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アフガン撤退は他人事ではない。日本が備えるべき「米軍が出て行く日」

アフガニスタンからの米軍完全撤退を巡り、国内外から大きな批判を浴びているバイデン政権。果たしてこの判断はアメリカにとって正しい選択だったのでしょうか。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、善悪論ではなく「大戦略」の視点から米軍のアフガン撤退を考察。その上で、日本も早急に「アメリカが出て行く日」に備えるべきと提言しています。

アメリカのアフガン撤退と【大戦略】

今年4月、バイデン大統領は、「9月までにアフガニスタンから米軍を撤退させる」と宣言しました。喜んだのは、タリバン。「あれよあれよ」という間に、アフガン全土を制圧してしまいます。

皆さんご存知のこの問題。一般的に、「道義的」「道徳的」な話ばかりされています。つまり、「アメリカは無責任だ!」「タリバンに支配されるアフガン人はかわいそうだ!」と。

まさに「その通り」です。タリバンが支配するアフガニスタンは、私たちの人権感覚では、「ひどい人権侵害国家」になるでしょう。(たとえば、女性は学校に行けない。女性は仕事してはいけない。公開処刑が頻繁に行われる等々)。

しかし、私は「善悪論も大事だが【勝敗論】で見ましょう」と常々話している。そこで、今回は【大戦略】の視点から、「アフガン撤退」を考えてみましょう。

「アフガン撤退」は「中東撤退」の一環

まず知っておかなければならないこと。それは、「アメリカが撤退しているのは、アフガニスタンだけではない」ということです。

2019年10月、当時のトランプ大統領は、「シリアからの撤退」を宣言しました。そして、2021年4月、バイデンさんが、「アフガニスタンからの撤退」を指示。さらに、バイデンさんは7月、「年内にイラク国内における米軍の戦闘任務を完了する」と宣言しました。

つまり、2019年から2021年の3年間で、アメリカは、シリア、アフガニスタン、イラクから撤退する。だから私は、「アフガン撤退は、中東撤退だ」というのです。

そもそも、なぜ米軍はアフガン、イラクにいるの?

米軍撤退の理由を話す前に、「そもそも、なぜ米軍がアフガン、イラクにいるのか」を知っておく必要があります。皆さんご存知ですね。

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが起きた。「ワールドトレードセンター」と「国防総省」にハイジャックされた航空機が突っ込んだ。アメリカは、犯人を「アルカイダ」と断定。アルカイダは、アフガニスタンのタリバン政権に匿われている。アメリカは、「個別的自衛権」を行使し、2001年10月、アフガン戦争を開始したのです。

ところが、リチャード・クラーク元大統領補佐官(テロ対策担当)やポール・オニール元財務長官の証言によると、ブッシュ政権は、「9.11の前からイラク攻撃を計画していた」のです。つまり、「9.11があったからアフガンを攻めたが、最初からイラクを攻撃するつもりだった」。

では、ブッシュは、なぜイラクを攻撃したかったのでしょうか?

「フセインがアルカイダを支援している」
「フセインが大量破壊兵器を保有している」

からではありません。この2つの理由が「大うそ」であることは、アメリカ政府も認めています。読売新聞2006年9月9日を見てみましょう。

米上院報告書、イラク開戦前の機密情報を全面否定

 

米上院情報特別委員会は八日、イラク戦争の開戦前に米政府が持っていたフセイン政権の大量破壊兵器計画や、国際テロ組織アル・カーイダとの関係についての情報を検証した報告書を発表した。

報告書は「フセイン政権が(アル・カーイダ指導者)ウサマ・ビンラーディンと関係を築こうとした証拠はない」と断定、大量破壊兵器計画についても、少なくとも1996年以降、存在しなかったと結論付けた。

この2つの理由が「大うそ」なら、なぜ?

