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53日間で休暇1日。過労死した中学教諭の遺族が法廷で語った言葉

富山県滑川市の中学に勤務していた男性教諭がくも膜下出血で死亡したのは長時間労働が原因として、遺族が県と市に対して1億円の損害賠償を求めた訴訟。7月5日、富山地裁は被告側に8,300万円余の支払いを命じました。この裁判を取り上げているのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんはメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で今回、男性教諭が置かれていた状況と、遺族が訴えを起こすに至った背景を紹介。さらに働き方を巡り社会に浸透してほしいと望む「常識」を記しています。

プロフィール河合薫かわいかおる
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

裁判所は「命」を守ってくれるのか?過労死した中学校教諭の裁判に思う

本日、注目の裁判の判決が、富山地裁で言い渡されます。

訴えを起こしたのは、40代の時にくも膜下出血で過労死した、中学校教諭の男性の妻ら遺族です。亡くなったのは7年前。男性は進路選択を控える3年生の担任や女子ソフトテニス部の顧問、理科の教科指導などを担当していました。

男性が「頭が痛い」と言っていたのは2016年7月19日、保護者懇談会の初日だったそうです。

直前の3連休は顧問を務めるソフトテニス部の大会や練習があり、酷暑の中連日指導していました。男性の体調を気にする妻に、夫は「どうしても休めない。夏休みに病院に行く」と学校に行き、3日間の懇談会を終えた翌日の7月22日、自宅で就寝中に異変が生じます。救急搬送され意識不明の状態が続き、翌月の8月9日に亡くなりました。

長男を妊娠中だった妻は、2歳の子どもと残されてしまったのです。

報道によれば、妻は裁判まで起こすつもりはなかったといいます。しかし、夫の葬儀の際、参列した人たちがまだ小さい長女に「お父さんのように立派な先生になればいいよ」と声を掛ける様子を見て、「今のような働き方のままで自分の子が教員になるのは絶対に嫌だ」と感じました。

夫の勤務状況を調べる際に協力してくれた同僚の教員らを同じような目に遭わせたくないとの思いも募り、19年10月、富山県と滑川市に計約1億円の損害賠償を求める訴えを富山地裁に起こしました(18年4月、くも膜下出血の発症は過重労働が原因だったとして公務災害と認められている)。

訴状によると、夫の時間外労働は発症直前の1カ月間で137時間、その前月は155時間に達し、過労死ライン(月80時間)を優に超え、16年5月30日~7月21日の53日間で休日はわずか1日しかありませんでした。妻側が、市側が教員の勤務時間を適切に管理する義務を怠ったと主張。一方で、市側は「部活動の指導は教員の自由裁量に任せており、くも膜下出血を発症することは予見できなかった」などと反論しています。

文科省が実施した調査で、過労死ライン(月80時間)以上に働いた教員は中学校で36.6%に上り、小学校でも14.2%だったことがわかっています。

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過労死した教諭の妻が法廷で裁判官に訴えたこと

教員の「職場環境の悪さ」は本メルマガVol.327でも書いたとおり、10年以上前から指摘され続けてきました。長時間労働・休日出勤は当たり前、めったやたらに提出書類が多く、部活動の指導保護者の対応など、教師という職業に熱意ある人ほど、過酷な状況に追い込まれがちです。

【関連】学級崩壊ならぬ「職員室崩壊」の現実。管理職のために仕事をする教師の悲鳴

教員だけではありません。

私の知人も、9年前、心筋梗塞で突然死しました。彼は弱い立場の人たちを助け続けた弁護士です。仕事が大好きで、困っている人のために四六時中働いていました。仕事がら会食などに出かける機会も多く、朝から晩まで「弁護士先生」だった。

そんな彼と、突然、会えなくなってしまったのです。

葬儀当日、会場に入りきれないほど大勢の人たちが弔問に訪れ、壇上に所狭しとおかれた花の向こうで彼は笑っていました。いつものように。おおらかに、豪快に。

奥さまは弔問者ひとりひとりに深々と頭を下げ、「仕事が大好きな人だったので、寝る間も惜しんで働き、好きな歌をカラオケで歌い、たくさんの方たちに巡りあえた幸せな人生だったと思います。ありがとうございました」と一言一句噛み締めるように発し、気丈に振る舞っていました。

会いたくても二度と会えない底知れぬ悲しみに襲われた時、人は必死でその“心”を支える言葉を求めます。「好きな仕事していたのだから。本人は幸せだったでしょう」という言葉が、無念さと向き合うためには最善だったのだと思います。

もし、「長時間労働は命を削る悪しき働き方」「休息をとったほうが効率があがる」という常識が社会に浸透していたら、家庭人としての幸せが待っていたはずなのに…。

冒頭の過労死した男性教諭の妻は、昨年11月の法廷で、裁判官にこう訴えたといいます。

「つらい思いをする家族は私たちで最後にしてほしい」―――。

今日の判決。裁判官には「長時間労働は絶対にさせてはいけない」という判断してもらいたいです。

みなさんのご意見お聞かせください。

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image by: 裁判所

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

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