この20年で、世界の売上ランキングのトップ10以内が5社から1社に。世界を席巻した日本の家電メーカーは、なぜこれほど存在感をなくしてしまったのでしょうか。今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では元国税調査官で作家の大村大次郎さんが、その象徴として東芝の白物家電部門を取り上げ、彼らがかつての下請け企業から買収されるに至るまでを紹介。何がこの惨憺たる事態を招いたのかについて詳しく解説しています。
※本記事は有料メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』の2023年5月1日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
東芝の自業自得。安易すぎる工場海外移転が招いた家電部門の最期
前号では、日本の製造業がこの2~30年で急激に凋落したということをデータを交えてご説明しました。
【関連】中国と韓国にも喰われる始末。なぜ日本の製造業はここまで凋落したのか?
なぜ日本の製造業が凋落したのかを探る上で、もっともわかりやすいのが家電業界の趨勢です。家電というと、かつては日本の主力産業であり、世界の家電シェアの多くを占めていました。
しかし現在、日本の世界家電シェアのほとんどは、中国、韓国にとって代わられています。家電メーカーは、この数十年の日本経済低迷の象徴でもあるのです。日本の家電メーカーの衰退の経緯の中に、日本経済がどういう変化をしたのか、なぜ低迷していったのかの理由が詰まっているのです。
下は2002年と2021年の世界の家電メーカーの売上ランキングです。
2002年の世界家電メーカー売上ランキング
1位 SONY(日本)
2位 松下(現パナソニック 日本)
3位 サムソン(韓国)
4位 フィリップス(オランダ)
5位 LG(韓国)
6位 東芝(日本)
7位 エレクトロラック(スウェーデン)
8位 ワールプール(アメリカ)
9位 日立(日本)
10位 サンヨー(日本)
2021年の世界家電メーカー売上ランキング
1位 サムスン電子(韓国)
2位 ハイアール(中国)
3位 BSH(ドイツ)
4位 LGエレクトロニクス(韓国)
5位 ワールプール(アメリカ)
6位 パナソニック(日本)
7位 美的集団(中国)
8位 エレクトロラック(スウェーデン)
9位 ハイセンス(中国)
10位 SEBグループ(フランス)
このランキングを見ると、2002年の時点では、日本の家電メーカーは、世界の家電シェアの1位2位を占め、しかも10位のうちに5社も入っていたことがわかります。この時期、すでに韓国のサムソンや、中国のハイアールも台頭してきていました。にもかかわらず、日本の家電メーカーは、世界で圧倒的な強さを持っていたのです。
が、2000年代後半になって、韓国や中国のメーカーに凌駕されるようになっていきました。日本の家電メーカーは、韓国や中国のメーカーに、価格競争で敗れ、世界の家電シェアはたちまち彼らに奪われました。
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「中韓メーカーが台頭」という大ウソ
2021年の家電シェアでは、日本の家電メーカーは、パナソニック1社しか入っていません。しかも2002年の家電売上で10位以内に入っていた日本の6社のうち、4社は、すでに経営母体が変わっています。サンヨー、シャープは他企業に買収され、ソニー、東芝は家電部門の一部を売却しているのです。
2016年に、経営再建中のシャープが台湾の鴻海グループに買収されたというニュースは、日本中に衝撃を与えました。また同年、東芝の白モノ家電を担っていた「東芝ライフスタイル」は中国企業の「美的集団」に買収されました。しかも買収金額は、わずか500億円程度でした。かつて世界中を席巻していた日本の家電メーカーの大半がすでに他国の企業の傘下に組み込まれているのです。急激な凋落ぶりです。
この2つのランキングを見比べると、なぜ日本の家電メーカーが衰退したのかの理由が見えてきます。2021年の順位を見ると、意外な事実が浮かび上がってくるのです。欧米のメーカーは、日本のメーカーと違ってしっかり頑張っているということです。
家電の分野で、日本のメーカーは軒並み苦戦していますが、それは中国、韓国の台頭が主要因だとされてきました。だから、世界の家電は、中国、韓国のメーカーに席巻されているようなイメージがあります。が、実は、そうではありません。欧米のメーカーは、2002年には3社しか入っていませんでしたが、2021年に4社が入っています。むしろ、日本のメーカーに席巻されていた1990年代ごろと比べれば、シェアは伸びているのです。
2002年に10位以内に入っていたアメリカのワールプール、スウェーデンのエレクトロラックは、いずれも現在も10位以内に入っています。オランダのフィリップスははずれましたが、新たにドイツのBSH、フランスのSEBグループがランクインしています。6社もあった日本のメーカーがパナソニック1社になってしまったのとは、対照的です。
つまりは、この20年の世界の家電シェアは、「中国、韓国のメーカーが台頭した」のではなく、「日本のメーカーが凋落した」のです。
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工場を海外移転させた日本家電メーカーの誤算
なぜ欧米の電機メーカーは生き残ることが出来て、日本の電機メーカーは衰退しているのでしょうか?各メーカーの主要商品を見ればその理由は見えてきます。欧米の電機メーカーは、中国や韓国のメーカーとは、あまり競合していないのです。
アメリカのワールプールは、冷蔵庫や洗濯機などの「白モノ家電」が主要商品です。しかし、ワールプールの扱う商品は、アメリカ式の大型のものがほとんどであり、業務用の物も多いのです。中国の家電メーカーがつくる白モノ家電とは、ちょっと分野が異なるのです。
