大きな動乱を発生させたいという動機を持つ国
1点目は、とにかくイランに大きな動乱を発生させたいという動機があるという説明です。現在のイランの大統領ライシ師は、イスラム法学者で検事総長経験者というゴリゴリの保守です。特に内政面での保守主義を代表する人物であり、悪名高い「道徳警察」を主導しているわけで、例えば女性の権利を認めるといった近代化には徹底弾圧をもって臨む政権と言えます。
その一方で、女性の権利拡大を含めた社会の近代化を求める運動は、非常に根強いものとなっています。そんな中で、例えば今回は獄中にいる女性人権活動家のモハンマディ氏がノーベル平和賞を受けるなど、欧米からの批判が強まっているわけです。ですが、ライシ大統領としては「女性が公共の場でスカーフを被らない」とか「女性が男性のサッカーの試合を見物に行く」などというのは、絶対に認められないようです。サッカー観戦は一度はテスト的に認めたこともあるのですが、再び禁止になっています。
こうした国内対立は、非常に厳しいものです。例えば、今から45年前、イラン革命の際には「親米的なパーレビ国王が、伝統を破壊して近代化をして格差が広がった」という不満が爆発して、時代の流れに逆行するような「革命」が起きてしまいました。パーレビは勿論、腐敗した政権であって崩壊したのは自分が悪いという面はあるのですが、行き過ぎた反動が45年も続く中で、社会には明らかな不安定があるわけです。
そんな中で、政権としては「アラブの大義」つまり「イスラエルを敵視する」ということでしか、国をまとめられないという事情が成り立っています。また、欧米の主導で国際社会から経済制裁を受けているという中での、民衆の不満もあるのですが、これも制裁を解除してもらって経済を立て直す方向ではなく、より「イスラエルに厳しく当たって」国内をまとめるという流れにせざるを得ないようです。
また、ロシアがウクライナで苦戦することで、この地域における影響力を割く余裕がないということも、イランの危機感を強めているということがあります。特に、アルメニアがアゼルバイジャンとの紛争に完全敗北して、ナゴルノ・カラバフを失った事件は、イランに相当な危機感を植え付けた可能性はあります。
2点目としては、サウジアラビアとイスラエルの急接近という問題があります。勿論、イランとしてはサウジとの間では長年の確執があります。そもそもの敵と敵が同盟するというのは、何も変化がないということもできます。ですが、理念上の宿敵であるイスラエルと、ペルシャ湾を挟んで対立している隣人であるサウジが物理的に接近するというのは、イランにとってはやはり大きな脅威になります。
では、どうしてサウジとイスラエルが接近するのかというと、彼らは米国のプレゼンス低下の中でのサバイバル策として手を組んでいるわけですが、それだけではありません。イスラエルという国は、準英語圏として、ハイテク、特にソフト産業の分野で近年、飛躍的な躍進を遂げています。また風光明媚な場所や歴史遺産、更には食文化などをアピールしての観光立国も目指しています。
一方のサウジも、脱石油時代へ向けて、過去に蓄積した財力をベースに、ハイテク、金融などの分野へ進出し、経済の近代化を志向しています。ですから、この2つの国は軍事面だけでなく、平時の地域経済活性化という面でも協調関係を組もうとしているわけです。
これはイランにとっては大きな脅威です。イランでは聖職者が権力を握る限り、根本的な近代化はできません。脱石油をやらねばならないのは事実ですが、できないのです。そうした自縛状態にあるイランから見れば、サウジとイスラエルが協力して強い脱石油の近代化を進まれれると、これは軍事面以上の脅威になります。そう考えると、この同盟を何としても破壊したいという強い動機がイランにはあることになります。
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