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日本メディアが読み取れぬ、戦争中に開幕した中国「全人代」の注目点

北京パラリンピックと並行して、中国の全国人民代表大会(全人代)が開催されています。日本のメディアは、GDP成長率の目標値と国防費の伸びといったお決まりの数字を伝えるだけで、あまり深堀りできていないようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、全人代の政府活動報告で注目すべき点を解説。中国共産党が実は「人権」を重視していて、中国の人権は完成形ではなく「過渡期」であることを理解しないと見誤ると伝えています。

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ロ烏戦争の中で開幕した全人代 政府活動報告の注目点

全国人民代表大会(全人代)が3月5日に開幕し、注目点の一つである李克強首相による政府活動報告(以下、報告)が行われた。日本のメディアは例によってGDP成長率の目標値と国防費に集中的にスポットライトを当てているようだ。

曰く、GDP成長率の目標値は「2021年8・1%に比べて大きく後退」したという評価であり、後者の国防費は「経済成長の伸びの鈍化に比べて大幅な増額」であることをもって「軍拡」と報じている。

前者に関しては分母の大きさ──中国のGDPはすでに114兆元(約2070兆円)を突破しており、この規模をベースにした5・5%の成長率という意味──やコロナ禍の影響を加味しなければならず、なおかつ数年間の変化から論じるべきところなので、単純に「昨年の8・1%に比べて低い」という話ではないことは明らかだ。

後者の国防費の伸び幅についても、「軍拡」と断じるまえに、少なくとも中国側の見解を記事に入れるべきだろう。中国は以前から「国防費総額がGDPに占める比率から見ると、中国の国防予算は決して多くない」との立場だ。例えば、「世界全体の基準では2・3%であり、アメリカは3・5%、フランスは2・3%でイギリスは2%である。これに対し、中国は僅か1・7%であり、世界の平均値より低く、国連安全保障常任理事国の中では最も低い」と主張し続けているのだ。

ここから見えてくるのは、中国には中国なりの基準があり、増額ありきではないということだ。これと同時に考えなければならないのは、中国がどの国や地域を見て自国の安全保障政策を進めているのか、である。これは言うまでもなくアメリカである。そのアメリカは中国よりも大きなGDPでありながら、なおその3・5%を国防費に費やしているのだ。そうであれば、アメリカとの差はむしろ広がっているという事実も見落としてはならない。

さて、経済の話にもどって少し書いておけば、やはり政府は長期的には人口減少の問題を気にかけ、生育環境の整備を急いでいることが読み取れるのだ。具体的にはそれは「第3子の出産・養育政策関連措置を整備し、3歳以下の乳幼児の世話にかかる費用を個人所得税の特別附加扣除に組み入れ、包摂的な託児サービスを発展させ、家庭の養育負担を軽減する」という記述に表れている。

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では、短期的にはどうか、といえば国内経済が多くの逆風にさらされている問題を取り上げている。報告ではその内憂外患ぶりを「感染症による世界的な影響は依然として続き、世界経済の回復の力も不足している。主要な商品の価格は高値で推移していて、外部環境はより複雑かつ厳しくなり、不確定にもなっている」と表現している。

国内経済についてはさらに厳しい見方だ。報告のなかでは、「我が国の経済発展は、需要の収縮、供給のダメージ、そして弱気な先行き見通しという三つの圧力にさらされている。局部的な感染症の発生が続いていて、消費と投資の回復には遅れが見られ、輸出の安定化はますます厳しくなっている。エネルギーや原材料の供給も依然として偏り不足し、中小零細企業や個体商の生産及び経営を困難にしている。雇用の安定という任務を一層難しくしている」と記されている。

GDP成長率の目標値の5・5%は見方によっては強気な見通しにも思える──実際にそう報じたメディアもある──が、短期的な視点から直面している問題をこうして列挙すると、政府が強い危機感を持っていることがよく理解できる。

私個人の実感からすれば、中国経済はやはり社会の安定と絡めて「物価の安定」こそが喫緊の課題ではなかろうか。

習近平国家主席が「共同富裕」を強調した裏側で、独占禁止法の厳格な運用によりアリババグループやテンセント、滴滴、バイトダンスといった巨大IT系企業をターゲットにしたのは、主に富の偏在を許さないとするアナウンス効果と、それに加えて中小企業の発展空間を確立するためであった。

大企業から中小企業へ、また持てる者から持たざるを者へと富が流れるようにすることは「社会主義的」な社会の実現のためでもあるが、むしろ西側社会が目指すアーモンド形の形成──要するに分厚い中間層の形成──のためだとも考えられているのだ。つまり社会の安定は発展と一体と考えるのだ。

このことは人権という視点でも同じだ。今回の報告でも、中国の人権ついて大きく触れているが、中国で言う人権と欧米社会の人権の大きな違いは生存権を重視する点にある。そしてこの生存権と並んで中国が重視しているのが発展権である。

今年2月25日に行われた人権をテーマにした政治局集団学習会(以下、学習会)では、「生存権、発展権を最優先とする基本的人権」という表現が使われた。つまり国民に発展を約束することは中国共産党の考える人権の一丁目一番地ということだ。全人代の報告を読む上で、日本の報道機関が最も軽視するのがこうしたテーマだ。

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中国が「人権の重視」などといえば、ほとんどの西側社会の人々は、「実体のともなわない話」と切り捨ててしまう。だが、中国が人権を重視しているのは紛れもない事実だ。それが西側から見えにくいのは、一口に「人権」といったところで、その中身が大きく違っているためだ。これについては先にも述べた。

そして、これに加えてもう一つ重要なことは、中国の人権は「過渡期」にあって、中国の取り組みは現在が完成形ではないという点だ。ここを誤解してはならないのだ。

前述した学習会のなかでも習近平国家主席は、「われわれは百年の奮闘目標を成し遂げたことにより小康社会を全面的に実現し、歴史的な課題であった絶対貧困を解決した。これにより我が国は人権事業を堅実に発展させるための物質的な基礎を打ち立てた」と述べている。つまり「衣食足りて」という物質の前提がやっとできたといっているのだ。

中国の変化は突然目の前に現れるという印象を多くの日本人がもっているだろう。コピー天国だった過去がほんの数年で改善されてしまっていたり、あれほどひどかった環境汚染もあっというまになくなってしまったり。なかでも一番の経験は、中国の経済発展と科学技術の目覚ましい進歩だ。それ以前の中国の評価とは真逆の現実を見せつけられる。

こうしたイメージと現実とのギャップは、当然のこと原因がある。われわれが勝手に相手の変化に目を閉じていたこともあれば、その前の段階での取り組みを見てこなかったためでもある。その理屈でいえば「人権」についてもまた同じようなことが起きるのかもしれない。少なくともその可能性を否定することは隣国への理解を妨げることになるのだろう。

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image by:365 Focus Photography/Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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