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皮肉にも自民党を救った菅義偉首相ジタバタ「不出馬劇場」に騙されるな

先日掲載の「どこが『コロナに専念』か。菅首相が対策に費やした時間“3日で36分”の責任放棄誤算」等の記事でもお伝えしたとおり、「コロナ対策に専任する」として総裁選不出馬を表明した菅首相。しかし巷間囁かれているように、そこに至るまでにはさまざまな「権謀術数」が渦巻いていたことは間違いないようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、首相が不出馬を決断するまでの紆余曲折を改めて振り返り、その往生際の悪さを批判。さらに有権者に対しては、加熱する総裁選報道に惑わされることなく、来たるべき総選挙において冷静な判断を下すことを呼びかけています。

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菅首相、総裁選不出馬にたどり着くまでの七転八倒

横浜市長選後の政局をテーマとした8月26日の当メルマガで、筆者はこう書いた。

あえて言うなら、菅首相がコロナ対策の責任をとる形で退陣し、総裁選に出馬しないという選択こそが、自民党、そして自らを救う道ではないか。これをやられたら、かえって野党は痛手だろう。

 

ただし…9月解散に打って出ないとも限らない。どれだけ我執を捨てられるか。人間・菅義偉にとっても、ここが勝負どころだ。

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それから8日後の9月3日、菅首相は総裁選への不出馬を表明した。不出馬は筆者の提言通りなので異存はない。ただ、そこにいたる過程が問題だ。

「コロナ対策の責任をとる」のではなく、「コロナ対策に専任」するため、総裁選に出ないのだと言う。「専念」ではなく「専任」というところが菅首相らしいが、それはともかく、誰が考えても変な話だ。

首相をやめて、コロナ対策の「専任」となるには、新首相が菅氏にそういう種類のポストを与える必要がある。今、そんな約束は誰にもできない。つまり、総裁選に出ない理由を捏造している印象を与えるのが「コロナ対策に専任する」である。むしろ、実は総裁選に勝てそうもないから出ないのだと、妙に国民が納得する効果しかない。

前出の通り「感染状況を無視して9月解散に打って出ないとも限らない」と筆者は書いたが、どうやら、これもいったんは決行を考えたようだ。8月31日夜、毎日新聞デジタルに以下の速報が流れた。

菅義偉首相は自民党役員人事と内閣改造を来週行い、9月中旬に衆院解散に踏み切る意向だ。複数の政権幹部が31日、明らかにした。自民党総裁選(9月17日告示、29日投開票)は衆院選後に先送りする。

読売、朝日、日経、産経の各紙も翌9月1日の朝刊でこれを後追いし、菅首相による解散の企てが既成事実になってしまった。

フルスペックの総裁選に期待していた中堅・若手議員を中心に党内から大きな反発が起こった。内閣支持率や横浜市長選の結果などからみて、菅首相による解散では、自民党は大負けする可能性が高い。

安倍前首相から解散すべきではないと注文がついた。「伝家の宝刀」といわれる首相の解散権に、前首相が口をはさむというのは異例中の異例だ。記事に驚愕した小泉進次郎環境相も、解散を思いとどまるよう説得したというが、よほど親しい間柄だからであろう。

菅首相は、この記事に「ひどい、ひどすぎる」と憤慨した。結果として、首相の「解散権」が封じられたのである。

総裁選の前に解散・総選挙をして、無投票での総裁再任につなげる。これが、菅首相のかねてからのプランだった。自公で過半数を維持すれば、国民に信任されたとみなされ、総裁選は無投票で切り抜けられるのではないかという甘い観測だ。むろん、二階幹事長ならそういう仕切りができるという胸算用があった。

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だが、横浜市長選の惨敗をみると、総選挙で自公が過半数を割る恐れさえ出てきて、不安が党内に広がった。そんな空気を無視し、総裁選を先に延ばして解散するのは、あまりにも自分勝手と見られ、菅氏の政治生命にもかかわる。

菅首相は9月1日、「最優先は新型コロナウイルス対策だ。今のような厳しい状況では解散できる状況ではない」と9月解散を打ち消した。しかし、一時は解散に気持ちが大きく傾いたのは事実だろう。

8月22日に横浜市長選が終わり、同26日に「9月17日告示、29日投開票」と総裁選の日程が決まった。この時点では、菅首相にはまだ総裁選に勝てるという自信が残っていたに違いない。

横浜市長選はしょせん地方選挙であり、国政には影響しない。「菅首相では戦えない」という党内の声はあっても、二階幹事長はもとより安倍前首相や麻生副総理も支援を表明してくれている。そのように思うことで自分を納得させていただろう。

ところが、総裁選の日程が決まったその日に、二階、安倍、麻生の支援網を引き裂くような出来事があった。

総裁選への出馬表明をした岸田文雄氏が「権力の集中」と「惰性」を防ぐため、総裁を除く党役員の任期を「1期1年連続3期まで」とする考えを示した。「自民党を若返らせる」と宣言し、「二階切り」を印象づけたのだ。

