります。更に「食べる時はずらして、会話の時は戻す」というマスク会食などという習慣は、全くありません。保健行政や専門家が推奨したこともありません。
アクリル板に至っては、仲間同士が会食する場合に、その仲間同士を隔てるアクリル板などというのは、少なくともアメリカ人は許容しないと思います。と言いますか、そもそも見たことはないわけで「刑務所の接見か?」というような不満が出てくる可能性は十分にあります。
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3点目ですが、これが最も重要です。例えばですがアメリカの場合は、基本的に「ワクチンをフルに接種」した、つまりファイザーやモデルナのワクチンの場合は、2回接種して2回目の接種から15日経過した人同士であれば、会食時にマスクを外しても良いことになっています。
特にバイデン大統領は、接種率を上げて7月4日の独立記念日には、「ウィルスからの独立」を祝うとしています。この「ウィルスからの独立」というのは、ワクチンによる抗体に守られて「マスク無しのBBQパーティー」や「花火見物」を楽しむという意味だと受け止められています。これを実現するために、巨額の予算が投じられ、医療従事者から軍隊まで動員して、1日300万件の接種を必死になって行っているのです。
EUでも、ワクチン接種者には「ワクチン・パスポート」というアプリで、接種履歴をQRコードで表示させることで行動の自由を保障するという検討が進んでいます。
その上で、五輪の選手団はIOCの方針によって全員が接種を済ませて参加するのが原則となっているわけです。にもかかわらず食事会場で厳しい規制を受けるとなると、強い反発が起きる可能性があります。
4点目は、「バブル方式」との違いです。「バブル方式」というのは、2019年から2020年のシーズンにおいて、アメリカのプロバスケットボール「NBA」が採用した隔離政策です。これは、極めて長期にわたって全国の球団をフロリダ州のオーランドにある、ディズニー・ワールドの施設に隔離し、徹底的に感染防止を行う中で、バスケットボールの公式戦からポストシーズン戦までをやってしまうという大規模な隔離作戦でした。
つまりバブル(球形の泡)の中に、選手、コーチ陣、関係者、その家族を全部囲い込んでしまい、その人々には、そのバブルの中では比較的自由な生活をさせる一方で、外部との交流は徹底して遮断するという措置です。勿論、問題はゼロではなく、選手達の反発もかなりありましたが、曲がりなりにもシーズンの終わりまで「完走」させることには成功しました。
今回の東京五輪については、選手村、練習施設、大会施設だけを徹底して隔離し、選手や役員にはそれの「バブル」の外へ出る行動は禁止するもの、海外の選手達はそのような理解で来日することが予測されます。基本はそれで良いわけですが、その場合に「バブルの中」であるはずの食事会場で「会話禁止」とか「アクリル板」ということになると、これでは隔離の意味がないわけで、この点に関してはワクチン接種済みという問題とは、また別の角度から反発を受ける可能性があります。
ということで、この4点については、非常に難しい、やりにくい問題として横たわっているわけです。
更に全体的な構図として、このまま予定通り2021年7月の時点で五輪を強行すると、非常に難しい現象が起きてくるということです。
それは、「バブルの内側(海外からの選手・役員・報道などの関係者)」と「バブルの外側(東京都民)」の「意識の上での格差」ということです。「内側」の人は、まずワクチン接種をしていますから、自分たちはもっと行動の自由を与えられていいはずという思いを抱えています。その一方で「外側」の人は、ワクチン接種が進まず、変異株の恐怖を感じる中では、海外から参加する外国人には強い警戒感を持っています。
だからこそ、それを「目に見える形」にするため、つまり都民の世論の「安心」のために、選手村の食事会場での「会話禁止」とか「アクリル板の設置」などを、やらざるを得ないわけです。恐らく海外の報道関係者は、自分たちがその不便さを強いられる中で、必ずこの点を突いて批判してくるでしょうし、この「意識の上での格差」というのは大変な難しさとなって来ると思います。
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仮に「監視員」というのを置くとなると、こうした難しさというのはその監視員に「のしかかって」来ることは目に見えています。
仮に英語のできる監視員を配置するにしても、「日本ではワクチンへの不信が根深いので、接種を急ぐことができなかった。その上で、島国ということもあり、外国からの感染への警戒感も強い。そのため、科学的に合理的な範囲を超えて、東京都民の感情論をコントロールしないと、大会は日々激しい反対に晒されてしまうことになる。だから事実とか、科学の問題でなく、とにかくこの規制を理解して、受け入れて欲しい」などという正直ベースのお願いを真剣に、かつ信念を持って説明できるような人材はいないと思います。
また、下手に英語が出来る監視員であれば、それこそ海外の選手や報道関係者に説得されて「おっしゃる通りですね」などと引き下がってしまうでしょう。どうしても「引き下がるな」と命令されていて、会話が破綻しているのに押し通すような姿勢を通しては、生半可に英語ができる人に限って、日本のイメージを破壊して回るようなことにもなりかねません。下手をすると、口論などのトラブルも避けられないと思います。
となると、英語を話さない人にしか任せられないわけですが、その場合は、東京や大阪の「見回り隊」のように「プラカードを掲げ」るとか、「説明チラシを配る」などの無言対応になるわけで、そこで「意味不明な(関係性の危機をカバーする本能から来る)微笑み」を貫き通していれば、これもまた、日本のイメージを壊すだけだと思います。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)
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