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まだ参院選も「安倍氏が主役」か?元首相の“亡霊”がチラつく政界の実情

7年半に渡り総理大臣を努めた安倍晋三氏の影響は、2度目の辞任から1年8カ月余りを経た現在も政界に色濃く残っているようです。毎日新聞で政治部副部長などを務めたジャーナリストの尾中 香尚里さんは今回、国会の論戦の場で未だに安倍氏の存在がちらつく現状や、今夏に控えた参院選で熱狂的安倍氏支持者の取り込みを狙う日本維新の会の動き等を紹介。その上で、「安倍の残滓」を消すことができない日本の政界に対して批判的な目を向けています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

参院選の主役はまたも安倍?

1日の衆院予算委員会集中審議。立憲民主党の泉健太代表が、岸田文雄首相に論戦を挑んだ。7月10日投開票が想定されている参院選まで、あと1カ月あまり。首相と野党第1党代表による国会での直接対決は、おそらくこれが最後になるだろう。

そしてやっぱり、質疑で印象に残ったのは、この場にいない「2代前の首相」だった。

「6、7月で(値上げは)3,000品目を超える。まさに値上げの夏であり、異次元の物価高騰であり、そして『岸田インフレ』と言われている。全然対策が取れていない」

質疑の序盤、ウクライナ情勢に伴う世界的な物価高について取り上げた泉氏は、成立したばかりの2022年度補正予算の内容の不十分さを批判した。しかし、質疑が進むにつれて焦点が当たっていったのは、岸田首相の経済政策と「アベノミクス」との関係だった。

泉氏は「これだけ欧米各国が利上げをしていこうとしているなかで、わが国だけがずっと金融政策を変えていないことが、輸入物価上昇の3分の1の影響を占める、と言われる円安につながっている」と指摘した後、前日の5月31日に発表された政府の「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太の方針)原案に言及した。

「『今後とも大胆な金融政策、機動的な財政対策、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進める、という経済財政運営の方針を堅持し…』。これ、アベノミクスを堅持ということですね」

確かに、内閣府のホームページに現在も残る「安倍内閣の経済財政政策」の「3本の矢」と全く同じ文言である。岸田首相は「私の経済政策は、新しい経済モデルとして『新しい資本主義』と呼んでいる。アベノミクスとは呼んでいない。マクロ経済政策を維持しながら、経済全体の持続可能性を維持するために『成長と分配の好循環』と申し上げている」と釈明したが、そもそも「成長と分配の好循環」自体、安倍政権で示された言葉だ。

「これは詭弁じゃないですか。これアベノミクスじゃないですか。アベノミクスの堅持だと、ちゃんと言うべきではないですか」と泉氏。やや色をなした岸田首相が「全く異なると思っています」と答弁すると、議場から「えー」と声が飛んだ。質疑で泉氏は「岸田インフレ」と1度だけ口にしたが、「アベノミクス」は10回を超えた。

質疑を終えた後、泉氏は神奈川県藤沢市での街頭演説で「悪夢のアベノミクス」と声を張り上げた。言うまでもないが「悪夢の…」は安倍氏が民主党政権を口を極めて罵る時の決まり文句。こういう発言にまで今なお安倍氏の存在がちらつくのが、今の政界の実情だ。

「岸田政権は結局安倍政権と同じ」という観点から自民党批判を展開する立憲民主党に対し、日本維新の会は逆に「岸田政権は安倍政権から変質した」という立場から自民党批判を展開しているようだ。

もともと維新は、経済は新自由主義的、外交・安全保障は右派的なスタンスをとってきた。同党の松井一郎代表(大阪市長)は、安倍氏やその公認の菅義偉前首相らと親交が深い。「一応」野党の立場にありながら、同党は長く「自公維」ともくくられてきた。

だが、昨秋の岸田政権発足以降、維新は急速に政権から距離を置き始めた。参院選をにらんだ戦略、という単純な理由ではないだろう。実際に維新にとって、今の岸田政権は居心地が悪く映るのだ。松井氏は5月の日本経済新聞のインタビューで、岸田政権の改革姿勢の評価を聞かれ「やる気がない。やがて有権者から批判もあがるだろう」と切り捨てた。馬場伸幸共同代表は国会質疑や記者会見で、岸田内閣について「『無策無敵内閣』とネーミングしている人もいる」などと、当てこすった言い回しを繰り返している。

維新は2日に発表した参院選公約に、全国民に最低限の所得を保障する、いわゆるベーシックインカム(BI)の導入を盛り込んだ。BI自体は論者によって評価に濃淡があるが基礎年金や児童手当の廃止を伴う、ある意味アベノミクス以上に「自助」「自己責任」的な色彩の強い施策だ。岸田政権が打ち出した厚生年金などの加入者を拡大する「勤労者皆保険」などを「実現不可能」と断じている。

外交・安保については、半年前の衆院選の公約になかった憲法9条の改正に言及。憲法への自衛隊明記や緊急事態条項の創設を提唱したほか、防衛費の国内総生産(GDP)比2%への増額、核共有を含めた拡大抑止に関する議論の開始などにも言及した。自民党以上に右派的な方向に踏み込んだと言える。

やや中道リベラル寄りに「見える」岸田政権には最近、ネット上などで保守派からの批判が強まっている。維新はこの流れに乗り、安倍氏を熱狂的に支持してきたような保守層の支持を取り付けようとしているわけだ。

参院選で岸田政権と対峙する立憲民主党と日本維新の会だが、岸田政権を「安倍と同じ」とみるか「安倍から変質した」とみるかの違いはあっても、つまりはどちらも「現政権(岸田)の向こうに前々政権(安倍)を見て」選挙戦略を立てているかに見える。

辞任から2年近く、政界は結局「安倍の残滓」をまだ消すことができない、というわけか。そして当の岸田首相は、こんな状況の中でいつまで埋没している気なのだろうか。

image by: 安倍晋三 - Home | Facebook

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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