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かつてナチスに用いた戦術。ウクライナから「ロシア軍一時撤退」が意味するもの

ウクライナ軍による反転攻勢で、数日の間に戦況が大きく動いたウクライナ紛争。ロシア軍の占領地域からの撤退に沸いた西側諸国ですが、その裏にはプーチン大統領が描くシナリオが存在するという見方もあるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ロシア軍の一時撤退が彼らの言うところの「再配置」であった場合に考えうる今後の展開を解説。すでにウクライナから引くことができなくなっているプーチン大統領が、戦術核兵器や生物・化学兵器を投入する可能性を指摘しています。

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再度動き始めた国際情勢と今後

「ウクライナ軍がロシア軍によって占領されていた北東部を奪還・解放した」

「南部(へルソン州)でもウクライナ軍が押し返し、ロシア軍の撤退が見られる」

連日、ゼレンスキー大統領がウクライナ軍による戦果を発表し、「ロシアに奪われた土地を取り戻すまで、我々は戦い続ける」と固い決意を述べて鼓舞する姿が報じられました。

アメリカのWar Instituteや英国の情報機関も、内容に若干の差異はあるものの、ウクライナ軍によるウクライナ北東部の要衝の奪還(ハリコフ州イジュームなど)に言及しています。

ロシアも、表現は“再配置”という言い方になっていますが、ハリコフ州からの撤退を認めており、いろいろな憶測が飛び交っています。

欧米諸国(特にアメリカ)からウクライナに供与された武器・弾薬は確かにロシア軍の補給路を断ち、多くの戦車や火薬庫を破壊し、大きな戦果をあげる助けになっていることは事実で、その勢いは南部戦線にも及んでいるとされています。

「数千平方キロメートルの領土を奪還し、行政的な機能も復活させる」

そうゼレンスキー大統領は宣言していますが、これまでに戦争で破壊され尽くしたインフラと街、そして人々の心と自信を再興するにはかなりの年月を要することでしょう。

それに加えて、東部の州で進軍を続け、ロシア軍が撤退を繰り返すうちに、ロシア軍が後方支援を受けやすい地域に入ることを意味するため、今後、ウクライナ軍による反転攻勢もどのような事態になるのかは予測しづらい状況であることを軽視できないことと、南部へルソン州などでの奪還作戦も、激しいロシア軍からの攻撃に晒される状況に変わりはなく、戦況はまだまだ楽観できないというのが実情のようです。

ところで今回のロシア軍の“再編成・再配置”または“撤退”は、実際に何を意味するのでしょうか?

まずオーソドックスな見方をすると、ウクライナがアメリカなどの助けを得ながら展開した情報戦の勝利の結果と言えます。

8月29日だったかと思いますが、ゼレンスキー大統領は「南部の奪還に注力する」と発表し、ロシア軍の守備勢力を南に再配置させ、東部の守りを手薄にした上で、反転攻勢を東部ハリコフ州などにかけたというものです。

多くの専門家の方々がこの考えを持ってらっしゃいますが、果たしてどうでしょうか?

アメリカから提供されたハイマースなどの高性能な武器が機能し、ウクライナ南部および北東部でロシア軍に甚大な被害を与えているのは事実のようですし、それが今回の奇襲作戦を支えたことも事実だと考えます。

双方にとっての補給路の要衝であるハリコフ州イジュームを奪還したというのは、ウクライナ人を鼓舞し、戦う気持ちに再点火するにはいいニュースですが、そのまま勢いに乗って東部の深くまで(ロシア国境に向けて)進むにつれ、十分に補給経路を確保できるロシア軍の激しい抵抗にあうことになります。

ここでロシア軍に大敗を喫することになった場合、逆のベクトルが働く可能性は否めません。

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別の懸念は、ロシアが今、北東部の部隊を容易に撤退させて再編成するのは、南部を含むウクライナの他の地域に比べて、まだまだ軍事的にmanageableだと考えた結果だった場合、ウクライナ軍(とその仲間たち)がロシア・ウクライナ国境を超えることが出来ないことを分かっていて、深みにはまらせ、その間に心理的な柱にもなっているクリミア半島を含む南部をおさえることに尽力するという戦術を取っている場合、それは本当に“再配置”に過ぎないことになり、ロシアはまた“別の戦争”を別次元で戦おうとしているようにも見えます。

