MAG2 NEWS MENU

大臣を辞めて横浜市長選へ出馬の異常。小此木氏の背後に“ハマのドン”と菅首相の影

6月末に突如国家公安委員長の職を辞し、8月に投開票が行われる横浜市長選に「IR誘致反対」を公約に掲げ出馬する意向を表明した小此木八郎氏。菅首相の側近中の側近と言われる小此木氏が、首相の肝いりのIR誘致に否定的な立場を明らかにした裏にはどのような事情があるのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、「小此木氏が菅首相に反旗を翻した」との見方を否定するとともに、現職の林文子市長に代え、小此木氏を横浜市のトップに推す決断を下した菅首相の思惑を推測し解説。その上で、壮大な「出来レース」が繰り広げられている可能性を示唆しています。

国家権力と偏向メディアの歪みに挑む社会派、新 恭さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

【関連】「ハマのドン」激怒。横浜のカジノ誘致を強要した「黒幕」の正体

大臣を辞め横浜市長選に出馬する小此木八郎氏の事情とは

国家公安委員長は大臣がつとめ、警察庁を管理する重職だ。ことに現下、迫りくる東京五輪の警備を担い、その準備に追われているはずである。

しかるに、現職の国家公安委員長たる小此木八郎氏は、閣僚と国会議員の地位をかなぐり捨てて、横浜市長選に立候補すると言い出し、辞任した。自身の政治判断だという。

どういうことか。日本の市区町村トップ、378万人もの人口を誇る政令指定都市、横浜。その市長は、政治家の主観的なランクでは、国家公安委員長を上まわっているかもしれないが、あまりにも大臣の立場が軽んじられてはいないか。

決断の背後に、“影の横浜市長”といわれてきた菅首相がいるのは明らかである。「側近を失う菅義偉首相は痛手だ」(時事ドットコム)とか、小此木氏が菅首相に反旗を翻したとか報じるメディアもあるが、そんなことはあるまい。お互い、十分話し合ったうえでのことだろう。

小此木氏の父、彦三郎氏の秘書から横浜市議となり実力政治家への扉を開いた菅首相にとって、16歳年下の八郎氏は子供のころから知る弟のような存在だ。

現職の林文子市長は、菅首相の意をくんで、カジノを含むIR(統合型リゾート)の実現をめざしており、世論調査では市民の大多数がカジノに反対していることもあって、林氏が出馬しても勝てる見込みが薄いとみられている。

そこで、自民党神奈川県連会長でもある小此木八郎氏が担ぎ出されたというわけなのだが、だからといって小此木氏が林市長と違うところは何もない。

「私の最初の仕事はIRの誘致を取りやめることであります」。

6月25日の出馬会見で、小此木氏は早くも横浜市長になったかのように言ったが、実はカジノ推進派なのである。「IR自体は賛成だが、横浜では信頼が得られず、環境が整っていない」とも語り、環境さえ整えば姿勢転換もありうることを示唆した。選挙に勝つため、ひとまず「カジノ反対」を唱える。林氏と同じ姑息なやり方だ。

林氏は2017年の選挙でIR誘致の白紙化を掲げた。しかしそれは、IRが争点になることを避けるためにすぎず、当選から2年を経た19年8月には案の定、IRの誘致に乗り出した。この公約破りが市民の反発を呼び、不人気のもとになった。

林市長をそうさせたのも、そもそも菅首相のせいだ。安倍前首相が最高顧問を務めていた超党派のIR議連が、カジノ法案を国会に提出したのは2013年。その翌夏、当時の菅官房長官は夜の会合で、「候補地はお台場が有力なんですか」という政界関係者の問いに、「お台場は土地が狭すぎる。横浜ならできるんだよ」と語っていた。当然そのころまでには、林市長に考えを伝えていたはずだ。

実際、林市長が「IR導入は横浜の持続的成長に必要」とカジノ推進の姿勢を明確にしたのは2014年ごろからだ。

国家権力と偏向メディアの歪みに挑む社会派、新 恭さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

市長選のためにだけIR誘致を白紙化する欺瞞性が市民の不信を招くのは当然だが、そこに深く絡んでいたのは菅首相であろう。

安倍・菅のカジノ路線に従ったがゆえに、林市長は自滅への道を歩んだのだ。それをいまになって、あなたではダメだから小此木でいく、と言い渡されたに等しい。

菅首相にしてみれば、地元である横浜の市政を野党系に奪われたら自分の立場がない。衆議院選の結果にも響くのだ。しかし、それは勝手過ぎはしないか。いやしくも、国家公安委員長として適任だから小此木氏を任命したのではないか。ましてや、菅首相が変異コロナウィルスの危険に目をつぶって突入しょうとする東京五輪直前の、この時期である。

小此木氏はどう思っているのだろう。同じ神奈川でも政治家としての知名度では甘利明氏や河野太郎氏の後塵を拝していることもあって、横浜市長への転進は飛躍のチャンスと、とらえている面もあるに違いない。

小学生のころ、父、小此木彦三郎氏の秘書だった菅義偉氏に出会い、大学を卒業してすぐに自らも父の秘書になった。本来なら、建設大臣や通産大臣までつとめた父のもとでじっくり政治の勉強をし、色々な人に会って見聞を広め、器を大きくすることができたはずである。

ところが、26歳の時、父、彦三郎氏が非業の死を遂げた。余談になるが、その“最期”の場面に居合わせた筆者の知人の目撃談を記しておこう。

某企業の社員だった知人はその日、陳情のため同僚とともに衆議院議員会館を訪れていた。5階フロアを歩いていたとき、秘書とともに階段を降りてきていた小此木彦三郎氏に気づいた。左手に杖を持ち、右手を手すりにつけた彦三郎氏は突然、階段から足を踏み外し、体を一回転させるようにして、5段目あたりから5階の床に落下し、後頭部を激しく打ちつけた。驚いた知人はすぐに近くの事務所に駆け込み、救急車を呼ぶように頼んだという。

