ToDoアプリやリマインダーアプリの通知に、子どもの頃の「宿題やったの?」「いまやろうと思ってたのに!」のようにイラつく感覚になることはないでしょうか。そうした反発心を招くことなく「やらなくちゃ」という気持ちを想起させる方法を紹介するのは、「知的生産」に役立つ考え方やノウハウについて探究を続ける文筆家の倉下忠憲さんです。今回のメルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』では、そこにあるだけで自発的な行動を促す「物リマインダー」について説明。リマインダー系のアプリとの上手な使い分けを勧めています。
アンビエントな物リマインダー
「物リマインダー」という概念があります。倉下の自作概念の一つです。たとえば、英語の勉強をしているノートがあるとして、そのノートが目に入れば自分が英語の勉強をしていた事実を思い出す、という「機能」のことを指します。物自体に備わっている機能というよりは、物と脳のインタラクションによって発現する現象のことです。
一方で、「物」がついていないリマインダーは、ようするに通知であり、備忘録です。iOS系統にはそのままの名前の「リマインダー」というアプリがあり、それが各種の備忘録を担当し、必要に応じて通知も行ってくれます。
そのリマインダーアプリを使えば、毎朝7時半に「英語の勉強をする」といった通知を出すことができます。これが「物」がついていないリマインダーの効果です。
似て異なるもの
一見すると、この二つのリマインダーは同じ効果を持っているように思えます。なんにせよ、英語の勉強を促進させるわけですから。しかし、実際にやってみるとこの二つのリマインダーは質的に大きな違いを持っていることがわかります。それこそ嫌悪感が生じかねないくらいの違いがあるのです。
まず、リマインダーの方から確認していきましょう。リマインダーがやっているのは、極言すれば「命令」です。どれだけリマインドされる内容が丁寧に語られていたとしても、「あなたはこれから英語の勉強をするべきなのです」というメッセージが語られることになります。
そういうメッセージに触れて何も感じないこともあるでしょうが、ひどく嫌な気持ちになり、むしろやりたくない気持ちが高まってしまうこともあるでしょう(天の邪鬼な私だけの反応ではないと思います)。この場合、本来意図している目的とはまったく逆の効果が生まれてしまっています。
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一方で、物リマインダーの場合は、単なる想起です。それも過去の出来事の想起にすぎません。つまり「昨日、あなたは英語の勉強をしていました」とか「あなたは英語の勉強をしようとしてこのノートを準備しましたよね」という具体的な事実が思い出されるだけです。そこには命令は含まれていません。当然、命令に対する嫌悪感も生じません。
一方で、それが命令でない分、行動の制約自体は弱くなります。昨日英語を勉強していた。で?という反応がありうるからです。多くの場合、「そうだ、今日も勉強しよう」という気持ちになるでしょうが、その成果が確約されるわけではありません。ぜんぜん無視されることもありうるわけです。
先ほどのリマインダーでは、意図したことの逆の効果が生まれてしまうことがあったわけですが、物リマインダーでは、意図が実現されない可能性があらかじめ含まれている反面、何かが行われるとしたらそれは命令ではなく、ある種の「自発によって」という効果が生じます。やはり、性質は大きく異なっているとみるべきでしょう。
タスクシュート
話が複雑になりすぎるので、ここでは簡単に言及するに留めますが、上記の視点を用いるとタスクシュートというツールの役割も違って見えてくるかもしれません。
タスクシュートというツールを、一日単位での分レベルでの行動のリマインダーとして捉えると、たいへん窮屈に思えるでしょう。それはそうです。なにせみっちりと「命令」が書き込まれているわけですから。
しかし、別の捉え方もできます。一日の自分の行動を情報化することで、代替的な物リマインダーとして扱っているのだ、と捉えるのです。つまり、「昨日のあなたはこれをしていました。さて、今日のあなたはどうしますか?」というメッセージを発しているものとして捉えるのです。
このように捉えれば、そこにある命令感は薄れ、かわりに自発感が一定量維持されるでしょう。これはこれで一つのうまいやり方であるように思えます。
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自然なもの
話を戻しましょう。物リマインダーは何も「命令」しません。自分が過去にやったことを自然に思い出させるだけです。しかも、リマインダーアプリのように通知がやってくるのではなく、自分がその対象に注意を向けたときにだけ想起が起きます。
そうした注意を向けない限りにおいて、物はただ物として空間の中に存在しています。つまり「自然な」状態でそこにあります。これは一種のアンビエントと言えるでしょう。風景に溶け込み、ある種の「自然」なものとして環境に入り込むもの。
そもそもとして脳は単体として仕事をするのではなく、「外部」をうまく使って記憶や思考を行うわけですから、その意味で物リマインダーの方がより「自然」なやり方だと言えるかもしれません。
だからといって人工的なリマインダーがよくない、という話でもありません。朝の7時に家を出ないと新幹線に間に合わない事実は、「命令」のように示されてもまったく問題ありませんし、その方が好ましいことも多いでしょう。
ようは使い分けです。命令が必要な場面と、そうでない場面を切り分けて、適用する手法を替えて行く。そういうアプローチが大切なのだと思います。
(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』2023/09/18号より一部抜粋)
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