これは2つ目のシナリオである“立て直しのための再編成“にもつながります。

報じられるところによると、情報戦の内容も含みますが、ロシアが北朝鮮からの武器調達を実行に移しています。一応、購入契約という形式は取っていますが、これは双方を利するディールになりかねないとの懸念です。

すでに外交の場で効果を発揮しているのが、国連安保理で北朝鮮の核開発への非難が高まり、安保理決議が模索された際、ロシアはその決議案に明確に反対し、拒否権を発動するに至っている事案です。これは今回の武器提供のお返しという側面に加え、ロシアがウクライナに侵攻して以来、一貫して北朝鮮が対ロ非難に対して真正面から反対をしてきていることへの返礼とも受け取ることが出来ます。

また北朝鮮との関係強化は、物資の輸入が事実上止められているロシアにとって、北朝鮮がもつ密輸チャンネルはこれから先、欠かすことが出来ないものになるでしょう。

ここに加わるのが上海協力機構加盟国です。中国は言うまでもなく、中央アジア諸国(カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン)、モンゴル、パキスタン、トルコ、そして今回、加盟申請を行うイランなどは、欧米諸国とその仲間たちが閉ざした物資の調達の道を開いてくれる大事なパートナーとなります。

欧州への天然ガス販売の代金などにより、エネルギー資源の輸出による収入が安定的に流れ込むロシア経済にとっては、ルートがあれば、物資および武器弾薬の調達は可能になるわけで、ウクライナの反転攻勢が展開される間に時間稼ぎをして、必要な物資の調達を行って態勢を立て直すことが可能になります。

態勢が立て直された後は、恐らくこれまで約7か月続いてきた戦略と攻撃方法を大幅に見直し、ウクライナに対する攻撃を強めていくことになりますが、問題はウクライナ軍と国民、そしてウクライナを支援する各国がそれに耐えることが出来るかどうかでしょう。

そしてこの“立て直しのための一時撤退”が持つもう一つの意味合いは、ロシアがウクライナとの戦争を別次元の戦いに変えてしまう可能性です。

もしロシア軍が追い込まれていて、通常の攻撃では目標が達せられないと判断した場合、一旦、ウクライナ領内のロシア軍をロシア領内に撤退させたうえで、ウクライナにミサイル兵器などを用いた全土総攻撃をかけるという可能性です。

よく似た戦術を第2次世界大戦時の対ナチスドイツ戦で用いたそうですが、一旦、ロシア(ソ連)軍を退かせたうえで、ナチスドイツ軍を囲い込み、閉じ込めたうえで一気に攻撃を加えたという戦略です。

時代こそ違いますが、今度はウクライナに対して同じような戦略を実施する場合、ロシア軍による戦術核兵器や生物・化学兵器の使用も含めた総攻撃が実施されることも考えうる選択肢となってきます。

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実際に今週に入ってアメリカ・ワシントンDCでも「あまりプーチン大統領とロシア軍を追い詰めてしまうと、プーチン大統領は戦術核兵器や生物・化学兵器を投入する方向に傾く可能性が高まる」との警戒がちらほら出てきていますし、英国の情報機関は「ロシア軍の核戦力が、開戦以降、即時展開できる状況のままスタンバイ状態に置かれている」という警戒を出しています。

すでにウクライナから手を退くことは、政治的にできなくなっているプーチン大統領にとっては、局面の打開、もしくは反転のために、戦術核兵器や生物・化学兵器を用いた別次元の戦いにレベルを高める可能性は否めないと考えます。

そのようなオプションを今後選択するかは、私は【戦争に対してロシア国民が抱く心理と認識】がカギになると考えています。

もうすぐ開戦から7か月を迎えますが、ロシア国内に住むロシア国民の多くは、【この“戦争”は今でも「国」がよそで行っている戦争】という意識で見ているようです。

確かに、メディアが報じるようにロシア国内でもプーチン大統領や政府に対する批判も出てきていますし、反戦の声も高くなってきていると言われていますが、それでも心理的にはまだ“自分たちが直接的に巻き込まれる戦争”とは見ておらず、批判にも熱がこもっていないと言えます。