あの「大御所」は、「石油利権だ」と断言しています。2007年9月17日時事通信を見てみましょう。

「イラク開戦の動機は石油」=前FRB議長、回顧録で暴露

 

[ワシントン17日時事]18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が17日刊行の回顧録で、2003年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。

(2007年9月17日時事通信)

米メディアによると、前議長は「イラク戦争はおおむね、石油をめぐるものだった。だが悲しいかな、この誰もが知っている事実を認めることは政治的に不都合なのだ」と断言している。

 

ブッシュ政権は、当時のフセイン政権による大量破壊兵器計画阻止を大義名分に開戦に踏み切ったが、同兵器は存在しなかったことが後に判明。「石油資源確保が真の目的だった」とする見方は根強く語られてきた。

(同上)

グリーンスパンさんにいわせると、「イラク戦争の動機が石油利権だったこと」は「誰もが知っている事実」(!)なのだそうです。では、なぜブッシュ政権は、そこまで「石油利権」にこだわったのでしょうか?

彼が大統領に就任した2001年、「アメリカ国内の油田は、2016年に枯渇する」との報告書が出されていました。だからアメリカは、「資源がたっぷりある中東」の支配を目指したのです。そう、アメリカが中東に執着するのは、

という理由だったのです。ところが…。

「シェール革命」で中東の重要度が低下

09年、オバマさんが大統領になりました。すると、アメリカで「思いもよらない事態」が起こります。そう、「シェール革命」です。この革命で、「2016年にアメリカ国内の油田は枯渇する」という前提が崩れました。そして、「アメリカの油田、ガス田が枯渇する心配はない」と状況が変化した。

それで何が起こったのか?そう、「資源がたっぷりある」中東の重要度が劇的に下がったのです。アメリカにとって中東は、「もはや重要ではない地域」になった。それで、オバマさんは2011年から「アジア・ピボット」といいはじめました。そして同じ2011年、オバマは「イラク戦争終結宣言」をし、同年12月、イラクから米軍を撤退させました。つまり10年前の段階で、「アメリカが中東から撤退する」方向性は出されていたのです。

その後のアメリカと中東

ところが、「中東からの撤退」は簡単には行きませんでした。まず、シリアで2011年から内戦がはじまります。アメリカは、反アサド派を支援。ロシアとイランは、アサド現大統領を支援し、米ロの代理戦争がはじまりました。

さらに、2014年には「イスラム国」(IS)が、シリアとイラクで台頭。アメリカと有志連合軍は2014年9月から、「IS空爆」を開始しました。撤退していた米軍は、再びイラクに戻ってきます。

2015年7月、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国、イランは、いわゆる「イラン核合意」を成立させます。参加国は多いですが、オバマ政権が主導しました。このことは、イランの宿敵で、かつアメリカの同盟国であるサウジアラビアとイスラエルを激怒させました。しかし、アメリカにとって中東の重要度が下がっているので、オバマは、サウジやイスラエルとの関係悪化を気にしなかったのです。

2017年、トランプの時代が来ると、多少変化はありました。トランプさんは、ネタニヤフ首相の親友。そして、娘婿のクシュナーさんはユダヤ人。娘のイバンカさんは、ユダヤ教に改宗してユダヤ人になっている。孫娘もユダヤ人。それで、トランプさんは、「イラン核合意」から離脱。さらに、エルサレムを「イスラエルの首都」と認定し、イスラエル重視の姿勢を見せました。

しかし、「中東の重要度が下がっている」現実は変えられません。トランプは2019年、シリアから米軍を撤退させることを宣言。そして、今年になってバイデンさんが、アフガン、イラクからの撤退を決めたのです。

決定的に重要な「中国ファクター」

ちなみにアメリカが中東から引き上げる理由は、「シェール革命で、アメリカが世界一の産油国、産ガス国になったこと」だけではありません。もう1つ重要なのは、「中国ファクター」です。

2015年3月、いわゆる「AIIB事件」が起こりました。アメリカは、同盟国群に、「中国が主導する国際金融機関「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)に入るなよ!」と要求していました。