またスウェーデンのエレクトロラックスも、白モノ家電が主要商品ですが、食器洗浄機、調理器具など、キッチン周りの製品が多くなっています。そして、デザイン性に優れ、家電としてだけではなく「家具」としても高級感のある商品が特徴となっています。ドイツのBSH、オランダのフィリップス、フランスのSEBグループなども同様に、アジア系の電機メーカーとは、若干、主要商品が違っているのです。
しかし、日本の電機メーカーの主要商品と、中国、韓国の電機メーカーの主要商品は、まともにかぶっています。白モノ家電にしろ、冷蔵庫、洗濯機等は、同じくらいのサイズのものであり、その他の家電にしても、同じような商品が多いです。
また以前は、分野だけじゃなく、商品そのものも、似ている物が多くありました。中国や韓国の電機メーカーの製品は、明らかに日本製のコピー商品と言えるものが多々あったのです。構造だけじゃなく、デザインもそっくりなものが多く出回っていました。実はこれは当然と言えば当然の結果でもあります。
というのも、日本のメーカーは、早くから中国、韓国に工場を建てて、技術供与をしてきたからです。日本の家電メーカーは、1970年代ごろから急速に外国に進出し、東南アジアに工場などを建て始めました。その結果、日本の家電メーカーの技術が中国、韓国などにガンガン流出し、半世紀後には中国、韓国のメーカーから日本のメーカーが喰われるようになったのです。そのわかりやすい例が東芝です。
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自業自得か。東芝がかつての下請けに買収されるまで
東芝が、シロ物家電の事業を、中国企業の「美的集団」に売却したということはすでに述べました。この美的集団というのは、かつては東芝の事実上の下請け企業だったのです。
美的集団は、1968年に広東省順徳の住民23人によってつくられた「北湾街道プラスチック生産チーム」が発祥です。当初は、小さなプラスチック工場に過ぎませんでした。1980年に、扇風機の試作が成功したことで家電に参入します。1981年には「美的」を商標登録しています。
1985年から、エアコン、炊飯器、冷蔵庫等の生産も開始し、1992年には株式会社化しました。1993年には深川株式市場に上場しています。80年代の年平均成長率は60%、90年代も50%という驚異的な成長を遂げました。
美的集団の発祥の地である広東省・順徳は、改革開放政策の象徴的な地域でもありました。90年代以降、日本や欧米の企業が相次いでこの地に工場を建設しました。特に日本はその度合いが強く、東芝、三洋、パナソニックなどもこの地に工場を建設しています。
東芝と美的集団は、以前から深い結びつきがありました。東芝は、1993年に美的集団と業務提携を開始しています。業務提携といっても、当時の東芝と美的集団では、大人と赤ん坊ほどの違いがあり(もちろん東芝が大人である)、事実上、東芝が中国に進出するための窓口として、美的集団を使っていたのです。美的集団の主力商品である炊飯器は、このときに東芝からマイコン技術を導入しているのす。
また東芝は90年代初頭に、広東省順徳の「萬家楽」という中国企業と、エアコン・コンプレッサー製造の合弁会社を作っていました。この合弁会社が失敗し、1998年、順徳の自治体政府が仲介し、「萬家楽」の持ち株を「美的集団」に買収させました。そのため、東芝と美的集団は、エアコン・コンプレッサー製造を共同で行うことになり、合弁会社の名前も「美芝」とされました。
この「美芝」の経営は大成功をおさめ、美的集団は一躍エアコンの世界有数のメーカーとなったのです。東芝は、いわば美的集団の飛躍の立役者ということになります。
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安易な中国進出で「ライバル」に食われた東芝の最期
もちろん、東芝としては、美的集団を中国進出の足掛かりとしようという意図がありました。東芝と美的集団がつくった合弁会社は、東芝ブランドの家電製品を製造販売するというものでもあったのです。当時、美的集団とその合弁会社は、事実上、東芝の中国での下請け企業だったのです。
が、美的集団は、東芝の業務提携により、急速に発展し、中国有数の家電メーカーに成長しました。そして、中国という大市場を制することにより、莫大な資本力を手にしたのです。そして2015年には、東芝のシロ物家電事業である「東芝ライフスタイル」を傘下に収めるまでになったのです。もちろん、この美的集団の急成長の影には、東芝の技術力の供与が大きく影響しているのです。
美的集団などの順徳の中国メーカーは、日本、欧米の下請け工場として、急成長を遂げたのです。美的集団の強みは、何と言っても「価格」です。それは、もちろん美的集団に限らず、中国の電機メーカーすべてに言えることです。人件費、土地の安さ、税金の安さからくる「低価格」に、先進国が対抗するのは無理なのです。
たとえば、かつては日系メーカーの独壇場だった「炊飯器」の価格を見てみましょう。2011年時点での、炊飯器の価格は、パナソニックが300元から3000元、タイガーが1800元から3000元、東芝が600元でした。それに対し、美的集団は100元から1000元だったのです。安いものでは、日本製の3分の一の値段だったのです。この「圧倒的な価格差」で、美的は白モノ家電のシェアを獲得していったのです。
現在、美的集団は、発祥の地である順徳をはじめ、広州中山、重慶、江蘇など中国各地に、生産拠点を展開しています。また美的集団の家電製品は200を超える国、地域に輸出されています。
東芝は、人件費軽減などのために、安易に中国に進出しましたが、その結果、中国企業を巨大化させ、強大なライバルをつくったのです。しかも、最期にはそのライバルに食われてしまったのです。こんなバカバカしい話はないのです。
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