父を突然失った小此木八郎氏にとって、頼みとする人は、すでに横浜市議として頭角を現していた菅氏を置いてほかになかった。

菅氏は11年にわたり彦三郎氏の秘書をつとめ、永田町、霞ヶ関に人脈を広げていた。ただ、彦三郎氏存命中は、市議の領分より出過ぎたこともできなかっただろう。

恩人の死は辛く悲しいことには違いないが、菅氏が政治家として飛躍するための大きな転機にもなった。横浜市と国とのパイプ役を彦三郎氏に代わって菅氏がつとめるようになり、めきめきと実力を蓄えていった。

菅氏は小此木八郎氏を先に衆院選へ送り出し、中選挙区時代の彦三郎氏の地盤、旧神奈川1区で当選させた。そして自らは小選挙区制となった1996年の衆院選に神奈川2区から出馬し、初当選した。

菅内閣発足時、国家公安委員長就任の記者会見で、小此木氏は菅内閣の閣僚になることについての所感を問われ、こう答えている。

「昔のことを思えば夢にも思わなかった。コロナ禍収束に向けて一丸となる気持ちのほうが重要であって、それについて力を尽くしたい」

あまり二人の間のことを語らないのは、“武士の心得”か、それとも“照れ”か。菅氏への思いをひと言で表現するのは難しいだろう。

国家権力と偏向メディアの歪みに挑む社会派、新 恭さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

小此木氏がIR誘致の取りやめを打ち出したのは、当然、菅首相と話し合った末の結論だ。そこには選挙戦術ばかりではなく、ある人物との対立を避けた面がある。

横浜港運協会前会長、藤木幸夫氏。90歳。港湾荷役業「藤木企業」の会長にして横浜エフエム放送や横浜スタジアムの会長でもある。創業者である父、故藤木幸太郎氏や「田岡のおじさん」と慕う山口組の故田岡一雄氏らから男の生き様、義理人情の大切さを教え込まれ、港湾で働く人々をまとめて、ミナトの発展に尽力してきた。

自民党の二階幹事長を「兄弟分」と呼び、菅首相や小此木氏とも親しい。横浜港のドンと呼ばれるその人が、「山下埠頭をバクチ場にしない」と、IR誘致に猛反対しているのだ。

横浜市は「日本一大きい田舎」といわれる。18の区のうち都会といえるのは中区と西区で、大多数の横浜市民は郊外の住宅地などで暮らしている。ところが、カジノ論争など選挙の争点はもっぱら、利権や“しがらみ”のからまった中区と西区の話ばかりで、一般市民の意識とは甚だしく乖離している。それだけに、土地の有力者の市政への影響力もまた強いといえる。

2019年7月、カジノなしで国際展示場や高級ホテルを設ける独自の開発計画を推進するため「横浜港ハーバーリゾート協会」を設立した藤木氏は、記者会見でこう語っていた。

「菅さんとはとっても親しいですよ。彼も俺を大事にしてくれるし。ただ今立場がね、安倍さんの腰ぎんちゃくでしょ。安倍さんはトランプさんの腰ぎんちゃくでしょ…安倍も菅もトランプさんの鼻息を窺ったりね。さびしいけど現実はそうでしょ」

IRカジノ推進の背後に、「ハードパワーがある」と藤木氏は言い、トランプ、安倍、菅の名をあげて、黒幕たちの存在をにおわしていたのである。

横浜市の政財界に影響力のある藤木氏のような人物を敵に回すのは得策ではない、と菅首相や二階幹事長は考えたのだろう。IR誘致を明言してしまった林文子氏を推す選択肢は、その意味でもありえない。では、誰がいいのか。藤木氏と親友だった小此木彦三郎氏の息子、八郎氏なら、藤木氏をうまく懐柔できるのではないか。そんな腹が透けて見える。

横浜市は5月末、IR事業者を公募。「ゲンティン・シンガポール」「セガサミーホールディングス」「鹿島建設」の連合と、「メルコリゾーツ&エンターテインメント」「大成建設」の連合から応募があった。この夏には事業者が選定される運びになっているが、これを推進してきた林市長が立候補する可能性が薄いとなれば、先は甚だしく不透明だ。

今後の注目点は、藤木氏が「IR誘致はやめる」と宗旨替えした小此木氏につくかどうかだ。

藤木氏が会長を務める横浜港ハーバーリゾート協会の今年度総会で、「会長のまとめ」と題する資料が配布された。そこには、以下のような文言が記されている。

菅さんは秋田の人で、横浜の人でない

IRカジノは事業にならない。単なる博打場だ

それでも、やるというのは正気ではない

明らかな菅首相批判である。藤木氏と組むつもりで小此木氏が「IR反対」を唱え、大臣を辞めたのなら、当然、藤木氏は小此木氏を全面支援するだろう。

むろん、藤木氏が、小此木氏の背後に相変わらず菅氏の存在を見るなら、違う展開になる…いやむしろ、菅、小此木、藤木の三氏は阿吽の呼吸で“出来レース”を繰り広げているのかもしれない。

国家権力と偏向メディアの歪みに挑む社会派、新 恭さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

image by: 小此木八郎 - Home | Facebook

新恭(あらたきょう)この著者の記事一覧

記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 国家権力&メディア一刀両断 』

【著者】 新恭(あらたきょう) 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週 木曜日(祝祭日・年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け