ほくそ笑む安倍元首相。「10増10減」新区割りになされた“配慮”

 

言うまでもなく、これは区割り案がそのまま公選法改正案に反映される場合の話だ。自民党内では反対する声も強く、法制化までにはひと揉めするだろう。

ともあれ、この区割りはどこまで妥当性があるのだろうか。

実は、ほかに有力な区割り案が存在したのである。新3区を下関市、宇部市、山陽小野田市で構成するというものだ。山口県西南のこの三市は歴史、経済的な結びつきが強く、一つの選挙区となるのが自然だと思われた。安倍氏と林氏の争いが取りざたされたのも、この案が採用されることを想定するがゆえだった。

ただこの案の場合、党執行部として面倒なことが起きるのは明らかだ。安倍、林の両氏が同じ選挙区から出馬を希望したら、どちらを公認するのか。

安倍元首相が、山口県最多の有権者を誇る下関市を根城として抱え込んでいるのは言うまでもないが、林氏にしても、下関市は父祖から受け継いだ重要な地盤である。林家はこの地で1717年(享保2年)創業の醤油製造業を営み、路線バスを運行するサンデン交通株式会社の経営に携わってきた。下関には“隠れ林派”が多いといわれるゆえんだ。

宇部市における林氏の集票についても、宇部興産のバックアップが見込める強みがある。林氏の母親は、宇部興産創業者一族の出身だ。下関市と宇部市が同じ選挙区になった場合には、どちらにも基盤がある林氏が、「一強」といわれてきた安倍氏をしのぐ可能性が高いのだ。

その場合、いくら安倍氏が実力者とはいえ、これから総理を狙おうかという政治家に党執行部が、比例にまわれとは言いにくい。選挙区で林氏に分があると判断すれば、すでに総理を経験した安倍氏に引導を渡して比例で出馬してもらうよりほかなくなるだろう。

林芳正氏の実父、義郎氏は大蔵大臣や厚生大臣を歴任したが、小選挙区制が導入されて以後は、安倍晋三氏と調整のうえ、比例中国ブロックに転じた。しかし、同じことを幼児性の強い安倍氏に求めるのは高望みというものだ。

安倍氏はこれまで区割り変更についての発言を控え、自派閥の前会長、細田博之衆院議長に「10増10減」批判の党内拡大を託している感があった。

しかし、細田氏はスキャンダルを週刊誌に報じられるなど、「10増10減」反対発言をきっかけとした逆風にさらされ、身動きが取れなくなった。

そこで、安倍氏は自ら区割り審議会に手を回さざるを得ない心境に至ったかもしれない。

川人貞史帝京大学法学部政治学科教授を会長とする現在の顔ぶれは、安倍政権時代の2019年4月11日からスタート。大学教授や弁護士、元官僚ら7人で構成されている。

区割り審の委員は「国会議員以外の者であって、識見が高く、かつ選挙区の改定に関し公正な判断をすることができるもの」とされ、首相が任命するが、審議会にありがちな“御用有識者”の集まりでないとは言い切れない。

結果として、新区割り案では下関市と宇部市が切り離され、安倍氏と林氏が公認をめぐって“対決”しないように配慮された形となった。しかし、和歌山県など、いぜん火種を抱えた選挙区も多く、今後、公選法を改正するための議論の過程で、党内から反対論が強まるのは間違いない。

反対論の中心は「地方の声が国政に届きにくくなる」といった声だが、むろんこれは建て前にすぎない。「自分の選挙が不利になるから」とは口が裂けても言えないだろう。

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