5年以上にわたり幹事長として自民党を牛耳る二階氏については、安倍、麻生両氏から交代要求が突きつけられ、菅首相にとっては悩みの種である。その課題に答えを出して総裁選に打って出た岸田氏の行動に、菅首相がどれだけ動揺したかは想像に難くない。

岸田氏にしては珍しく明快で力強い言葉。テレビの識者、コメンテーターに受けがよく、世間に好印象として伝わった。これまで影の薄かった岸田氏はあっという間に、総裁選の有力候補に躍り出た。

一方、菅首相は総裁選に弱気になった。党役員の若返りという岸田氏の示した争点にインパクトを感じたからだ。焦りと迷いのなかからひねり出した岸田氏への対抗策は、菅政権の生みの親ともいえる二階幹事長を含めて党役員の刷新を行うことだった。自らこれを断行すれば、岸田氏の繰り出したカードを無力化できる。

菅首相(自民党総裁)は30日、次期衆院選前に自民党の二階幹事長の交代を含む党役員人事を行う検討に入った。…首相は30日、首相官邸で二階氏と会談した。二階氏は周囲に首相が交代が必要と判断すれば、容認する意向を示しているという。
(8月31日、読売新聞オンライン)

むろん、二階氏が無条件で了解するとは思えない。副総裁ポストを提示するなど、菅首相は一定の配慮をしたはずだ。だからこそ、二人の人間関係は決裂せず、二人が居住する衆院議員会館内で翌31日夜にも話し合っている。

役員刷新について二階氏の了解をとりつけるや、菅首相にはまた別の考えがふくらんだ。刷新の目玉として小泉進次郎氏を幹事長に据え、解散・総選挙を打てば、勝てるかもしれない。菅首相はさっそく動いた。が、打診を受けた小泉氏から色よい返事はない。

当然だろう。小泉氏も将来ある身だ。なにも慌てて幹事長になり、泥船の船長をつとめる必要はないのだ。菅首相は小泉氏以外にも、あれこれと清新な役員の顔ぶれを思い描き、何人かにあたってみたかもしれない。しかし、首尾よくいかなかったとみえる。

こうした一連の動きが「政権幹部」から、毎日新聞の記者に漏れ、すわ解散か、となったのではないか。

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菅首相がジタバタせず、新型コロナの感染拡大で医療崩壊を招いたことなどへの責任をとると言って潔く辞意を表明していたら、首相退陣後も、党内に強い影響力を残せただろう。

なのに、菅首相は政権維持に執着し、解散をもくろんで阻止され、それによって急速に党内での求心力を失って、総裁選での勝利が見通せなくなった。その状況をみて菅首相を案じた小泉氏が官邸に日参して、総裁選への不出馬を進言した。

小泉氏としては、迷える菅首相の暴走を身を挺して食いとめた思いがあるだけに、「こんなに仕事をした政権はない」と記者団を前に、涙をにじませたのだろう。

菅首相の“ご乱心”は、目を覆うばかりだった。総裁選への出馬に意欲を示していた下村博文政調会長を呼びつけ、政策を任せられないと脅して、出馬を断念させた一件などは、信じられないほど下品だった。そこまでして政権にしがみつきたいのか、という印象が広がったことは間違いない。

退陣表明は、潔くありたいものだ。姑息な策を弄した末に、刀折れ矢尽きた趣になっては、何にもならない。

それでも、自民党じたいは、徳俵のなかに踏みとどまった。もはや、政局の焦点は菅首相から離れ、総裁選に絞られている。テレビの報道も候補者の予想、品定め、強弱占いに移っている。国民の関心を総裁選にひきつけて新体制への期待感を高めたうえで、そのまま総選挙になだれ込みたいという自民党議員の思惑通りになりつつある。

菅総裁のまま衆議院選に突入するよう願っていた野党陣営は当てが外れ、戦略を練り直さざるを得ない状況だ。

皮肉なことに、野党にとっていちばんの敵は、理路整然と国民に語りかけることの苦手な菅首相の暗いイメージである。それに比べれば、いま名前が挙がっている岸田文雄氏や河野太郎氏らのほうが、数段マシに見える。

とりわけ河野氏の場合は、自民党が変わるかもしれないという幻想を一時的には抱かせるだろう。だが、そのためには菅氏がきっぱりと権力闘争から手を引き、ゆめ河野氏の後見人のように見られないようにすることが肝心なのではないか。

ともあれ、官邸のコロナ無策を放置し、国会無力化などで菅首相を守ってきた自民党の罪は消えない。長期に及ぶアベ・スガ官邸の支配と、忖度官僚の跋扈がこの国の民主主義を劣化させてきたのは確かだ。

われわれ国民は、総裁選の熱気に惑わされることなく、野党陣営の主張にも耳を傾けて、冷静な判断を心がける必要がある。

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image by: 首相官邸

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