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ウクライナ侵攻の恐怖心を政治利用。敵基地攻撃能力を熱望する自民の姑息な手口

未だ停戦の糸口も見えないウクライナ紛争。プーチン大統領の蛮行を目にした多くの日本国民が外的脅威に危機感を抱く中、その不安を自らの政治的目論見の達成に利用しようと企図する勢力も存在するようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、「敵基地攻撃能力」の保有を巡る自民党の安全保障調査会の動向を紹介するとともに、「敵基地攻撃能力」の名称を「反撃能力」にすり替える姑息さを批判。さらに自民党国防族の「専守防衛」をなし崩し的に捨てるかのような動きに対して、冷静な議論の必要性を訴えています。

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ウクライナ侵攻を受けての「敵基地攻撃論」は戦争のリスクを高めるだけだ

われわれ日本人の多くが、ロシアによるウクライナ侵攻をみて、日本もいつ近隣の大国や独裁国家に攻め込まれないとも限らないと不安に思っているらしいのは、メディア各社の世論調査結果でも明らかである。

それは国会のセンセイがたも例外ではなく、自民党の安全保障調査会は4月21日にまとめた防衛政策の提言案で、中国、ロシア、北朝鮮を脅威として名指しし、とりわけ中国を「重大な脅威」と強調した。

そして脅威に対抗するため「敵基地攻撃能力」を持つべきだと説き、おまけにそれを「反撃能力」に名称変更するという姑息なアイデアまで盛り込んだ。

国民が他国からの侵略に強い危機感をおぼえている今こそ、防衛政策を大転換するチャンスと捉えて急いでいるのかもしれない。いったん頭を冷やしたらどうだろうか。

大著『大国政治の悲劇』で知られるシカゴ大学政治学部教授、ジョン・ミアシャイマー氏は2020年1月30日、カナダのカールトン大学における講演で、今日のウクライナの状況を予言するかのような警告を発していた。

「NATOをロシア国境まで拡大しウクライナやジョージアを西側の防壁としても、ロシア人はただ座して受け入れるだろうと、本気で考える人がいるでしょうか。それは国際政治の原則に反します。米国にもモンロー主義があります。もしカナダ人やメキシコ人が中国と軍事同盟を結ぶことに国益を見出したなら、それは米国にとって立ち入ってほしくない問題なのです。一方に当てはまることは他方にも当てはまる。ロシアがNATO拡大に気分を害したという事実に驚きますか。多くの人は私にこういいました。ウクライナは主権国家だ。自らの外交政策を決める権利がある。私の反応はこうです。それは国際政治の思考としては馬鹿げている。ゴリラ(大国)に隣接する小国はその行いに細心の注意を払わねばなりません。なぜならそのゴリラを怒らせたら、自らに対する恐ろしい行動を仕掛けることになるからです。米国は期せずしてウクライナに多くの問題を生む政策を追求するよう促したのです」

独裁者プーチンの暴挙は許しがたいが、NATOの東方拡大がその遠因になっているという点では、異論の余地はない。

日本をウクライナの立場に置き換えて心配するのであれば、独裁的な大国に隣接する国は、軍事がらみでいたずらに独裁者の感情を刺激しないよう、細心の注意を払いながら外交を進めるべきだというミアシャイマー氏の指摘を心に刻むべきだろう。

なにも、怯えて言いなりになれということではない。相手の弱みにつけ込もうとする国に対し、弱腰外交は禁物だし、経済的にも依存しないことが肝心だ。なにより必要なのは、知恵のある外交戦略である。

「敵基地攻撃能力」を保有して抑止力をつけるといっても、どれだけの効果があるのか疑わしい。ただ単に、隣の大国を刺激し、緊張状態をより高めるだけではないのだろうか。

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自民党安全保障調査会は、政調会の国防部会に属する組織である。小野寺五典氏を会長とし、石破茂氏、河野太郎氏、浜田靖一氏ら防衛大臣経験者が幹部メンバーとして参加している。

今回の提言案は、国防三文書といわれる国家安全保障戦略、防衛計画大綱、中期防衛力整備計画を今年末までに改定するにあたり、党として政府に考えを示すのが目的だ。今年1月から議論してきて、その中心になったのが「敵基地攻撃能力」の保有だ。

政府はこれまで、ミサイルなどによる攻撃を防ぐのにほかに手段がないと認められる場合にかぎり、「敵基地攻撃」が可能だとする見解を示してきた。

わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し誘導弾などによる攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨だとは、どうしても考えられない。そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、例えば、誘導弾などによる攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾などの基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。

