MAG2 NEWS MENU

日本のアパレルはもう死んでいる。今後「蘇生」する可能性は残されているのか?

グローバル化によって日本人が着用するアパレルの97~98%が海外生産になっているそうです。企業が儲けを求め、消費者が安さに飛びついた結果、日本のファッション業界は「既に死んでいる」状態と見ているのは、ファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんです。今回のメルマガ『j-fashion journal』では、中国での生産の持続が不透明な状況のなか、日本のファッション業界が蘇る方法を考察。世界に刺激を与えてきた独自文化と、多様性を認めたうえで改善する能力に可能性を見い出しています。

この記事の著者・坂口昌章さんのメルマガ

初月無料で読む

ビジネスよりファッション

1.消費者はアパレル産業なんて関係ない

1980年代まで、日本人が着用するアパレルはほとんどが日本製でした。90年代になると、中国生産が飛躍的に拡大し、現在では97~98%が海外生産になっています。その中でも、圧倒的に中国生産が多いのです。

しかし、中国生産は揺らいでいます。米中のデカップリング、新疆ウイグル地域におけるウイグル族の人権弾圧、中国不動産バブル崩壊、ゼロコロナ政策等により中国経済は大打撃を受けています。打撃が大きすぎて、回復不可能なのではないでしょうか。個人的には中国生産中心のグローバリズは崩壊したと考えています。

中国のアパレル生産が持続できないとなると、日本生産に回帰するか、東南アジア諸国生産に切り換えるかという選択になります。

もう一つ、日本市場の問題があります。日本の人口は減少し、高齢化が進んでいます。働き盛りの社会人が親の介護のために仕事を離れるという介護離職という問題も起きています。増税も計画されており、可処分所得は益々減少するでしょう。

しかも、デジタル支出は生活のインフラとなっており、削減することは困難です。教育費も、子供の将来に対する必要不可欠な投資となっています。エネルギー費、食費も供給不足で価格が上がっています。どう考えても、ファッションに関する消費は増えそうにありません。ファッションビジネスは不況業種となり、投資も人材も集まらなくなるでしょう。

しかし、東南アジアにとって、アパレル産業は成長産業です。ファッション市場も拡大していきます。今後もファッション産業への投資は増えていくでしょう。

グローバルファッションはなくなりません。「ユニクロ」も「無印良品」も「しまむら」も元気です。かりにどこかが淘汰されても、コピーブランドが次々と登場します。原産地がどこであろうと、アパレル企業の国籍がどこであろうと、消費者にとって何の不自由もありません。世界共通のトレンドによる世界共通のブランドの服がなくなることはありません。

日本の消費者が困らないのであれば、日本のアパレル産業が淘汰されても、気がつきません。百貨店が閉店しても気がつかないように。「最近、日本のアパレル企業ってなくなったね」と言われるだけです。

2.「きもの」がなくなったら困るのか?

日本のファッション産業がなくなっても消費者は困りません。しかし、日本オリジナルのファッションがなくなったらどうでしょうか。

例えば、きものについて考えてみましょう。日本からきものが消えたら困るという人は多いと思います。若い世代は格安で購入できる古着を楽しんでいます。多分、今後数十年間は古着の在庫がなくなることはないでしょう。しかし、古着が売れても、新しいきものが売れなければ、きもの業界、きもの関連の職人は淘汰されます。

きもの業界にとって、主力商品は着尺の反物です。極端にいえば、反物が売れればいい。きものに使おうと、インテリアに使おうと、手芸に使おうと構わない。着尺の反物が売れることがきもの業界の生き残り策です。

この記事の著者・坂口昌章さんのメルマガ

初月無料で読む

振り袖や黒留袖は、デジタルプリントが増えています。デジタルプリントが増えると、手描き友禅、型染友禅の会社や職人は仕事がなくなります。イラストレーターがいれば、良いのです。

浴衣も大きな柱です。こちらは、仕立て上がりの商品が主力なので、着尺である必要はありません。洋服の生地(広幅)でも問題ありません。プリントの手法も、注染(ちゅうせん)だけでなく、スクリーン捺染、デジタルプリントが増えています。図案のデジタルデータを海外に転送すれば、現地でプリントして縫製することが可能です。

きもの業界は淘汰が進んでいますが、きものは持続可能です。きものを生産する技術がデジタル化すると、サプライチェーンはグローバルになります。しかし、日本人女性がどんな柄を好むかを考え、図案を作るのは日本人が行うことになるでしょう。これはきもの以外でも共通した課題です。ロリータファッションも日本で企画して中国で縫製するケースが増えています。

デジタル化の問題は、アナログ技術の衰退を招くことです。高度な技術がなくなっても、デジタルで代替えできる商品は存続します。ほとんどの消費者は困りません。そして、外国籍の企業も参入可能です。

問題は数百年、千年以上継承してきた技術を失って良いのかという日本文化、伝統工芸の問題です。税金や補助金で保護すれば良いという考えもありますが、これを行うと確実に技術は形骸化し、進化は止まります。やはり仕事を残さなければ技術は継承できないのです。

