【イスラム国】専門家が合格点を与えた「チーム安倍」の裏の動き

小川和久© papa - Fotolia.com
 

「イスラム国」との接触ルートは

『NEWSを疑え!』第365号

この原稿を書いている1月25日の時点で、「イスラム国」人質事件で拘束されていた湯川遥菜さんが殺害され、後藤健二さんとヨルダンに拘束中の女性死刑囚(爆弾テロ容疑者)の交換が提案される展開となっています。

ネット上に投稿された後藤さんの画像が手に持っている写真を見る限り、湯川さんの殺害は間違いないものとみられ、残念というしかないわけですが、身代金2億ドルを要求した72時間のタイムリミットを大きく過ぎて、身代金要求を取り下げる形で人質交換が提案されたことは、日本政府が「イスラム国」との接触の段階までたどり着いていたことを物語っていると思います。

実を言えば、「イスラム国」人質事件で、安倍晋三首相に率いられる「チーム安倍」は当初から国際水準を満たした安定感を見せていたのです。

中東歴訪中の20日、安倍首相は事件発生を受けてエルサレムで、イスラエルとの情報共有の姿勢を明らかにしました。

中東諸国の中に浮かぶ「孤島」のようなイスラエルです。その生存のためには高度な情報活動が欠かせません。当然、中東諸国とのパイプも豊富に備えていない方が不思議なくらいです。

まずは、そのイスラエルの協力のもと、「イスラム国」と接触するルートを探るところから、チーム安倍の動きは始まりました。

同時に安倍首相は、イスラエル・パレスチナ滞在中にパレスチナ自治政府のアッバス議長と会談、ヨルダンのアブドラ国王、トルコのエルドアン大統領、エジプトのシーシー大統領など中東諸国の首脳と電話会談を行い、協力と情報提供を要請することを実行に移したのです。

さらに、現地対策本部の指揮をとるために中山泰秀外務副大臣をヨルダンのアンマンに派遣し、現地の司令塔として機能させる態勢をとりました。

世界の専門家から見ても、これが合格点の動きだったことは間違いありません。

ところが日本国内では、全面否定のような見方が支配的となっています。

いわく、イスラエルとの情報共有など中東諸国の反発を招くだけで、「イスラム国」との接触の機会を遠のかせるだけだ。

いわく、イスラエルから中東諸国の首脳に電話するなど、外交のイロハを知らないのではないか。

いわく、中山外務副大臣はよく知られた親イスラエル・ロビーで、日本・イスラエル友好議員連盟の事務局長だ。父親の中山正暉元郵政大臣は同議員連盟の幹事長を務めたこともある。アラブ諸国が敵視している人物を現地対策本部長にするなど、安倍首相はどうかしている。

イスラエル対イスラム諸国、という一般論からすれば、そのような批判が出るのは不思議ではないかもしれません。しかし、これは国際政治の現場を知らない議論でしかないのです。

現実には、アラブ諸国やトルコ、イランなどイスラム諸国にとって、「イスラム国」は「いまそこにある危機」そのものなのです。この共通の敵である「イスラム国」について、イスラエルとも協力し合い、情報を共有するというのは、現実の国際政治の中では不思議でも何でもないことです。リアル・ポリティクスそのものと言ってよいでしょう。

中山副大臣にしても、リアリズムがすべての外交の現場ではアラブ諸国が異を唱えることはあり得ないし、父親の代からイスラエルと親密な関係にあるとすれば、情報提供にあたってのイスラエルのサービスは普通の政治家に対するものと比べても、むしろ期待できる部分があると考えるべきなのです。

そういう流れの中で、当初のタイムリミットとされた23日午後2時すぎよりも前の段階で、日本政府は「イスラム国」に連絡をつけることに成功したことは、それが仲介者、仲介国による間接的なものであろうと、間違いありません。

日本のマスコミや識者は、イスラムの聖職者や部族長の人脈からアプローチしていると伝えてきましたが、現実はまったく違うものと思われます。

ここで明らかにするわけにはいきませんが、1月22日号で西恭之氏(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教)が書いたコラム「『イスラム国』からピンハネする悪い奴ら」を思い出してください。

暴虐な「イスラム国」が聞く耳を持つのは、石油の密売の相手や武器を供給してくれる業者などが思い浮かびますが、彼らの「イスラム国」に対する力関係は、石油密売収入の61%をむしり取っていることでもわかろうというものです。石油価格が下落しても、武器をはじめ取引の相手は「イスラム国」が壊滅しない限り、存在し続けるのです。

そうした業者が足場を持つトルコから、そしてトルコ政府とトルコの情報機関の協力のもとに、日本政府は「イスラム国」との接触に至ったのは間違いないところです。

24日の時点で安倍首相がヨルダンのアブドラ国王と緊急電話会談を行ったのは、上記のような接触の中で、「イスラム国」側からヨルダンで服役中の死刑囚との交換が提案されたからと考えるのが自然です。

こうした道筋の第一歩が、エルサレムでの安倍首相の言動によって記されたことは、人質事件がどのような結末になろうと、現実の外交をながめ、次なる事態に備えるうえでも、知っておいてよいことだとおもいます。

 

『NEWSを疑え!』第365号

著者/小川和久(軍事アナリスト)
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。
≪無料サンプルはこちら≫

print
いま読まれてます

  • 【イスラム国】専門家が合格点を与えた「チーム安倍」の裏の動き
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け