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A man with a clenched fist is abusing the family. Home violence. The husband oppresses his loved ones. Physical violence

なぜ、安倍元首相は銃殺されたのか。日本社会に蠢く抑圧された怒り

日本中を震撼させた安倍元首相を銃殺した事件。この衝撃的な事件と2008年に起きた「秋葉原通り魔事件」を重ね合わせるのは、メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』の著者で、健康社会学者の河合薫さん。河合さんは2つの事件の共通点は「抑圧された怒り」であるとし、現在の日本のあり方を改めて見直すべきだと語っています。

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日本社会に巣食う“抑圧された怒り“

安倍晋三元首相が銃撃され亡くなった事件から、2週間が経ちました。テレビメディアが決して取り上げない政治と宗教の関係、SNS上で飛び交うさまざまな情報やバッシングの数々・・・。私たちの社会に巣食う問題が、まるでパンドラの箱が開いたように次々と明らかになっているようで、なんとも言葉にしがたい薄気味悪さを感じずにはいられません。

日本中が衝撃を受け、恐怖に包まれている「今」だからこそ、メディアには主体的にメディアとしての役割を全うしてほしいと、心から願います。

一方で、今回の事件の第一報が入ったときに、咄嗟に私が思い出したこと。それは2008年の「秋葉原通り魔事件」です。

当時25歳で派遣社員だった男は、「誰でもいいから殺したかった」という自己中心的な犯行動機のもと、秋葉原の交差点にトラックで突っ込み3人をはね、持っていたダガーナイフで無差別に歩行者を切りつけました。

メディアは連日、男のSNSでの書き込みを取り上げ、「派遣社員」という身分にスポットを当てた。番組のMCやコメンテーターたちは、負け組、 社会的孤立、学歴といった男を象徴する属性に、「誰かに認められたい」という欲望が満たされずに犯行に至ったのではないか、という議論を展開。リーマンショックで派遣切りが社会問題化していたことも重なり、「氷河期世代のテロ」とも言われました。

今回の事件とは状況も違うし、犯行動機の背後にある問題も全く違います。しかし、どちらも共通しているのは、彼らが「社会からの排除」を余儀なくされた存在であり、彼らが「抑圧された怒り(inhibited anger)」を抱えていたことです。

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抑圧された怒りは、社会構造が生み出す情動で、偏見、差別、格差などによって長い年月をかけて心の奥底に蓄積されます。

どんなにがんばったところで、抜け出すことができない社会。どんなに能力を発揮したところで、認めてもらえない社会。そんな社会構造で孤立した人は、不安、恐怖、絶望、悲しみなど、ありとあらゆるネガティブな感情に翻弄される日常を強いられる。まるでマグマのように、怒りがうごめくのです。

やがて、怒りが限界に達すると、ある人は生きる力を失い無気力になり、ある人は生きる意味を失い死を選ぶ。また、ある人は暴力的で、残虐な行為をとることで、怒りを発散します。

「怒りの発散」にハイジャックされた心には、道徳心や倫理観のかけらもない。ネガティブな生きる力だけが増幅し、自らを正当化するための頑固で勝手で暴力的な思考に支配され、攻撃するのです。

その怒りを鎮めることができる唯一の手立てが、信頼できる他者との繋がりです。

たった1人でも「信頼できる人」が日常にいれば、怒りで凍てついた心が温まります。心の安寧を取り戻すには、ポジティブな感情を持続させる必要があるのでかなり時間がかかるし、容易ではありません。

それでもたった1人でいいから、心の拠り所があれば最悪の事態は回避できる。たった1人で、いいのです。

では、今の日本社会はどうでしょうか。

「抑圧された怒り」を生む構造はかつてないほどに強固になる反面、人間関係は希薄化する一方です。みんな自分が“落ちない“ことに必死で、他人に傘を貸す余裕もありません。

むろん、どんな社会であれ、他者に刃をむけるような暴挙は断じて許すことはできません。しかし、同時に「そうするしかない」と思わせ、追いつめる社会が確実に存在しているのではないでしょうか。

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日本は世界の中でも社会的つながりが希薄で、「信頼」のない社会です。

「社交ネットワークやコミュニティを結びつけ、協働行動を可能にする信頼、相互理解、共通の価値観、規範など」を表す、ソーシャルキャピタル(社会資本)が際立って低いのです。

イギリスのシンクタンク、レガタム研究所が毎年発表している 「レガタム繁栄指数」の指標の1つ、「ソーシャルキャピタル」で、日本は167カ国中143位。全体では19位なのにソーシャルキャピタルだけがビリグループです。

ソーシャルキャピタルは平たくいえば、日常生活に存在する他者とのつながりで、その基盤となるのが「信頼」です。Capital という言葉が用いられるのは、人と人とのつながりに対する投資が、社会にリターンを生み出すからです。

ソーシャルキャピタルが豊かであれば、“持てる者“が獲得した社会的リソースに“持たざる者“がアクセスできるため、経済的格差社会が生むネガティブな側面が打ち消されます。

犯罪もその一つです。

かつての日本社会には、会社とのつながり、地域のつながりがありました。そのつながりは海外の研究者が驚くほど強かった。しかし、今はそのつながりが消えた。

不確実な社会で安心したいのに、安心できない。それがソーシャルキャピタルの欠損をもたらしているのではないでしょうか。

NHKが5年ごとに実施している「『日本人の意識』調査」では、「なにかにつけ相談したり、たすけ合えるようなつきあい」が望ましいと考える人が、長期的に減少しているとの結果も出ています。

「抑圧された怒りの芽」を摘み取らない限り、悲劇は繰り返される。そう思えてなりません。

みなさまのご意見、お聞かせください。

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image by: Shutterstock.com

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
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