3.ガラパゴス的ニホンの魅力

グローバリズムは、世界は一つと考えます。世界共通のルール、世界共通の政府を理想にしています。国境もなくし、自由貿易を推進する。それがグローバリストの考えです。

一方で、世界の多様性を守るべきという考え方があります。世界を一つのものとして扱うのではなく、小さな単位に分割してそれぞれが自立する。国境は大切だし、国内産業の保護も大切です。こう考えるのはローカリストです。

グローバリストとローカリスト。どちらが正しくてどちらが間違っているということはありません。グローバルなライフスタイルもあれば、ローカルなライフスタイルもあります。一人の人間が場面によって演じ分けることもあります。

また、グローバルビジネスもあれば、ローカルビジネスもあります。グローバルだけでは、貧富の格差も生れるし、全ての人を幸せにすることはできません。そこにローカルが加わることで、適度な刺激が生まれ、多様な豊かさを実現します。

この記事の著者・坂口昌章さんのメルマガ

初月無料で読む

日本は西欧とは異なる独自の文化を持っており、「ガラパゴス」と言われることもありますが、西欧の観光客はそのガラパゴスに魅力を感じているようです。西欧文化と日本文化は全く対照的で異質な美意識を持っています。日本の建築、庭園、きもの、工芸、芸術などの全てに異質な美意識を見いだすことができるでしょう。そして、互いの文化を尊敬し合い、互いに刺激を受け、新鮮な感動を覚えます。

異質といっても、他人に迷惑をかけたり、他人の人権を侵害することではありません。平和な世界を愛するというグローバルな価値観は共通しています。

もし、日本が西欧文化一色で染められてしまったら、西欧人にとっても世界は単調なものになるでしょう。日本が独自の文化や美意識を持ち、独自のライフスタイルを実践していることは、世界に刺激を与え、世界が進化を続けることに役立っています。

それはファッションにもいえることです。70年代にパリの正統的なデザイナーであるサンローランと対照的に、ヒッピー文化とジャポニズムを打ち出した高田賢三がいたように。そして80年代に停滞していたパリのファッション業界にアバンギャルドな新風を巻き起こした川久保玲、山本耀司がいたように。日本の独自文化は西欧文化を刺激し、活力を与えてきたのです。

そう考えると、日本人デザイナーズブランドは今後とも、存在価値を失うことはないでしょう。

4.文化産業の一翼としてのファッション

パリは「オートクチュール」を伝統的な技術に支えられた芸術であり、文化であると考えています。同時に、ブランドビジネスの象徴でもあります。芸術、文化とビジネスが融合することで、持続可能となっています。

日本のファッションもビジネスの側面だけでなく、文化や芸術としての側面を重視するようになると思います。

ビジネスだけなら、日本オリジナルのファッションである必要はありません。アパレル業界の人は、ニューヨークのブランドでも、パリのブランドでも、イタリアのブランドでも売れればいいと考えています。ですから、売れそうなブランドとライセンス契約を結んでいるのです。そして、それがファッションビジネスの主流だと思っています。

実際に、海外ブランドが好きな顧客も存在します。しかし、そういう人はライセンスブランドではなく、本物のブランドを買えばいいのです。

一方で、日本独自のブランドを求めている、インバウンドや日本人も存在します。日本企業が果たすべき役割は、日本人デザイナー、日本オリジナルブランドを育成し、発展させることではないでしょうか。そしてヨーロッパとは異なるファッションビジネスをアジア中心に展開することではないでしょうか。

この記事の著者・坂口昌章さんのメルマガ

初月無料で読む

ヨーロッパは一つの価値観を押しつけます。自分たちが正しくて先進的だと考えています。世界の民族的な文化やファッションを正式なものとは認めず、西欧の価値観を押しつけているのです。

日本人は西欧とは異質の独自文化を持っているだけでなく、民族的な文化を尊重します。各国の民族衣裳で使う生地を輸出していたこともあります。世界各国のニーズに対して、誠実に対応する姿勢があります。そして、現状を改善し、未来に向けて発展する改善能力をもっています。

例えば、イスラム教徒の着用する民族衣裳に対しても、遮熱や体感温度の調整を可能にするようなテキスタイルを提案できるでしょう。その文化を否定するのではなく、より良く改善するという思想があるからです。西欧文化にはこれがありません。イスラム教徒も洋服を着ればいいと考えるからです。

世界の多様性を認め、それを改善することで快適な生活を提案することこそ、日本のファッション業界のビジョンとなるのではないでしょうか。

編集後記「締めの都々逸」

「儲けることが目標ならば 高く会社を売ればいい」

既存のファッション業界は「既に死んでいる」という前提で、今後どのように進んでいけばいいのか、という視点で書いてみました。アパレル企業の社長が儲けても一般消費者には関係ありません。消費者に支持されるアパレル産業とは、日本の国益にかなう産業になることではないでしょうか。

これまでの産業ビジョンはビジネスのことばかりを考えていたような気がします。たまには、文化的視点に立って、ファッションを考えてみようと思いました。(坂口昌章)

この記事の著者・坂口昌章さんのメルマガ

初月無料で読む

image by:Ned Snowman/Shutterstock.com

坂口昌章(シナジープランニング代表)この著者の記事一覧

グローバルなファッションビジネスを目指す人のためのメルマガです。繊維ファッション業界が抱えている問題点に正面からズバッと切り込みます。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 j-fashion journal 』

【著者】 坂口昌章(シナジープランニング代表) 【月額】 ¥550/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 月曜日 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け