仕事に関するメールや会話では、丁寧な言葉遣いを意識するもの。そのせいか、つい安易に使ってしまうのが「させていただきます」という言い回し。読む側聞く側に回ったとき、そんなに丁寧にしなくても…と思うことはないでしょうか。今回のメルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』では、著者で朝日新聞の校閲センター長を務めていた前田安正さんが、「させていただきます」が正しく使われているケースと、へりくだり過ぎなケースを実例を挙げてわかりやすく解説。そのうえで昨今の、言葉の使い方や意味を気にしない風潮に疑問を呈しています。
この記事の著者・前田安正さんのメルマガ
「させていただきます」をつければ丁寧か
僕は普段、できるだけ文章は短く書こうと思っています。メールでの連絡やチャットなどは、特に余計なことを省くよう心掛けています。
新聞社に勤めていたころ、メールの嵐に悩まされたからです。1日50通くらい来るのです。しかも朝早くから夜中の2時、3時はざらで、24時間お構いなしです。さすが新聞社だなあとは思うのですが、とても全部読む気がしません。
件名を見ただけで、読むべきかどうかを判断します。CCで送られたものは、無視します。取りあえず送ったぞというアリバイづくりのように思えるからです。それに、直接の受信者が読んでいればいいわけなので、必要なときに聞くことにします。ところがBCCの場合は、受信者に知られないように伝えたい何かがあるのだろう、と思い目を通します。
ビジネスメールは簡潔に
ビジネスシーンでのメールは、基本的に要件さえ通じればいいと思っています。ただ、相手への敬意は必要です。だから丁寧にわかりやすく書くことを心がけました。とはいえ、二重敬語を使ったりなんでもかんでも「させていただきます」を付けたりするのは、いかがかと思うのです。
「させていただきます」は、自分がしようとすることについて相手に許しを請う謙譲表現です。たとえば
もう少しの間、お邪魔させていただけないでしょうか。
これは理にかなった使い方のように思います。「お邪魔」する相手への許しは必要だからです。大人のマナーでもあります。
この度、私たちは結婚させていただきましたことを、本日発表させていただきます。
この場合は、丁寧さは理解できます。少なくとも当人はそういう気持ちが強く働いていたのだと思います。そのため、一つの文に「させていただき」が2カ所使われているのかもしれません。
社会的な配慮としての謙譲表現
後ろの「発表させていただきます」は忙しい中、集まってくれた人たちへの配慮を感じます。たとえば、
本日、式の進行を務めさせていただきます。
などと同様に、第三者への社会的な配慮としての謙譲表現です。しかし「結婚させていただき」という表現は誰に許しを請う必要があるのだろう、という思いが頭をよぎるのです。そもそも結婚は当人の自由意思です。双方の親にならまだしも、第三者にこうした表現を使う必要はないはずです。
そんなに細かいことを言わなくてもいいじゃないか、という考えがあることも承知しています。とはいえ、一つの文に二つも「させていただき」があると、さすがに不自然に思えてくるのです。
ことばへの無関心と社会の動き
「ことばを使うときに、その意味をいちいち細かく調べない」という趣旨の話を以前、書いたことがあります。こうしたことばへの無関心が、実はジェンダーやコンプライアンスの問題の引き金になっているのではないか、と最近思うのです。
社会の動きによって、ことばの持つ意味が変化することがあります。一方、ことばへの無関心が社会にそぐわないことばの意味を持ち続けることもあるのです。
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