ウクライナ戦争の裏で燻る「新たな世界の火薬庫」が、別の戦争の“火種”になる日

 

トカエフに対するプーチンの不思議な対応

しかし、トカエフ大統領、そしてカザフスタンの本心はどこにあるのでしょうか?

表面的には【経済発展と海外投資の獲得を目指した改革路線のアピール】ではないかと考えます。

ロシアとの近すぎるイメージを払しょくするともに、“ロシアはもう単独では、カザフスタンを含む中央アジア・コーカサスという旧ソ連圏の面倒を見ることが出来ない”という現実を受けてのカザフスタン生存のための策と考えます。

ちなみにコーカサスの地図を今一度見ていただければと思いますが、カザフスタンはヨーロッパとアジアの交差点に位置し、輸送と貿易の要衝地であり、中国と中央アジア諸国と欧州各国を結ぶ貨物の80%以上がカザフスタンを経由するという戦略的な位置づけにあります。それは例えるならば、ボスポラス海峡を擁するトルコに似た位置づけでしょうか。

そして今、計画中のインドから欧州への輸送ルート(南北アジア回廊)と、カスピ海を基点としたトルコ・ジョージア・アゼルバイジャンを経由する中国と欧州とを結びつけるカスピ海横断ルートの中心に位置するという【アジア・コーカサス・欧州の要衝】になり、地域におけるパワーハウスになろうという意図があります。

ロシアとは7,500キロメートルの国境線で接しており、軍事・経済両面で非常に密接なつながりを持つ“同盟国”であるため、このような態度はプーチン大統領を刺激し、「ウクライナの後はカザフスタンではないか」と予想する勢力もありますが、不思議とプーチン大統領はトカエフ大統領を虐めておらず、どちらかというとスタン系の国々を纏める立場を推奨しているようです。

スタン系の国々からすると、カザフスタンの経済的な興隆は自国への経済的な利益のspill over(おこぼれ)を期待できますし、ロシアにとってはスタン系の国々をまとめてくれることで、中央アジアの安定を今は保つことが出来るという利益を感じているようです。

中央アジアに進出してきていた中国が現在、経済的なスランプで停滞しており、アメリカもつながりは持つものの、ウクライナ問題と中国への対応、そして国内の政治情勢に忙殺されているため、中央アジアとコーカサスへの介入が低下していることを受け、今はカザフスタンに中央アジア・コーカサスの守りの固めを依頼しているようです。

とはいえ、プーチン大統領のことですから、裏切られたと感じ始めたら、トカエフ大統領の命運も分かりませんが。

対ロ包囲網とウクライナ支援から離脱するNATO加盟国

そしてその混乱は中東欧にも及んできているようです。

その典型例が9月30日に実施されたスロバキアの議会選挙において、対ウクライナ支援の停止とロシアとの関係の回復を旗印にするスメルが第一党となり、親EUでウクライナ支援を進めてきたプログレッシブ・スロバキア(PS)が第二党となったことで、NATO加盟国でありEUのメンバーでもあるスロバキアが、対ロ包囲網とウクライナ支援から離脱するのではないかとの懸念が広がっています。

このまま行けば、第1党となったスメルの党首で元首相のフィツォ氏に対し、大統領が組閣指令を与えることとなりますが、スメルも、第2党のPSもこの度の総選挙で過半数を取っていないため、必然的に今後、連立協議が行われることになります。

対ウクライナ支援疲れとロシア制裁による経済的なスランプと国民生活の困窮、そして資源国であるロシアとの関係修復という国民生活に密着した主張に、インフラによる生活苦に不満を持つ有権者の支持が集まったことになりますが、今後、成立する連立政権の性格によっては、EUとNATOにとって、対ロ政策とウクライナ支援の結束を一気に崩し乱す要素になるかもしれません。

連立協議は、フィツォ氏の主張と過去の犯罪歴の存在から混迷すると言われていますが、ウクライナの隣国の一つで内政上の混乱と反転が起き、ロシア・ウクライナ戦争の趨勢を決めかねない事態が起きていることは、まさにコーカサスから中央アジア、そして中東欧が新たな世界の火薬庫になりかねない危険を提示していることにつながるのではないかと思われます。

この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ

初月無料で読む

print
いま読まれてます

  • ウクライナ戦争の裏で燻る「新たな世界の火薬庫」が、別の戦争の“火種”になる日
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け