ウクライナ人にとって、この戦いは自らと国の生存をかけた戦争であるのとは大違いです。

様々なバックグラウンドのロシアの人々と意見交換をしてみても、ウクライナでロシアが行う戦争に対してどこか他人事のようなコメントをする人も多くいます。

世界中から非難されることは我慢ならないけれど、その非難も一時的なもので、時間がたてば収まると考えている人が多いのには私も驚いていますが、今回、自国が隣国ウクライナで展開している戦いは、どこか遠くで行われている“国”による戦争という意識です。

もしロシア国民の大多数が、この“ウクライナでの戦争”を国境の向こうで行われている戦争ではなく、【自分たちの生命や今後に直接的に関係する戦争】と認識するようになった場合、この戦争の様相と性格が一変する可能性も出てきます。

それは、もしかしたら【一気に停戦になだれ込む】という後押しになるかもしれませんし、逆に【ロシアとその国民の生存をかけた戦争】という位置づけになるかもしれません。このどちら側に認識が寄ってくるかによって、今後の戦争の展開は変わってくるように考えます。

前者であれば、とても望ましいと感じますが、同時にかつてから囁かれるような“欧米による情報作戦”だとか、“CIAやMI6が…”という陰謀論も、ロシアとその仲間たちの間で囁かれることになり、新しい対立および世界の2極化の加速となるかもしれません。

そして、先ほどの核の問題に絡めて、アメリカ政府も【一方的にロシアが敗北するシナリオは避けたい】という思いを抱いているようです。

もし後者であれば、自身の生命の保護と生存のために、ロシアはどのような手段を用いてもこの戦争に勝たなくてはならず、そのためには持つ手段はすべて使うという方向に、感情が流れ、それがプーチン大統領とその周辺を後押しし、恐ろしい手段に訴えかけることにつながりかねません。

ロシアの国民感情の変化が与える影響は計り知れませんが、プーチン大統領とその周辺が描くウクライナとの戦争における“戦略”がどの程度、国際的に受け入れられるかは、今週、ウズベキスタンの首都サマルカンドで開催される上海協力機構の会議での議論・協議にもよります。

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そしてそのカギを握るのは、プーチン大統領はもちろんですが、実際には、自らの第3期目を手中に収めたと言える中国の習近平国家主席でしょう。

自らの第3期目が決まる党大会を来月に控えるタイミングで外遊に出るというのは異例と言えますが、それはすでに3期目が確定し、政権および体制の見込みが安定したということを内外にアピールすることを目的にしていると思われます。

その習近平国家主席による外交再開の封切が今回の上海協力機構会議と言えます。

狙いは【11月にインドネシア・バリ島で開催されるG20首脳会議で欧米側と対峙するために中ロの結束を確実にしておく】というものでしょうが、中国にとっては、自らの一帯一路および中国と欧州とをつなぐ地政学的要衝ともいえるカザフスタンとの連携を深め、中央アジア地域における勢力圏拡大と基盤確立が狙いと言えます。

それを裏付けるように9月14日にはカザフスタンを訪れ、トカエフ大統領と会談し、カザフスタンが潤沢に持つエネルギー資源の確保と国家資本主義体制の強化について合意しました。

この国家資本主義体制は、中ロを軸として作られる極とも言い換えられますが、カザフスタンと、今回の上海協力機構会議の開催地ウズベキスタン、そしてほかのスタン系の国々を含む地域が一気に赤く染まることに繋がり、大きな勢力圏となります。

また今回、イランも会議に参加し、正式に上海協力機構に加盟する見込みで、そうなることによって一大経済圏ができるだけでなく、反欧米の連帯が生まれることになりますし、習近平国家主席が台湾侵攻を進める後押しになるかもしれません。

これはロシアにとっても大きな意味を持ちます。イランが加盟し、中国と上海協力機構を主導していくことで、自らのウクライナ侵攻を受けて国際市場へのアクセスが制限される中、生活物資などの国内で必要となる物資や武器弾薬などの調達網を形成することができるからです。

