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【ISIL人質事件】後藤さんの悲劇を受けて、日本がやるべきこと

「イスラム国」側の要求の変化が示すもの

『NEWSを疑え!』第367号より一部抜粋

本当に残念なことですが、後藤健二さん殺害の画像がネット上に投稿されました。

後藤さん、そして湯川遙菜さんのご冥福をお祈りするにあたり、今後、同様な事態が起きたときのために、そして再発させないために、後藤さん殺害直前の状況の整理と今後の課題について記したいと思います。

まず、「イスラム国」側が空爆などで相当のダメージを受けていることは、ネット上に投稿される画像の変化と二転三転したかに見える要求を通じてわかるという点からまいりましょう。

世界中が見慣れていた人質画像は、同じ場所と思われる土漠を背景にオレンジ色の囚人服を着せられた人質が跪かされ、ナイフを片手にした黒覆面姿の「ジハーディ・ジョン」と呼ばれる英国人が立っている構図でした。撮影場所などを特定されないためでしょうか、明らかに画像を合成する設備のあるスタジオのような部屋で作業が行われたとみられます。

その画像が静止画に一変したのは、1月24日からです。殺害された湯川さんの遺体が写っている写真をもった後藤さんの静止画に、後藤さんとみられる男性の声が英語で流されました。続く27日の画像になると、後藤さんの静止画に「残された時間は24時間しかない」という音声がつけられたものになり、それが29日になると、アラビア語の文章を背景に後藤さんとみられる人物が、29日の日没までにヨルダンで収監されていたサジダ・アル・リシャウィ死刑囚をトルコとの国境に移送するように求めている画像になりました。

この変化は、米国などの空爆で居場所を転々としなければならなくなった「イスラム国」側が、移動中に画像を作成した結果、と考えるのが自然です。

それが、後藤さん殺害を伝える画像では、もともとの土漠を背景とし、黒覆面姿のジハーディ・ジョンが立っている動画に戻っていました。

これは、「イスラム国」がスタジオのような部屋を使えるようになるまでに勢力を回復したことを物語るのではなく、むしろ逆に空爆などによるダメージは大したことではなく、依然として勢力を保っていることをアピールするため、無理をしてスタジオのような部屋を用意して作成した画像だと考えられます。

それは、要求の変化と併せてみるとよくわかります。

「イスラム国」は2億ドルの要求(1月20日)を掲げて、それが拒否されると湯川遙菜さんを殺害しますが、そのあと後藤さんと爆弾テロ事件でヨルダンに拘束されている女性死刑囚との交換を要求してきます。この要求を呑まなければ、「イスラム国」に拘留されているヨルダン軍のパイロットを後藤さんより先に殺害するとしていました。

これは、後藤さんと女性死刑囚を交換したあと、パイロットのほうはさらに重要な死刑囚などとの交換に使おうとしているとみられました。

これに対して、ヨルダン国内からヨルダン軍パイロットとの交換が優先するとの声が高まり、いったんはヨルダン政府としても女性死刑囚の釈放を決めますが、「イスラム国」側がパイロットの無事の確認要求に反応せず、膠着状態が続くとみられていた矢先、後藤さん殺害が実行されたというものです。

「イスラム国」側としては、女性死刑囚の釈放には後藤さんよりパイロットのほうが重要だと判断するに至った結果だと思われます。

この「イスラム国」側の要求の変化は、空爆などによって勢力を失っていく過程で、「イスラム国」指導部内で方針に対立が生じ、二転三転することになったのだとみてよいでしょう。

後藤さん殺害を受けて、直近の課題としてはパイロットが生存しているかどうかということになりますが、その結果にかかわらず日本として整理しておかなければならないことがあります。

まず第一は、事件の原因がエジプトでの安倍晋三首相の演説(1月17日)にあったのでも、通訳の問題でもなく、すべては「イスラム国」が様々な要求貫徹のカードに使うために湯川さん、後藤さんを拉致したことに帰結し、安倍演説に言いがかりをつける形で二人の殺害に至ったという点を、マスコミを通じて国民と共有することです。

事件発生後の日本政府の取り組みが合格点をクリアしていたことは、これまでにも編集後記で述べたとおりですが、今後、同様の事態に至ったときに確実に人質を生還させるための教訓を引き出すため、早急な総括と合格点をクリアした「模範解答」の作成、つまりマニュアル化が求められると思います。

第二は、自衛隊派遣の問題です。

米国などが有志連合を結成したり、国連決議に基づいて「イスラム国」への武力行使に動くとき、日本は集団安全保障の枠組みの中で自衛隊を派遣することを求められる立場です。

また、人質が日本人であるかどうかに関係なく、各国が人質救出作戦に特殊部隊を投入するとき、日本は手をこまねいていることはできません。米国やオーストラリアが個別的自衛権の行使として特殊部隊を投入することもありますが、そのとき日本は集団的自衛権の行使で行動しなければならない立場でもあります。集団安全保障による特殊部隊の投入もあるでしょう。

こんなとき、日本は延々と議論を続けることを許されている立場ではありません。日本国憲法の枠内で許される線引きをしておき、迅速に行動に移すと同時に、それを国民に説明できるよう、準備しておく必要があります。

まず陸上自衛隊の部隊については、後方支援任務が明らかな施設科(工兵)部隊などはともかく、普通科(歩兵)部隊については「普通科部隊を派遣する場合、普通科連隊の部隊装備火器の範囲から取捨選択できるものとし、戦車部隊などを伴う連隊戦闘団(RCT)以上の編成の部隊は派遣しない」としておけば、安倍首相のいう「自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してありません」(昨年7月1日の集団的自衛権行使容認の閣議決定後の記者会見)という言葉通りの派遣となり、しかも世界各国から一定の評価をもらえる派遣が可能になると思います。

特殊部隊のほうも、2001年9月11日の同時多発テロの直後、NATO(北大西洋条約機構)の集団的自衛権の行使としてドイツが特殊部隊をアフガニスタンに派遣した事例をモデルに、各国の特殊部隊のオペレーションをサポートする支援任務に限定するなど、派遣の仕方を明確にしておく必要があります。

特殊部隊については、内閣危機管理監のもとで派遣するよう規制を求める声がありますが、警察官僚である内閣危機管理監には自衛隊の特殊部隊をオペレーションする知見はありませんし、警察の特殊部隊を派遣する感覚で自衛隊の特殊部隊を派遣することは、自衛官の危険にもつながります。高い能力を持つ米国FBI(連邦捜査局)の人質救出チーム(HRT)でさえ、軍の特殊部隊のオペレーションから一歩引いた立場にいることを忘れてはなりません。

以上のような線引きを明確にしておけば、自衛隊による米軍など他国軍への後方支援をいつでも可能にする恒久法の制定について、公明党との合意のハードルも下がると思われます。

恒久法制定は、いつでも迅速に自衛隊を出動させる態勢によって、日本が世界の平和にとって「アテになる存在」であることを示す指標であり、そこから生まれる日本への信頼が日本の平和と安全を高めることを、日本国民は知る必要があります。

 

『NEWSを疑え!』第367号より一部抜粋

著者/小川和久(軍事アナリスト)
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。
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