先日掲載の「追い詰められた習近平。米英豪のAUKUS設立で世界に広がる中国包囲網」等の記事でもお伝えしているとおり、各国の中国に対する姿勢が厳しさを増している中にあって、バイデン大統領の住民対話集会での「台湾防衛宣言」とも言うべき発言が大きな注目を集めています。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、その発言の「歴史的意義」を解説。さらに現役米国大統領がたった一言で世界をより平和にし、「バランスオブパワー」を回復させたと絶賛しています。
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バイデンの【歴史的】発言、「アメリカは中国の攻撃から台湾を守る!」の効果は?
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロは、歴史の転換点でした。このことは、みんな知っています。
しかし、世界には、「あまり知られていない転換点」もあります。たとえば、2003年3月20日。イラク戦争がはじまった日です。アメリカは、「フセインは大量破壊兵器を保有している」「アルカイダを支援している」というウソの理由でイラク戦争をはじめた。国連安保理の承認を得ず。私は当時、「これがアメリカ没落の原因になる」と書きましたが、実際そうなりました。
表歴史では、06年の「米不動産バブル崩壊」、07年の「サブプライム問題顕在化」、08年の「リーマンショック」で「100年に1度の大不況」がはじまり、「アメリカは没落した」ことになっています。
しかし、裏歴史では、ドイツ、フランス、ロシア、中国を中心とする「多極主義陣営」と呼ばれる勢力が、ドル基軸通貨体制を攻撃することで、アメリカを没落させたのです。「多極主義陣営」は、イラク戦争に反対していました。
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この他にも、
- 2012年11月14日、中国がロシアと韓国に「反日統一共同戦線」創設をよびかける
- 2015年3月、「AIIB事件」
イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、オーストラリア、イスラエル、韓国などいわゆる親米諸国がアメリカを裏切り、中国主導AIIBへの参加を決める。アメリカはこれで、中国を「最大の脅威」と認識 - 2018年10月4日、ペンス演説から「米中覇権戦争」がはじまる
などなど、普通の人たちがあまり「歴史的」と自覚していない「歴史的できごと」もあります。そんな「歴史的できごと」が、また起こりました。なんでしょうか?
台湾有事の際、アメリカは、中国から台湾を守る宣言
バイデン大統領が、「台湾が中国に攻撃されたら、アメリカは台湾を防衛する」と宣言したのです。ブルームバーグ、10月22日を見てみましょう。
バイデン米大統領は21日、米国には台湾を守るコミットメントがあり、台湾が中国から攻撃を受けた場合には米国は防衛に向かうと表明した。
もう少し詳しく。
バイデン大統領はCNNがメリーランド州ボルティモアで開いたタウンホール集会で、「中国は米国が世界最強の軍を有することを知っている」と述べ、懸念するのは中国が深刻な間違いを犯しかねない活動に従事していることだと付け加えた。
中国が台湾を攻撃しようとした場合、台湾防衛に向かうのかと強く問われた大統領は、「イエスだ。われわれにはそうするコミットメントがある」と明言した。
私はこの発言を【歴史的だ】と考えています。なぜでしょうか?アメリカはこれまで、「台湾有事の際、アメリカが中国から台湾を守る」と宣言したことがなかったからです。
アメリカは1970年代、ソ連に対抗するため、中国と事実上の同盟関係になる選択をしました。1979年、アメリカは台湾と断交し、中国と国交を正常化させた。アメリカは以後、中国が台湾に侵攻した際どう動くのか、はっきりした態度を示さなかったのです。もし「守る」といえば、米中関係は悪化し、「対ソ連同盟」が機能しなくなるでしょう。
1991年末、ソ連は崩壊しました。だから、米中関係は「対ソ連同盟」ではなくなった。しかし、1993年から米中関係は、「金儲け同盟」に転化。アメリカを牛耳る「国際金融資本」は、世界一の人口を持ち、なおかつ極貧の中国を育てることで、「大儲けできる」と考えた。そして、実際彼らは大儲けしたのです。
では、70年代末から現在に至るまで、なぜ「台湾を守らない」と断言しなかったのでしょうか?そうなると、中国は安心して台湾に侵攻し、武力によって強制併合を成し遂げるでしょう。アメリカは、地政学的に重要な位置にある「民主主義国家」台湾を、完全に捨てることもできなかったのです。それで、「あいまい戦略」でこれまで来た。
ところがバイデンは、この「あいまい戦略」を捨て去り、台湾有事の際、「アメリカは中国から台湾を守る」と宣言した。だから【歴史的】です。
この宣言の効果は?