カザフスタンのトカエフ大統領は、自らの政治的危機をプーチン大統領に救ってもらったことは忘れていませんし、ロシアによるウクライナ侵攻とは距離を置きつつも、自国の経済を中ロと結びつけることで生き残りを図る方針ですから、参戦はせずとも、しっかりとロシアの背後でサポートするという姿勢のようです。

今回の上海協力機構会議で興味深いのは、中国と緊張関係にあるインドのモディ首相の参加です。

アジア・インド太平洋地域における中国の影響力の拡大には警戒心を高めつつも、中国との関係は切れず、またロシアとの適切な距離感も保つという複数の目的から、この上海協力機構会議をちょうどいい具合の枠組みと見なしているようです。

ロシアとの間にすでに築かれている特別な関係を維持しつつ、中ロの接近にも楔を打ちたい考えで、今回、習近平国家主席ともプーチン大統領とも会談を行い、中央アジアから南アジアに広がる地域において、特別なトライアングルを築くことで、力の均衡を図ろうとしていると思われます。

そのインドの会議への参加も、またプーチン大統領にとっては、インドの支持度合いを測るいい機会になると思われ、これまでと同レベルか、これまで以上の理解をインドから得ることが出来ると感じた場合、来週以降、ウクライナでの戦争において新たな局面を作り出す可能性が高まると読んでいます。

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ロシアにとって懸念材料があるとすれば、自らの裏庭でもあるアルメニアとアゼルバイジャンの間で燻る新しい紛争の影でしょう。

9月12日深夜から13日未明にかけてアルメニアとアゼルバイジャンの間で軍事衝突が起こり、アルメニアのパシニャン首相曰く、アゼルバイジャン側からの無人ドローン攻撃や迫撃砲による攻撃でアルメニア側に49名の死者が出たとのことですが、今後の展開によっては、中央アジア・コーカサスにおける国家資本主義体制の基盤確立に走る戦略に待ったをかけるかもしれません。

その危険性に気づいたからか、それとも2020年11月にプーチン大統領の仲介によって停戦が成立したことに対する責任感からか、ロシアが早速仲介に乗り出すことになりました。またアメリカのブリンケン国務長官も即時停戦を求める中、ロシアに役割を果たすように依頼しているようです。

ただこのナゴルノカラバフ紛争の再燃はいろいろな憶測を生みます。この調停プロセスに私自身が関わったということもありますが、同時に停戦合意後の状況が、同じく調停に携わったコソボにおける状況に似ている気がして懸念しています。

そして無人ドローンの投入があったことで、本当にこれが2国間の衝突と結論付けていいのか迷うようになりました。

アゼルバイジャン側に勝利をもたらしたのはトルコから供与された無人ドローン兵器とトルコからの軍事面での後ろ盾と言われていますが、それは同時に、アルメニアと軍事同盟を持つロシアに妥協を強い、調停の場に引きずり出しただけでなく、トルコの中央アジアでの影響力拡大をロシアに容認させるというトルコの外交的な勝利とも特徴づけられます。

今回の軍事衝突ですが、どうして上海協力機構会議が開催される直前に起こっているのでしょうか?

単なる偶然でしょうか?

いろいろな情報に触れてみると、トルコの関与が透けて見えてきます。アゼルバイジャンに手を出すなというメッセージと、トルコによる中央アジアへの影響力拡大の確認をロシアに行い、かつアルメニアにそれを明示するという狙いです。

ゆえにロシアも迅速に対応し、今、非常に外交・安全保障上、デリケートな状況に置かれていることを自覚したうえで、調停に名乗りを上げることで、トルコにメッセージを送ったようにも思われます。

その答えの一端は、恐らく上海協力機構首脳会議が終了した後に見えてくると思われます(トルコも今回の会議に参加するため)。

また国際情勢が非常に複雑かつ混沌としてきたように思います。日本ではこれから3連休を迎えますが、その連休が明けた後、どのような展開が待っているのか、非常に懸念しています。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: podyom / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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