(1956年2月29日衆院内閣委員会、鳩山一郎首相答弁)

しかし、「敵基地攻撃」を行う能力について政府は「自衛隊にはその能力がない」と答弁し、「敵基地攻撃」の是非についての論議を避けてきた。日米安全保障条約のもとでは、アメリカが「矛」、日本が「盾」の役割を担うことになっているからだ。

この点を踏まえ、今回の提言案では「憲法及び国際法の範囲内で日米の基本的な役割分担を維持しつつ、専守防衛の考えの下」と留保をつけたうえで、以下のように「敵基地攻撃能力」に言及した。

「弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力を保有する」

「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」という名称にすり替えることで、「日米の役割分担」「専守防衛」を逸脱していないイメージに誘導する思惑があるとみられる。

「専守防衛」は日本の防衛戦略の基本方針である。武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使する。その程度や装備も自衛のために必要最小限のものとしている。所詮、今回の提言案に言う「反撃能力」とは相容れない。

小野寺氏は記者団に「相手側の攻撃が、明確に意図があって、既に着手している状況であれば、判断を政府が行う」と説明した。実際に攻撃を受けていなくとも、着手したと判断すれば、こちらから攻撃できると言うのだ。しかも、後述するように、日本はすでに必要最低限とは言い難い長射程の攻撃的兵器を有している。

提言案では、防衛費の大幅増額についても明記している。NATO諸国が対GDP比2%以上を目標にしていることをあげ、「5年以内に必要な予算水準の達成を目指す」とした。今年度予算の防衛費は5兆4,005億円で、対GDP比は0.96%ほど。2%といえば、10兆円をこえる防衛予算をめざすことになるが、財源はどうするつもりなのか。

自民党内で、敵基地攻撃能力の保有を求める声が高まったのは、安倍政権(当時)が北朝鮮からの弾道ミサイルを迎撃する目的で導入を閣議決定した新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備を2020年6月に断念したのがきっかけだった。イージス・アショアをやめるのなら、敵基地攻撃能力を持つべし、というわけだ。

しかし、すでにこのころには敵基地攻撃能力を有する兵器の導入は着々と進んでいた。ノルウェー製の長距離巡航ミサイル「JSM」、ロッキード・マーチン製の空対地ミサイル「JASSM」などの購入と、「高速滑空弾」「極超音速ミサイル」の自国開発が決定したのは2017年末だった。

むろん、これらの兵器は憲法違反の疑いが濃い。

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憲法第9条第2項で保持を禁じられている戦力について、政府は「自衛のための必要最小限度の実力を超えるもの。性能上専ら相手国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられるいわゆる攻撃的兵器。例えばICBM、長距離核戦略爆撃機、長距離戦略爆撃機、あるいは攻撃型空母」と説明してきている。

前記のJSMやJASSMなど長射程のミサイルを航空自衛隊の戦闘機に積み、日本海上で発射すれば、相手国の国土を破壊できる長距離戦略爆撃機と同じ機能を持つことになる。

これについて防衛省は「敵基地攻撃」でなはく、島嶼防衛のためだと主張してきた。相手のミサイルの射程外から自衛隊員の安全を確保しつつ攻撃する「スタンド・オフ・ミサイル」として使用するという説明により、慎重姿勢の公明党を説得した経緯もある。

しかし、島嶼防衛なら南西諸島への配備が想定されるが、そこは中国のミサイルの射程内であり、「スタンド・オフ・ミサイル」という説明は成り立たない。

空母も、準備が進んでいる。海上自衛隊史上最大の艦艇である護衛艦「いずも」を最新鋭ステルス戦闘機F35Bを搭載できるよう改修する予算が22年度に計上された。いわゆる空母化である。空母は戦闘機を搭載して他国を狙える攻撃的兵器だ。

岸田首相は「敵基地攻撃能力の保有を含めて、あらゆる選択肢を排除せず検討し、必要な防衛力を強化する」と方針を示している。

だが、敵基地攻撃能力の保有は、もはや既成事実になっているといっていい。自民党国防族は、この機に乗じて、国防の基本を定める三文書に書き込み、防衛予算の倍増を目論んでいる。「専守防衛」をなし崩し的に捨ててしまっていいのだろうか。こういう時こそ、冷静な議論が必要である。

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image by: 首相官邸

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