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ホンマでっか池田教授が老いて知る「老人」と「若者」の大きな違い

お年寄りが若い人に向けて「元気でいいわね」と声を掛けるのはよくあること。若い頃はそんな言葉に「別に元気じゃねえよ。普通だよ」と思っていたと語るのは、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田教授です。それが今では声を掛けたお年寄りの気持ちがわかるようになったのだとか。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、老いによって起こる体のさまざまな変調体験を綴り、若かった頃を知っているからこそ「元気でいいわね」の言葉が生じると説明。老人と若者は非対称で大きく違うと伝えています。

老人になるということ

コロナ禍で自宅でごろごろしている間に、ずいぶん歳を取ったような気がする。食欲は普通にあるし、睡眠障害もなく、酒は毎日飲んでいて、別にどこも取り立てて具合が悪いところはないのだけれども、若い時に比べて、気力が落ちた気がする。セロトニンと男性ホルモンの分泌が落ちたのかもしれない。男性ホルモンは寿命を縮めるので、長生きするかも知れないなと思うと、ちょっと嬉しい気もするけれど、エロ抜きで長生きしてもしょうがないか。

昔『昆虫のパンセ』という本を書いたことがあって、その中でファーブルが71歳で子供を作ったという話を引いて「残念ながら私は老人になったことがないので71歳で子供を作るという意味がよく分からぬ」などと、今にして思えば、甚だ生意気な放言をした覚えがあるが、最近この言説は我ながら結構至言なのではないかと思えてきた。

若い人は老人になったことがないので、老人のことはよく分からないのと反対に、老人は昔若者だったので、若者だった時の自分についてはよく分かるのだ。老人と若者はこの点に関しては非対称なのである。これは老人と若者の大きな違いである。若い時は老人がオタオタ歩いているのを見ても、脚が悪いんだ、あるいはうまく歩けなくて可哀そうだなとは思っても、どんな気持ちでオタオタ歩いているかまでは、思い至ることはなかった。

いざ自分が老人になってオタオタ歩くようになって分かったことは、歩くことを意識せずに歩くのが難しくなってきたことだ。5~6年ほど前から足の裏に違和感があって、裸足で床の上を歩くと気持ちが悪い。調べてみると、足底筋膜炎とか糖尿病とか、いろいろな可能性があるのだけれど、どうにもぴったり当てはまる症状がない。

念のために、懇意にしている近所のお医者さんに診てもらったのだけれども、「まあ老化ですね」と言われて胡麻化されてしまった。そんなことは言われなくても分かっている。自分で調べて分からない時は、医者に行ってもまず分からないことがよく分かった。

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足裏に違和感が出る数年前、柵を乗り越えようとして膝を痛め、痛くて歩くのに不自由したことがあって、この時も整形外科に行ってレントゲンを撮ってもらった。変形性膝関節症と診断され、しばらく通院するように言われたが、レントゲン写真を見せてもらって、大したことないと自分で判断して、それきり、整形外科には行っていない。

座って仕事をしている時、太腿の間にゴムのボールを挟んで、狭めたり緩めたりという運動をしているうちに治ってしまった。それでも、階段を下りたりする時に稀に痛みが出て、飛んでいる虫を走って追いかけるのが怖くなった。いきなり膝がガクってきたらどうしようと思ってしまうのである。

駅の通路を並んで歩いていた若い人が、発車のベルが鳴った途端に、走って階段を上がったり、下りたりするのを見ると、羨ましいけれども、まねをする元気はない。走れば走れるような気がするが、バランスが悪くなったので、転んだらあの世行きかも、と思うととても走る勇気はない。若者は走ることを意識せずに反射的に走っているに違いない。若い時の自分がそうだったからよく分かる。

私がまだ40代の頃、坂の上にあった自宅から、坂道を小走りに降りて駅に行く途中で、白い小さな犬を連れたおばあさんによく会った。おばあさんは私を見ると「行ってらっしゃい。若い人はいいね、元気で」と声をかけてくれたが、「別に元気じゃねえよ。普通だよ」と思っていた。今、若い人が階段を駆け上がっていくのを見ると、「若い人はいいね、元気で」と言ったおばあさんの気持ちがよく分かる。当の若者は「別に元気じゃねえよ。遅刻しそうなだけだよ」と思っていることだろう。

若い時は、歩くのも走るのも、ほぼ無意識的な行動だった。例えば、胃が元気な時は、胃の存在は意識されない。胃の具合が悪くなって、初めて胃の存在が意識に上る。足の具合が悪くなって初めて、歩く時に足の存在が意識に上る。でも、寝ている時や、座っている時はそれほど気にならないのは、病はまだ膏肓には入っていないのだろう。

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作家の高田宏は、拙著を贈呈するといつも律義に礼状を下さったが、ある時、受け取った手紙には、「先日妻と二人で北海道観光に出かけ、そのついでに札幌のYOSAKOIソーランを見物。若い男女の真剣そのものの街頭おどりに感動し、胸が熱くなりました。若い時(中年の時にも)感じなかった疲労感をかかえて生きております。なるほどこれが老いだな、諒解といったところです」と書かれていた。

日付を見ると2006・6・26とある。73歳の時である。9年後の2015年に83歳で肺がんで亡くなられたので、すでに肺がんが発症していたのかも知れないが、中年まで感じなかった疲れを感じるというのはよく分かる。若い人の行動を見て、自分も若ければあのくらいのことは苦も無く出来るのだけどな、と思っていたのだろう。ちなみに高田宏はスキーの名手である。

ついでに言えば、感動し易くなるのは老いの兆候なのだ。私的には、精神的な若さを保つコツはなるべく感動しないことだと思っている。怒りは老いを少し先延ばしにして、感動は老いを加速する。(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』2023年7月14日号より一部抜粋)

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image by: Shutterstock.com

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