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岸田首相「看板政策」取り下げの謎。総選挙で浮上した「3つの疑問点」

投開票を31日に控え、いよいよ最終盤を迎えた総選挙。衆院選として初めて野党共闘が実現するなどこれまでにない注目を集める選挙となっていますが、その「戦い」の中に違和感を覚える有権者も少なくないようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、選挙戦を通じて「おかしい」と感じた3つの問題をピックアップ。さらにその各々について独自の視点からの謎解きを試みています。

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※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2021年10月26日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

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総選挙、3つの疑問点を解く

日本では総選挙が進行中です。今回は、コロナ対策に関する不満感情が残っているので、その沈静化スピードと、自民党の看板掛け替えの効果のマトリックスで結果が動くのだと思います。それ以外のファクターは、そんなに大きくなさそうです。ですから、10万円がどうとかいうバラマキ問題、あるいは立憲などのいう完全鎖国でゼロコロナといった話の効果は限定的だと思います。

それはそれとして、選挙戦を通じて「おかしい」と思われる点がいくつか感じられたのも事実です。今回は、3つの問題について、その「謎解き」をして見たいと思います。

1つ目は、総裁選と総選挙の違いです。特に今回は、総裁選から衆院選の間の間隔が短かったので、顕著に感じられるのですが、岸田文雄氏が総裁選で主張した政策のほとんどが「取り下げ」になっており、奇妙な感じがします。この点について、野党は「最初からヤル気がなかった」などと岸田氏を批判していますが、そうとは言えない感じがします。

しかしながら、非常に奇妙な感じはします。あれだけ一生懸命に、総裁選で主張していた看板政策がほとんど消えているからです。

この問題のカラクリですが、結局のところ「総裁選の対象」と「総選挙における自民党票」に違いがある、そう考えると納得がいきます。

まず総裁選の対象は、国会議員と地方の党員票です。この党員票ですが、年額4,000円の党費を総裁選の前の2年間納めることで1票が得られる仕組みです。つまり、最低で8,000円が必要というわけです。ちなみに、どうして総裁選の前の2年間が必要なのかというと、総裁選が「ありそうだ」となった時に、急遽「党員票をかき集める」ことができないようになっているわけです。

総裁選で1票を行使したかったら、総裁任期は3年ですから、少なくとも前の総裁選が終わって1年後というタイミング、つまり総裁選は「まだまだ相当に先」だという時期に入党しないといけません。ということは、相当に「ガチ」な自民党支持者ということになるし、少なくとも8,000円出せるということは、キャッシュ的に回せる現役世代とか経営者などになります。

ただ、総裁選の本当の「お客さん」は違います。それは、特に今回は顕著だったわけですが、TVやメディアを「ジャック」したというくらいに関心を呼んだ中で、つまりは「ニュースに関心のある」層、少なくとも「政策論争が理解できる」層がお客さんということになるのです。

無党派層や野党支持層もそこには入ってきます。その上で、支持率獲得ゲームに直結するような、イメージキャンペーンを派手に行う、総裁選の本当の狙いはそこにあるわけです。

ところが本チャンの総選挙は違います。とにかく地方でも、大都市圏でも「ドブ板」選挙になります。保守イデオロギーと利権誘導という2本柱で、必死になって各候補は戦います。ですから「金融増税」などという選挙に不利な政策は無視されます。富裕層から税金を取って再分配で貧困層に回すなどというストーリーの好きな人は、元々野党のお客さんですから、そんなことを言っても票にならないということもあります。

所得倍増もそうです。純粋に賃金労働をしている人は投票率が低いだけでなく、こちらも野党のマーケットになります。となると、総選挙での自民党のお客さんは、従業員を使っている中小の経営者になります。商工業だけでなく、サービス業や農林水産業もそうです。そうした層には「所得倍増イコール人件費倍増」ですから、悪夢でしかありません。

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防衛費2倍などというのも、公共事業としての防衛産業、雇用の受け皿としての自衛隊などの利権が絡まることと、やはり中心より右寄りの保守イデオロギーを打ち出さないと自民党としての集票はできないという事情から来ていると思われます。

今回の総裁選では、河野太郎氏が「地方党員票」で強かったというのは、私には驚きでした。東京がむしろ既得権益にしがみついて停滞する時期に入った一方で、地方では改革をしないともう衰亡しかないということが、特に現役世代には強いのだと思います。そこに希望と絶望が激しく交差するものを感じますが、同時に退役世代を含めたオール自民党支持層ということになると、地方はやっぱり守旧派ということで、そこには絶望一色しかありません。

あとは、総裁選で盛り上がった「エネルギー戦略」では、全員が限定的な原発再稼働をしっかり主張しており、心強いものを感じたのですが、これは党員と議員というクローズドな世界だから実現しただけであり、本チャンの総選挙では「知らぬ存ぜぬ」ということになるのは、道理とはいえ日本の悲劇と言えます。