ところが、アメリカと「特別な関係」のはずのイギリスがまず裏切り、「AIIB」参加を決めた。「イギリスが裏切るのなら俺たちも!」と、ドイツ、フランス、イタリア、イスラエル、オーストラリア、韓国など、いわゆる「親米諸国」が(日本以外)こぞって「AIIB」に参加したのです。

「親米諸国ですらアメリカではなく、中国のいうことを聞く…」

このことは、アメリカの支配者層に巨大な衝撃を与えました。2014年3月の「クリミア併合」後、アメリカは、「ロシアこそ最大の敵!」と思って戦ってきた。しかし、2015年3月の「AIIB事件」で支配者層の視点が変わります。つまり、「アメリカ最大の敵は、ロシアではなく中国だ!」と。

この後、アメリカは、ロシアと「プチ和解」。米ロ共同で、「ウクライナ内戦」「シリア内戦」を沈静化させました。さらに、米ロ共同で、「イラン核合意」を進めていきます。

一方でオバマは、中国に対する態度を激変させ、「南シナ海埋め立て問題」などで、中国を非難するようになっていきました。そう、2015年3月から、「米中覇権戦争の前哨戦」はスタートしたのです。

バイデンが大統領になった時、私は、「彼は親中だが、米中覇権戦争はつづく」と断言しました。バイデンは、オバマ時代に副大統領だった。そして、2015年から、彼は副大統領としてオバマと共に、中国と戦っていたからです。そして、予想どおりの展開になっています。

「中国ファクター」と「アメリカ軍の中東撤退」はどういう関係があるのでしょうか?

戦争に勝つためには、戦力の分散を防ぐ必要があります。第2次大戦中、ソ連は何を恐れていたか?そう、西からナチスドイツが、東から日本が同時に攻めてくる事態です。だから、スターリンは、「日ソ中立条約」を結んだのです。1941年4月に「日ソ中立条約」は締結され。その2ヶ月後の1941年6月に「独ソ戦」は始まっています。極悪人スターリンの判断は、見事でした。

アメリカが、「中国と戦いながら中東でも戦う」のは賢明ではありません。だから、アフガニスタン、イラク、シリアを見捨てるのです。

バイデン演説からの教訓

8月16日、バイデンさんは「アフガン情勢」について演説しました。この中で彼は、日本国にとっても非常に重要な内容を話しています。

アフガニスタンの政治指導者たちは国を投げ出して逃亡した。アフガニスタン軍は崩壊し、時には戦おうともしなかった。

アメリカ軍部隊は、アフガニスタン軍が自分たちのために戦おうとしない戦争で、戦って死ぬことはできないし、そうすべきでもない。

これは、日本についてもいえることです。

中国が尖閣諸島に侵攻してきた。日本政府は、バイデンさんに泣きつきます。「日米安保を発動してください!」と。するとバイデンさんは、「自衛隊は戦わないのか?」とたずねるでしょう。そしていいます。

アメリカ軍部隊は、日本の自衛隊が自分たちのために戦おうとしない戦争で、戦って死ぬことはできないし、そうすべきでもない。

そして、尖閣は、中国のものになる。

私たちは、アメリカに助けを求める前に、まず日本自身が日本を守る気概を持っておかなければなりません。アフガニスタンの教訓は、「アメリカは、自国を守る意志のない国を助けない」ということです。

現在、バイデンさんの決定は、「無責任だ!」「アフガニスタン人はかわいそうだ!」と批判されています。たしかに、もう少しテクニカルに「ソフトランディングできなかったのか」とは思います。しかし、「大戦略的」に考えると、中東からの撤退は、10年前から決まっていたことです。

現在心優しいジャーナリストや人権団体が、バイデンさんの決定を非難しています。ですが、アメリカの支配者層は、

という認識を共有しています。ですから、これは、「アメリカ支配者層全体の決定」と考えて間違いありません。

それにしてもアメリカは、「国益」が変わると、いきなりいなくなります。日本も「アメリカが出て行く日」に備えて、自立への歩みを速めていきましょう。

image by: john smith 2021 / Shutterstock.com

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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