10月6日の国連人権理事会で、アメリカが主導し提出した「新疆関連問題を討議するよう求めた草案」が否決されました。エネルギー問題でもアメリカの意向に反し「OPECプラス」が減産を決めるなど、バイデン外交の影響力の低下がはっきりとしてきたようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、「人権」の問題を中国非難の旗印に据えるのは、日本にも脛に傷があるようにどの国にとっても反動が大きいと解説。新興国や発展途上国にとって、中国が掲げる「緩いつながり」が魅力的に映る理由を伝えています。
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陰りが目立ち始めたバイデン外交に世界はどこまで付き合うのか
メルマガの第36回では、習近平政権がバイデン政権の発動する制裁や同盟国を巻き込んだ中国包囲網などのプレッシャーに対抗するため、上海協力機構やBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)という非西側先進国との絆を最大限利用することに触れた。
この中国の戦略は、いま少しずつだが機能をし始めたようだ。というのもアメリカが仕掛けた二つの重要な戦線で、その外交の綻びを露呈したからだ。二つの戦線の一つとは「人権」であり、もう一つは「エネルギー」のことだ。
まず「人権」だ。10月6日、国連人権理事会第51回会合(以下、理事会)の場がその典型例である。47の理事国が出席した会合で、アメリカが主導し提出した「新疆関連問題を討議するよう求めた草案」の表決が行われ、反対19カ国、賛成17カ国、棄権11カ国で最終的に否決されてしまったのだ。
反対と賛成の差が2票と聞けば僅差のようだが、アメリカが事前に根回しを行い、8月には新疆ウイグル自治区では深刻な人権侵害が行われているという報告書──中国はこの中身を全否定していたが──も出されていたのだ。また西側先進国が一致団結し、その影響下にある国に対してプレッシャーを与え続けてきたなかでの敗北は大きな注目を集める結果となった。
理事会の16年の歴史のなかで、常任理事国である中国を討論対象にしようとする試みは初めてのことだった。表決を受け、中国メディアは一斉に大勝利を叫び、その他のメディアも中国の外交的勝利と報じた。
興味深かったのは中国の陳旭大使が発した「今日は中国がターゲットだが、明日はどの発展途上国が標的にされても不思議ではない」という警告だった。
ロシアによるウクライナ侵攻後、紛争を抱える国々の間では「明日のウクライナ」という表現が多用され、日本でも「台湾は明日のウクライナ」とメディアが騒いだ。専制主義国家と西側が見做す国への恐怖を煽り、自陣営に加えようとする意図を持つ言葉だが、中国は今回、それを逆手に取ったカウンターを発したのだ。「一たびアメリカが『気に入らない』と思えば、いつ『人権』を理由にターゲットにされても不思議ではないよ」と。
実際、人権問題はアジアだけでも無数にある。なぜウイグル問題だけ取り上げられるのかは、アメリカの意図と政治的な背景を抜きには語れないのだ。そもそも、「人権」侵害を厳密に問えば、脛に傷を持たない国などない。例えば、日本だ。
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フィリピンパブの問題は、外国や国連の目には人身売買と映るし、かねてから「奴隷労働」と指摘されてきた外国人技能実習制度は「外国人労働者搾取」と米国務省からも指摘(2021年7月1日)されてきた問題だ。また従軍慰安婦問題も、アントニー・ブリンケン米国務部長官は2021年2月18日、「第2次世界大戦当時、旧日本軍によることを含んで女性に対する性的搾取は深刻な人権侵害ということをわれわれは長い間語ってきた」と批判している。
日本でさえそんな状況であれば新興国や発展途上国が無傷なはずはない。そもそも「人権」のご本尊であるアメリカでさえ、今回の人権理事会で陳大使から「自分たちの人権問題には目をつぶり、他国だけを責めている」と批判され、「人権状況に問題を抱えていない国はない。アメリカも、そして中国も」(テイラー大使)と答えざるを得ない状況なのだ。
中国に賛同するというよりも、今後もしアメリカとの間に深刻な利害対立を抱えれば、「人権」で徹底的に責められかねない自国が容易に想像できることが中国と歩調を合わせるメリットなのだ。
西側先進国は、すべての価値観が正しく自分たちのルールに合わせろという圧力をかけてくる。それに対して中国がつくろうとしているシェルターは、自国の経済発展を優先し互いに内政干渉せず「緩いつながり」でしかない。この中国の仕掛けは、アメリカが高圧的に出れば出るほど発展途上国には魅力的に映るのだ。
そして早速その兆候の一つが世界を駆け巡った。「石油輸出国機構(OPEC)内外の主要産油国で構成する『OPECプラス』が大幅減産」というニュースだ。
ヨーロッパをはじめ世界がエネルギー価格の高騰に苦しんでいるなか、バイデン政権は増産への強い圧力をサウジアラビアほかの産油国に与えていた。それにもかかわらず「OPECプラス」は減産を決めてしまった。しかも当初の予想を大幅に超えた大減産というのだからバイデン大統領の頬を打つような仕打ちだ。
これに欧米社会が受けた衝撃は計り知れない。西側メディアは、世界がエネルギー価格の高騰やインフレに苦しむ現状をたてに産油国を責める姿勢を鮮明にしたが、OPECの雄、サウジアラビアの反応は冷淡だった。
背景には、アメリカが自国の石油産業へは減産を強いることなく、外にだけそれを求める姿勢への不信感があったとされる。バイデン政権にしてみれば従来からの政策の維持と選挙を控えたインフレ退治で、そうせざるを得なかったのだろうが、両者が正面衝突するのは時間の問題だったのだ──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2022年10月9日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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