そんなわけで、どんなに総裁選での論争が面白かったとしても、岸田カラーというよりも、クラシックな自民党カラーを前面に出さないと選挙は戦えないわけです。つまりは、テクニカル要因としてそうなるということです。

2点目は、野党の立ち位置です。例えば、立憲民主党の蓮舫氏は、ある朝日新聞OBの候補に対する応援演説の中で「政治とカネ」の問題について触れ、「山岸さんも金銭感覚は人とずれていたかもしれない。東大を出て、朝日新聞に入って、優秀な記者として時の総理、野党の党首の番記者として高給をもらっていた。でも、野党から政治家を目指す判断をしたのは、今の政治では変わらないという思いだったろう」と「辛口に激励した」そうです。

この短い一言に2つの大きな問題が隠されています。1つは左派イデオロギーの方が、右派よりカネの匂いがするという問題です。2つ目は、この1番目の問題が深刻だということについて、蓮舫氏は全く無自覚だということです。

勿論、クラシックな言論のレトリックとしては、蓮舫氏の言い方は筋が通っています。エリートで高給取りだった人物が、それを投げ打って野党候補になるというのは、それなりに勇気のいることだし立派だという話は、昭和の時代であれば「まあそうかな」という感じにはなったでしょう。

ですが、21世紀の現在は違います。迷走の結果BREXITに至った英国、右派ポピュリズムがトランプ現象を生み、そも混乱から抜け出せていない米国など、「持てる側は左派」「損な役回りという自覚のある人は、アンチエリート主義で国家をジャックしたがる」というのは一種21世紀の病理として普遍化できるのではと思います。

その結果として、左派政党には土や油の匂いがしない、反対に困窮の叫びや自己肯定感の崩壊といった心理はむしろ保守がケアしていく、しかもカネは回さず「愛国ポルノ」中毒にさせるのですから、まるで18世紀から19世紀の英国が広東省に対して行った植民地政策のようなものです。

その転倒は、中国でも大きな問題となっています。先富論の時代は行き詰まり、経済的に成功し過ぎる存在が国家の敵になるというパラドックスは、西側で起きている転倒とは少し構図が違いますが、グローバリズム批判という文脈からは重なるものがあるように思うからです。

それはともかく、左派政党が本当の困窮者を組織できず、困窮者に同情する余裕のある富裕層をメインターゲットにするという転倒は、大変に危険だと思います。右派ポピュリズムを暴力を伴うファシズムへと追い詰めるメカニズムをそこに感じるからです。その意味で、蓮舫氏の無理解というのは実は深刻なものと思います。

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3点目は、野党連合のあり方です。例えば、24日に投開票が行われた静岡の参院補選では、無所属の元静岡県議会議員で立憲民主党と国民民主党が推薦する新人・山崎真之輔氏が、自民党の元御殿場市長で公明党が推薦する新人・若林洋平氏、共産党の党県委員会部長の新人・鈴木千佳氏に競り勝ちました。

個人的には、熱海の盛り土問題に責任があり、リニアという先端技術の実用化を拒否するこの県の知事は好きではないので、彼の影響力が拡大するのは嫌なのですが、それはともかくとして、このニュースには驚きはありません。

つまり、共産抜きで、立憲と国民が組めば、それなりの集票力が出てくるということで、当然だと思います。今回は、連合もしっかり動いたということで、相当な集票力の基盤があったと思われます。ですから、この結果はサプライズではないし、これで1週間後の総選挙の結果が動くという話ではありません。

問題は、どうして立憲+国民+連合といった組み合わせが全国的に機能しないのかということです。そこには官公労の問題があるのだと思います。小選挙区制の中では、個別の選挙区により基礎票の構成には特色が出てきます。その場合に、野党票の中に一定比率の官公労票があり、なおかつ共産党組織が強い選挙区では、勿論共産党単独で小選挙区を勝ち抜くことはできないにしても、立憲+国民+連合では自民党公明党連合に対抗できないということになります。

ですから、それぞれの選挙区事情として立憲+共産という食い合わせの悪いセットにしないと売れないというケースがあるのだと思います。まあ、その辺は、細川政権になった連立から新進党合同への流れ、鳩山政権の民主党のようなインチキな「野合」とはどっこいどっこいだと思います。

大切なのは、自民党内の非右派+国民+立憲や維新の中のまともなグループなどを糾合して、「改革+軽武装+アジアの緊張緩和」というバランスの取れたメニューを出す勢力を作ることですが、1番の問題は「そのセットメニューがどうして成立しないのか」という問題です。総選挙よりも、この問題が私には非常に気になります。

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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