バイデン歴史的宣言の効果は、どうでしょうか?
台湾にとって、非常に大きな抑止力になることは間違いありません。中国は、1970年代に入ってから尖閣の領有権を主張しはじめました。そして、2010年から「尖閣は固有の領土で核心的利益だ」と宣言しています。しかし、11年経っても、尖閣に侵攻していません。なぜでしょうか?唯一の理由は、「米軍が怖いから」です。
バイデン政権の高官は、しばしば「尖閣は日米安保の適用範囲だ」といいます。この言葉が、「抑止力」になっている。習近平は、「尖閣に侵攻しようかな」と考えます。「海上保安庁、海上自衛隊はなんとかなりそうだ」と考える。しかし、唯一の懸念材料は、米軍の動向です。米軍が出てきたら負ける可能性が高い。そこで彼は、側近に問います。「尖閣に侵攻したら、米軍は動くかな?」側近は、「バイデンもブリンケンもオースティンもサリバンも、『尖閣は日米安保の適用範囲」と明言しています。動く可能性が高いでしょう」と答えるでしょう。それで習近平は、「では、やめておこう」となる。
今回、バイデンは、「台湾を中国から守る」と宣言した。この歴史的宣言によって、習近平は、台湾に侵攻する決断を下すのが難しくなるでしょう。
「中国海軍は米軍に勝てる説」について
こう書くと、「ていうか中国軍はすでに米軍より強いですよ」という人がいます。実をいうと、そう考える根拠もあります。
2020年9月、アメリカ国防総省は、「中国の軍事力についての年次報告書」を出しました。ここで、中国の海軍力はアメリカを凌駕し、中国は「世界最大の海軍を保有している」と発表しました。また、アメリカ海軍大学やランド研究所のシミュレーションで、中国が台湾に侵攻した場合、中国海軍が勝つという結果がでました。
このショッキングな報告について、世界一の大戦略家ルトワックさんはどう考えているのでしょうか?彼は、これらのシミュレーションの唯一の目的は、「もっと艦船を買う必要がある」と議会に説得することだといいます。要は、「金を引き出すためのシミュレーションだ」と。
では、アメリカ海軍は中国海軍に勝てるのでしょうか。ルトワックは、「必ず勝てる」と断言します。その理由は、何でしょうか?彼は新刊『ラストエンペラー習近平 ルトワック』の中で、以下のように書いています。
ここではひとつだけ重要な事実を指摘したい。国防総省のいう「世界一の海軍」とは艦船の数などを指しているが、アメリカの攻撃型原子力潜水艦がたった3隻あれば、台湾海峡のすべての中国艦船を撃沈できるということだ。
原潜だけでなく、総合的な海軍力でいえば、アメリカが圧倒的であることは疑いがない。たとえば空母に関しては、今後30年、何の対策を打たなかったとしても、アメリカの優位は変わらないだろう。これは戦闘機同士の戦いでも同様だ。
中国もアメリカもそれはよく分かっている。だから軍事力による直接的な衝突の可能性は、現時点ではきわめて低い。
こんな状況で、さらにバイデンの「台湾を中国から守る宣言」が出された。習近平は、「米軍がでてくるのか。これは侵攻しずらくなったぞ…」と焦燥していることでしょう。
バイデンの「歴史的発言」。アグレッシブに感じる人もいるかもしれません。しかし、彼の宣言で、世界は「より平和」になった。バイデンは、たった一言で「バランスオブパワー」を回復させたのです。
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